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1:◆cgcCmk1QIM:2017/11/12(日) 20:20:38.89 ID:W1uOFZeg0

・アイドルマスターシンデレラガールズの二次創作です。

拙作

菜々「カーテンコール」

http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1510283351/

から直接繋がった話になっています。

また、
ほたると菜々のふたりぐらし前・後編
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1500729289/

ほたると菜々のふたりぐらし後編
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1500895594/

から、過去に安部菜々と白菊ほたるがアパートで同居していたことがある、という設定を引き継いでいます。
2:◆cgcCmk1QIM:2017/11/12(日) 20:21:09.58 ID:W1uOFZeg0

―――ねえ、ほたるちゃん。

実はナナも、ずっと考えていたんです。

何故ナナは「ウサミン」だったんだろうって。

どうして「ウサミン」を捨てられなかったんだろう。

ナナがウサミンにこだわり続けてきたのは、何故なんだろう、って。
3:◆cgcCmk1QIM:2017/11/12(日) 20:21:45.12 ID:W1uOFZeg0

ある冬の日のライブ前。

菜々さんは小さく背中を丸めて、私にそういいました。

あれから4年もの時が過ぎて、私―――白菊ほたるは17歳になりました。

そして、菜々さんは―――

普段の生活で、身体に気を使う場面が増えました。

出番が終わって呼吸が整うまでの時間が長くなりました。

決して言ってはくれませんが、身体のあちこちが痛いはずです。

ステージの前はいつも、今みたいに小さく丸くなって、目を閉じています。

それは、集中しているからではありません。

ほんのわずかでも体力を温存し、ウサミンとしてステージを全うするためです。

…時の流れは平等で、菜々さんも四年、歳をとりました。

そして、『ウサミン』は今も永遠の17歳だったのです。
4:◆cgcCmk1QIM:2017/11/12(日) 20:22:18.18 ID:W1uOFZeg0
だけど。

「ナナには、その訳がわかりました」

顔を上げた菜々さんは、透き通るように笑います。

「だからナナは、今日をやり切れるんですよ」

痛みも苦しみもない、喜びの笑顔―――

開演まであと30分。

それは菜々さんが事務所を辞め、芸能界を後にする日まで、あと1週間と迫った日。

菜々さんの最後のライブの日の出来事でした―――
5:◆cgcCmk1QIM:2017/11/12(日) 20:22:47.21 ID:W1uOFZeg0

●ライブ1週間前/トレーナーの説明


「故障はちゃんとした治療をし、静養すれば完全に消える…もちろん、事実はそうではない」

トレーナーさんは私と雪美ちゃんの前で、一枚の紙を折りました。

丁寧に畳んで、折り目を付けて、広げます。

「これが『故障』だ」

一瞬意味が理解できなくて、私と雪美ちゃんは顔を見合わせます。

「白菊。この折り目を消してみろ」

渡される紙。

私は紙を広げ、折り目を指で丁寧になぞりました。

目立たなくなりましたが、折り目は消えません。

「そうだ。消えない」

無表情に、トレーナーさんは続けます。

「目立たなくすることは出来るが、消すことは出来ない。紙が新しいうちはいいが、古くなってくればここを中心に紙全体が弱くなり、新しい折り目やほつれの原因になる―――それが故障だ」

