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1:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 18:00:03.88 ID:gIGEqEoto
はじめに。

このSSは、
キョン「ペルソナ!」
というスレタイで、以前VIPで投稿したSSのリメイクとなっておるクマ。
でも、元のを読んでなくても楽しめるように書いてあるので、安心して読むがよいクマよー

予定では、二日に分けて投下する予定クマ。
付き合える人は付き合ってくれるとクマが喜ぶクマよー。

ほいじゃ、始まり始まり~
2:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 18:01:23.39 ID:gIGEqEoto

突然だが。皆さんは、宿題用のノートと自分の身の安全、どちらがより大切だろうか?

おそらく、世の中の誰もが、こんな質問を提示するやつの精神構造を訝しむことだろう。
自分の身を危険に晒してまで、宿題のノートの確保に走るなんてやつが居るわけもない。
逆に言えば、一度宿題を忘れ、少しばかり内申に影響が出る程度のことで、自分の身の安全を確保できるというなら、誰もがそちらを選択するだろう。
そう、それがまともな考え方だ。まともな環境で育ち、まともな経験を積んできた、全うな精神から生まれる考え。
誰だってそうする。もちろん、俺もそんな思考の持ち主だ。

だった、はずなのだ。
しかし、そんなまともな思考回路を狂わせるほどの出来事というのは、案外簡単に、また、突然やってくる。
そう。俺の思考回路は、いつのまにか、まともと呼ぶにふさわしいものではなくなってしまいつつあったのだ。
どうだ、そろそろ『まとも』がゲシュタルト崩壊してきた頃だろう。

「ノートなんざ、放っておきゃ良かったんだ」

荒く息を吐きながら、俺は誰にともなく呟いた。
冷たい大気をかき分けるようにして、どこへ続くかもわからない薄暗い廊下をひたすら駆ける。
突き当たりを右折すると、目の前に、上階へと続くらしい階段が現れた。
他に道はない。冷や汗を拭いながら、俺は二段飛ばしで、それを登り始める。
背後から迫り来る気配は、一向に消えはしない。

慢心だった。
俺は、ここ一年強で、いくつかの……いくつもの超常現象を目の当たりにし、経験してきた。
その薄っぺらな経験から、今回のこの異常現象を、大して危険なものではないだろうと、甘くとらえてしまったのだ。
その結果が、これだ。

七月中旬、真夏の深夜。
俺は命の危険に晒されていた。
宿題のノートを忘れたことが原因で。
3:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 18:02:32.72 ID:gIGEqEoto

―――そもそもの事の起こりは、一昨日のことだった。
その日、俺はいつもよりも重たい疲労を抱えていた。
なぜ疲れたのかは詳しく覚えていないが、俺の疲労とはだいたいにして放課後に膨れ上がる。おそらくその日もそうだったんだろうと思う。
やけに遠く感じる帰路を辿り、自宅に帰り着いたのが午後六時。それから、夕食をとり、二十分ほどかけて入浴し、寝巻きに着替えた頃には、俺はもう眠気の使徒となっていた。

「キョンくん、宿題てつだってー」

「あー、今日は悪い、寝る」

自室の手前で、国語と算数の教科書を抱えた妹に遭遇し、それを適当にあしらい、自室に入った俺は、そのままベッドに倒れこんだ。
まだ八時台だったが、目を閉じてから数分も経たないうちに、俺の意識は睡眠の海へと溶け出していった。



………

目を覚ました時、夢を見