故障。

私は手の中の紙から、目が上げられなくなりました。
6:◆cgcCmk1QIM:2017/11/12(日) 20:23:21.33 ID:W1uOFZeg0

「安部はデビュー前から腰に故障を抱えていた。それを庇って4年やっていく内に他を痛めた。『ウサミン』のステージをこれ以上続けることはできない」

「でも…でも…だって…」

一緒に説明を聞いていた雪美ちゃんが、搾り出すように声を上げます。

かつて10歳だった女の子は神秘的で、どこか感情の見通せない美少女に成長していて―――

だけどこの日は、ひどく憤っているのが、よく解りました。

「それでも、辞めなくても…いい…!」

そうです。

菜々さんは今度のライブを最後にアイドル活動を終了。

事務所を退所し、一切の芸能活動から身を引くことになっていました。

「菜々さんは、ウサミンだけの人じゃないもの…ウサミンができなくなっても…続け方はある」

菜々さんの歌は素敵です。

菜々さんのお話は、とても面白いです。

家事だって万能で、出そうと思えば料理本だって出せるでしょう。

菜々さんの人柄は、事務所の沢山のアイドルから慕われています。

だけど。
7:◆cgcCmk1QIM:2017/11/12(日) 20:23:52.54 ID:W1uOFZeg0


「なのに、どうして、誰も止めないの…? 続けさせてあげて…あんなにアイドルが好きなのに…!」

菜々さんが事務所を辞めると公表したとき、それを止めるものはほとんど居ませんでした。

辞めないで、と言ったのは雪美ちゃんたち。

菜々さんが事務所に来た当時、まだ小学生だった子たちでした。

ウサミンは、歌って踊れる声優アイドルを目指してウサミン星からやってきた17歳。

飛び跳ねるようにステージを舞い、ハイテンションに歌い、笑顔を決して絶やさない。

菜々さんがどうであれ、ウサミンは17歳で―――

そして実際、ステージに立った菜々さんはいつだって若い子を蹴散らすほどパワーと意欲に溢れた『ウサミン』であり続けていました。

そのために菜々さんは努力を惜しまなかった。

ずいぶん前、菜々さんは雪美ちゃんの夢を守るため、彼女の目の前で『変身』して見せたことがありました。

それは、他の子たちにもそう。

菜々さんは、誰かが『ウサミンに観ている夢』を守ることにも、いつも全力でした。

だから、彼女たちにとって「ウサミン」には特別な意味があったのかもしれません。
8:◆cgcCmk1QIM:2017/11/12(日) 20:24:48.09 ID:W1uOFZeg0

「別に芸能活動が困難だというわけじゃない。『ウサミン』が続けられないというだけだ―――佐城の言うとおり、芸能活動を続けたいなら道はいくらでもあるだろう」

残ろうと思うなら、いくつもの道がある。

雪美ちゃんの主張を認めて、トレーナーさんが頷きます。

「それなら…!!」

「だが、当の安部には、そうする気が全く無い」


雪美ちゃんを手で制して、トレーナーさんははっきりとそう告げました。

一瞬、雪美ちゃんが息を呑むのが解ります。

「『ウサミン』をステージの上で実現できなくなる日が来たら、芸能活動から身を引く。それは覆しようのない安部の決心だ」

ここまで淡々と言葉を紡いでいたトレーナーさんの口調に、初めて苦いものが混じります。

「実のところ、もう激しいステージは続けられない。方向転換が必要だ―――と告知したのは、半年も前の事だ。だが、彼女はそれを聞き入れず、一瞬でも長く『ウサミン』を続ける道を選んだ」

やりきれない、と言うように雪美ちゃんから目をそらし、白く冷たい冬景色の窓に視線を投げるトレーナーさん。

「…周りに出来ることはもう、それを見守ることだけだったんだよ」
9:◆cgcCmk1QIM:2017/11/12(日) 20:25:54.59 ID:W1uOFZeg0
そう。

誰も、止めることは出来ませんでした。

出来るのは、ただ、見守ること。

もう無理だと言われて、苦痛をこらえて、もう1日、もう1日と『ウサミン』を続ける菜々さんを見守ることだけ。

きっとそれは、皆、同じだったのではないでしょうか。

「―――さあ、問答をしている暇はないぞ」

涙をこらえる雪美ちゃんを鼓舞するように手を打って、トレーナーさんが声を上げます。

「安部の最後のライブで、最高のパフォーマンスを見せること。それがお前達に贈れる、ただひとつの餞だと思うがいい」

雪美ちゃんは目元を拭い、背筋を延ばして、大きく『はい』と答えました―――
10:◆cgcCmk1QIM:2017/11/12(日) 20:26:59.03 ID:W1uOFZeg0
●その夜/安部菜々自室


菜々さんの生活は四年を経ても驚くほど変化がありません。

印税だって入ってお金はあるはずなのに、菜々さんの暮らしはいつでも慎ましくて。

私はここに来るたび、二人で暮らしていたあの小さなアパートを思い出すのです。

でも古いコタツの脇には、今までこの部屋には無かった参考書や資格試験の案内書が置いてあります。

時間は確かに過ぎていて、菜々さんはもう、引退後の事を考えているのだ。

そう思うと、私は―――

「しかしわざわざすみません。ほたるちゃんもお疲れでしょうに」

もしかしたら、知らず暗い顔をしてしまっていたのでしょうか。

ジャージにドテラ姿でコタツを挟んで座ると、菜々さんはちょっとおどけて私を労い、笑顔を見せてくれるのでした。

「いえ。私こそいつもお邪魔しちゃって…はい、これ」

笑顔を作り直して、トレーナーさんから預かったファイルを差し出します。

今日のように菜々さんがレッスンに参加できないとき、私は連絡役として菜々さんのお部屋にお邪魔させて貰います。

ファイルの中には今日のレッスンの進捗、変更点、連絡事項。

それにいろんな人からの個人的な伝言が記されていました。

「ナナも予定通り、明日からまたレッスンに…うわ、また増えたんですか友情出演!?」

「ふふ。これも菜々さんの人徳あればこそですね」

私はおどけて言いましたが、友情出演アイドルのリストは菜々さんの引退ライブが確定したときから伸びる一方。

私や雪美ちゃんも、友情出演させてもらう予定ですが、リストには前川さんや三船さんのような一流どころも沢山名を連ねています。

忙しいスケジュールを縫って、菜々さんのために。

実際、これが人徳でなければなんだと言うのでしょう。
11:◆cgcCmk1QIM:2017/11/12(日) 20:27:31.04 ID:W1uOFZeg0

「うわー、ナナの引退ライブがこんな豪華メンバーになるなんて…凄いなああ…絶対録画しといて貰おう…あれ」

はらはらとファイルをめくるうちに、菜々さんの視線がファイルの末尾に止まりました。

そこに書かれているのは―――確か、雪美ちゃんからの伝言のはずです。

内容は知りません。

だけどレッスンの後、伝言をしたためる顔は真剣そのもので―――

菜々さんは何度も何度もその伝言を読み返して、そのうちくすん、と小さく鼻を鳴らしました。

「涙腺ゆるくなっちゃったなあ。歳なのかなあ…ハッ!ナナはまだピチピチのJKですけどね!?」

「…雪美ちゃんも、寂しがってましたよ」

今更言っても決断が変わることは無い。

それは解っていて。

「どうしても、続けることはできなかったんですか?」

それでもつい、聞かずには居られませんでした。

12:◆cgcCmk1QIM:2017/11/12(日) 20:28:03.71 ID:W1uOFZeg0

「私達の中にも、ファンの皆さんの中にも…ナナさんに続けて欲しい人は、たくさん居ます。ウサミン以外の形で活動を続ける道は、続けたいって気持ちは、無かったんですか?」

「続けられるなら続けたかったですよ。折角掴んだ、夢だもん」

菜々さんの答えは、あっけらかんとしていました。

「アイドルを続けたい、この世界にもっと居たいって希望はあります。タレントとしてナナを使ってくれるところも、あるかもしれない。悩みましたよー?」

菜々さんは長い間、アイドルを目指していました。

目標に手が届かなくても、何度も跳んで、転んで、また跳んで―――そうして長い年月の果てに夢を掴んだのです。

その世界からたった数年で身を引く、という選択をしたとき、菜々さんはどんな気持ちだったのでしょう。

「でもね、思うんです―――ナナと、ナナを応援してくれる人の間には約束があったはずだ、って」

「約束?」

「『ウサミンは居る』って約束です」

不意を突かれたような気がしました。
13:◆cgcCmk1QIM:2017/11/12(日) 20:29:19.46 ID:W1uOFZeg0
「ウサミン星から、歌って踊れる声優アイドルを目指してやってきたドジな女の子が居て、今日も頑張ってる。それを本当にすること。それを信じること」

「―――それが、約束」

それは約束と言ってもいいし、物語、と言っても良いものかも知れません。

菜々さんとファンの人たちは、ウサミンという物語を共有していた。

もし、そうなら―――

「菜々さんが引退するのは、それで…?」

「17歳のウサミン、に説得力を与えられなくなったら、その時は辞めようと決めていた―――というのはあります。でも、それ以上にね。悲しいじゃないですか」

「悲しい…?」

「アイドル夢見て頑張って来た『ウサミン』の最後が『身体を痛めて続けられなくて、元アイドルのタレントとしてやっていきました』って、どこか寂しいです」

「それは―――確かに」

現実にはままある、そんな終わり。

だけど積み重ねた物語の終わりがそれでは、残酷です。

「安部菜々が身体を壊したのでウサミンはもう無理です、って言うのはもっとひどいです。信じて、って言った側が放り出しちゃうなんて!」

菜々さんが、カーテンコールは嫌いだ、と言っていたことを思い出します。

雪美ちゃんに『メルヘンチェンジ』を信じさせようと奮戦したことを思い出します。

ウサミン星人ナナに、カーテンコールはありません。

菜々さんの決断は、あのころからもう覆せないものだったのかもしれません。

だけど。

だけど―――

「だから、ずっと考えていました。ウサミン星人ナナの最後のステージは、夢破れた終わりじゃなく。ウサミンじゃなくなった誰かがそこに残るんでもなく―――」

それでも言ってしまいたいことを堪えて、俯いて。

唇を噛む私の耳に、菜々さんの言葉が届きます。

「ウサミンが新しい希望に向かうものじゃなきゃいけない―――そして、それはナナもそうなんだって」

その声には、悲しみも痛みも無くて。

ただ、前を向いていて―――
14:◆cgcCmk1QIM:2017/11/12(日) 20:29:49.15 ID:W1uOFZeg0

「…どうしても、続けることはできないんですね」

「どうしても続けることはできません」

「思い残しは、無いんですね」

溢れてきそうになる色々なものを堪えて、最後にたずねます。

「えー、いっぱいありますよー!!」

「えええええ」

まさかの返答に私はおかしな声を上げるしかありません。

菜々さんは小さく舌を出して、悪戯っぽく笑いました。


「思い残しはありますけど、心配は無いんです。物語は続いていく―――だって、ナナが居なくなってもウサミンはここに居ますし」

えっ?

思わずキョロキョロしてしまいますが、部屋には当然菜々さんと私だけ。

私だけ。
15:◆cgcCmk1QIM:2017/11/12(日) 20:30:22.83 ID:W1uOFZeg0


「わ、私ですか!?」

二代目ウサミン白菊ほたるとかそういう話でしょうか。

プロデューサーさんと菜々さんの間で実はそんな計画が進んでいたとか。

『キャハッ☆』と笑って変身する自分を想像しようとして、挫折します。

私にもこれまでの活動で積み重ねてきたイメージとかあるのですが…!

「すみません、私二代目ウサミン星人はちょっと…!」

「あはは、違いますよ。ウサミン星人やってくれって話じゃありません」

コタツごしに顔を寄せて、菜々さんは笑います。

穏やかな笑顔。

「だけど、ほたるちゃんはウサミンなんです」

「…すみません、意味が、よく…」

「ふふふー。そのうち解ってくれるといいなって思ってます」

解ったとき、私もウサミン星人になってしまうのでしょうか。

なんだか泣きそうな気分も吹き飛んで、そんなことをぼんやり考えます。
16:◆cgcCmk1QIM:2017/11/12(日) 20:30:51.70 ID:W1uOFZeg0
…あ、そういえば。

「…そういえば、もう決めてあるんですよね?」

「何をですか?」

きょとん、と首をかしげる菜々さん。

この人はどうして何歳になってもこんな可愛いのでしょう…。

「ライブの最後。ウサミンの最後をどう決着するか。菜々さんが、どうなさるのか…」

全ての曲目を終えて、菜々さんが最後にどうするのか―――を、私達は知りません。

普通に引退を発表するのでしょうか。

それとも宇宙船のセットが降りてきて、ウサミン星に帰ったりするのでしょうか。

菜々さん自身の『その後』についてもそうですが、Pさんはそのあたりについて何も教えてはくれないのです。

「フフフ。当日までナイショです!…いやまあ中々決まらなくてギリギリまで悩んでたんですけどね」

『たはは』って擬音がつきそうな動作で頭を掻く菜々さん。

「でも、決まりました。最後―――よかったら、ほたるちゃんも、聞いてください」

「今、教えてはくれないんですか?」

「ダメー!ウサミンの最後の言葉を最初に聞くのは、ファンの人たちじゃなくちゃ。ほたるちゃんたちも、聞くなら一緒にですよ」

最後のライブで、菜々さんの、アイドルとしての最後の言葉を聞く。

その日はもう、すぐそばまで迫っていました―――。

17:◆cgcCmk1QIM:2017/11/12(日) 20:31:25.24 ID:W1uOFZeg0

●ライブ前日夜/白菊ほたる自室

アイドルに寝不足は大敵。

きちんと寝ること、体調を管理することは活動の基本です。

だけど菜々さん最後のライブを明日に控え、私は眠れずにいます。

妙に目が冴えて、何度も寝返りを打って。

だんだんと進んでゆく時計を見直して。

なんとか寝ようと目を閉じるたびに、色々な考えがわっと頭に溢れてきて、止まらなくなるのです。

心配。使命感。後悔―――色々な考えの中でもっとも大きいのは、『私は、菜々さんのように出来るのだろうか?』という問いでした。

13歳の私はアイドルを目指して挑戦を繰り返していました。

幾度アイドルへの道が閉ざされても、挑むつもりでした。

それは、アイドルは私が人を幸せに出来る、唯一の道だと信じたから。

もし今、再びアイドルを続けられなくなったとしても、私は再びアイドルへの道に挑むでしょう。

だけど、『別れ道』はあります。

どちらを選んでも、大事なものを手放さなくてはならない、そんな別れ道。
18:◆cgcCmk1QIM:2017/11/12(日) 20:32:06.25 ID:W1uOFZeg0

菜々さんが芸能活動を続けるには、自分が『信じて』と口にした約束を違える必要がありました。

菜々さんはその道を選ばなかった。

潔癖すぎるという人が居るでしょう。

間違いだと言う人がいるでしょう。

本当はもっといい方法があったのかも知れません。

だけど菜々さんは考えた末に、自分がより大切に思う事を選びとったのです。

菜々さんはそんな選択をいくつも重ねてきたのです。

私は、どうでしょう。

『アイドルか、さらに大事な何かか』を選ぶとき、私は菜々さんのような選択が出来るでしょうか。

―――ううん、そうじゃない。

私も、そうしなくちゃいけないんだ。

『できるでしょうか』に留まろうとする心に、私はかぶりを振りました。

私は、菜々さんの選択を見ていました。

同じように私が選択を迫られた時、それを見ている誰かはきっと居るのです。

その『誰か』の前で、自分の心に恥じない選択をすること。

いつか私も菜々さんのように、そうして見せなくてはいけないのです。

そうだ。選択は自分だけの物じゃない。

そこにはきっと、責任があるのです。


…いつの間にか、時計の針は0時を指していました。

菜々さんの最後のライブはもう、今日のこととなったのです―――

19:◆cgcCmk1QIM:2017/11/12(日) 20:32:40.25 ID:W1uOFZeg0

●安部菜々最終ライブ開催中/舞台袖

…ステージのほうからここまで、わあっと歓声が響いてきます。

菜々さんの最後のライブは盛況のうちに進行中です。

とはいうものの、今ステージに立っているのは菜々さんではありません。

友情出演が増えた結果、菜々さんの出番は結構休み休みです。

無論トリは菜々さんで、そのときはかなりまとまった時間ステージに立ちますが、それも延べ時間で見れば出番は60分ありません。

菜々さんは『もう、これじゃ誰が主役かわからないですね!』なんてわざとらしくむくれていました。

前川さんも『ふふーん、ナナチャンのファン、全部みくが貰っちゃうにゃあ』と応じていました。

もちろん本意ではありません。

菜々さんが最後のステージで、憂い無く全力を出せるように。

時間を気にせず、最後の一滴まで力を振り絞れるように。

多分そのために今日、沢山のアイドルが集まったのです。
20:◆cgcCmk1QIM:2017/11/12(日) 20:33:23.93 ID:W1uOFZeg0

菜々さんは舞台袖から、ステージを見詰めています。

出番を終えて戻ってきたアイドルたちを笑顔で出迎えています。

私は自分の出番を終えて、そんな菜々さんのそばにじっと立っていました。

なんだか、離れるのが惜しかったのです。

「凄いステージになりましたねえ」

おばあちゃんのように目を細めて、菜々さんが笑います。

「菜々さんだから、皆集まったんですよ」

私も笑って、応じます。

もしかしたら笑顔は少し、ぎこちなかったかも知れません。

…ステージでは次から次に凄いパフォーマンス、熱唱が披露されていきます。

そして客席が盛り上がっていくのとは逆に、舞台袖は曲目が進むにつれて静かになっていきます。

このライブが終われば、もう、菜々さんがステージに立つことはありません。

私達は今、みんなで菜々さんの終わりへのカウントダウンを進めているのです。

戻ってくるアイドルも、ステージでの笑顔とは裏腹に、口数少なく舞台袖に戻ってきます。

笑顔で迎える菜々さんに何か言おうとして―――

力なく、黙ってしまいます。

皆、言いたいことがありました。

きっと、言いたいことは1つでした。

だけど、それを言ってはいけないことを皆が知っていたから―――あとは、黙るしか無かったのです。
21:◆cgcCmk1QIM:2017/11/12(日) 20:33:52.78 ID:W1uOFZeg0

大トリ前の最後の友情出演、前川さんが舞台から戻ってきました。

荒く息をつきながら、菜々さんを見詰めます。

菜々さんもじっと前川さんを見詰めて―――

ぱっ、と笑いました。

「はい、みくちゃん手をあげて!」

ウサミミ揺らして背伸びして、手を差し上げる可愛いしぐさ。

つられて手を上げる前川さん。

「みんなもー!ほら並んで、手をあげてー!!」

言われるままに並んで手を上げる私達。

菜々さんが、駆け出しました。

手を上げて、私達の手につぎつぎとタッチして、今日ステージに出た誰よりも元気よく。

ウサギのようにぴょんと、舞台に跳んで行ったのです。

22:◆cgcCmk1QIM:2017/11/12(日) 20:34:20.35 ID:W1uOFZeg0

●安部菜々最終ライブ・ラスト直前/舞台袖

菜々さんが、踊っています。

キラキラと踊っています。

菜々さんが、歌っています。

ただ、楽しそうに歌っています。

これが菜々さんの最後のステージ。

もう誰も、あの隣に立って歌うことは出来ません。

今日ステージに立った全てのアイドルが、舞台袖から菜々さんを見ていました。

黙って、見ていました。

皆、言いたいことをこらえていました。

それは同じ言葉。

『それでも、菜々さんに居てほしい』という言葉でした。

ウサミンじゃなくたっていいじゃない。

少しぐらい不本意だっていいじゃない。

ファンがどうとか、責任がどうとか、そんなんじゃない。

私達は、私達が、菜々さんに居てほしいんです。

どんな形でも一緒に居たいんです。

―――そう口に出せたらどんなに楽だったでしょう。
23:◆cgcCmk1QIM:2017/11/12(日) 20:34:52.15 ID:W1uOFZeg0

だけど、私達はもう皆、それを口に出してはならないのだと知っていました。

…舞台で踊る菜々さんを見詰めながら、私は千葉の小さなアパートで2人暮らしをしていた頃思い出しました。

事務所が潰れて路頭に迷った私を助けてくれた菜々さん。

ふたりともまだアイドルでも何でもなくて。

狭いアパートでいろんな話をして、オーディションを受けたり失敗したりしながら、明日を夢見ていました。

私たちは今はアイドルです。

あの頃の夢を叶えました。

でも、どうしてでしょう。

踊るの菜々さんを見ながら、私はあの頃がどうしてもどうしても懐かしくて。

輝いて思えてならなりませんでした。

あのころに戻れたら、きっとどんなにか楽しいでしょう。

だけど私は、望んであの場所を後にしたのです。

きっとそれも皆、同じでした。

私達は皆、望んでここまで歩いてきたのです。

だから、どんなにそうしたくても、戻ることは出来ません。

私達は皆、進んでいかなくてはならないのです。

進まなくていいじゃないか、と言ってはならないのです。

菜々さんの、最後の歌が終わりました。

私達は黙ったまま、精一杯の拍手を送りました―――

24:◆cgcCmk1QIM:2017/11/12(日) 20:35:26.30 ID:W1uOFZeg0


●ステージ上/安部菜々最後のご挨拶


全ての歌を終えてマイクの前に立つ菜々さん。

全ての拍手が鳴り止んで、しんと静まりかえった会場。

菜々さんは息の荒さを押し隠して、そっとマイクに口を寄せました。

「みんなもう知ってると思いますが、ナナのアイドルとしてのステージは、これが最後です」

はっきりと、口にします。

「ウサミンは17歳。歌って踊れる声優アイドルを目指して地球にやって来た、なにもできない女の子でした」

「だけど地球で、ファンの皆にパワーを貰って、アイドルになることができました」

「ナナは本当に、幸せでした―――」

「ウサミン星人ナナのステージは、今日が最後です」

「でも、知ってますか?ウサミンはどこにでもいるんです」

不意の言葉に、会場がざわめきます。

私はあの夜、「ほたるちゃんはウサミンだ」と言われたことを思い出しました。
25:◆cgcCmk1QIM:2017/11/12(日) 20:36:06.37 ID:W1uOFZeg0
菜々さんは優しく。

歌うように言葉を続けます。

「あなたのそばにも居ませんか?身の丈に会わない大きな夢を持って、慣れない世界に飛び込んで、じたばたしてる女の子―――彼女はきっと、ウサミンなんです」

「アイドルの世界には、ウサミンがいっぱい居ます。それ以外の場所にも、たくさんのウサミンが居ます」

「ウサギは寂しいと死んでしまいます。ウサミンたちもそうです―――夢を追ってる子たちが一番つらいのは、理解されないこと。孤独なことです」

「だからみんな!みんなの周りに居るウサミンを応援してあげてください!」

「そうたら彼女たちはきっとウサミンパワーでピカピカに輝いて、みんなの周りをステキなことでいっぱいにしてくれますよ!!」
26:◆cgcCmk1QIM:2017/11/12(日) 20:37:32.05 ID:W1uOFZeg0
ああ、と。

私ははっきり理解しました。

大きな夢を持って、それを叶えたくて苦闘する女の子。

できやしないと言われて、それでも夢を捨てられなかった女の子。

―――菜々さんは確かに、ウサミンでした。

私も、ウサミンでした。

お客様の中にも、沢山のウサミンが居るのかも知れません。

だから菜々さんは、ウサミンを捨てられなかった。

ウサミンは菜々さんを、夢を追う人を応援する物語。

皆と同じく夢を追う女の子が、今日も挫けず跳ぼうとしている物語だったから。

「ナナの夢は、皆のおかげで、叶いました!」

菜々さんの言葉は、続きます。

「そして、次はナナが手伝う番です―――ナナは、たくさんのウサミンを手助けするお仕事がしたい!」

「アイドルじゃなくなって、みんなの前からはいなくなっちゃうけど」

「ナナはどこかで明日も夢を追いかけてます!」

「ウサミンは、夢を追いかける女の子は、永遠なんですよ。キャハッ☆」

会場が、歓声に満たされました―――

27:◆cgcCmk1QIM:2017/11/12(日) 20:38:19.04 ID:W1uOFZeg0

●一週間後/事務所前

「…菜々さんは、これから、どうなさるんですか?」

必要な手続きも後始末も全ては終わって、菜々さんが事務所を後にする日。

結局今日まで聞く機会の無かった疑問を、私は思い切って菜々さんにぶつけてみました。

「まずは、勉強です!」

笑顔と一緒に、迷いの無い答えが返ってきます。

「猛勉強して、資格も取って、しっかり力を身につけて。そうでなきゃ沢山のウサミン―――いつかのナナたちみたいな子を手助けするなんて、できないですから」

菜々さんのお部屋にあった参考書を思い出します。

菜々さんはきっと以前から、考えて、道を見定めていたのです。

「いつか、ナナたちを見つけてくれたプロデューサーさんみたいな人になる。ウサミンを拾い上げてあげられる、皆を支えられるナナになる。それが新しいナナの夢」

菜々さんの柔らかい手が、私の手を取ります。

菜々さんが、笑います。

「形は変わっちゃうけど、行く道も違っちゃうけど、何年かかるかわからないけど…その時また、ほたるちゃん達と仕事ができたら嬉しいな」

「…はい!」

「それまで頑張ってなきゃメッ!ですよ―――それじゃ!」

さっと私の手を離し、背を向けて。

菜々さんは迷い無く歩き出しました。

感傷に浸る間もなしに。

次に本気でぶつかれることを見つけて。

「…がんばれ。がんばれ、ウサミーン!!」

私はその背にただ、叫びました。

「―――キャハッ☆」

振り返って、ポーズ。

菜々さんのウサミンスマイルは、今も曇りなく輝いていました。


(おしまい)
28:◆cgcCmk1QIM:2017/11/12(日) 20:40:29.94 ID:W1uOFZeg0
最後まで読んでいただき、有難うございました。
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11月15日 06時09分|モバマス0コメント

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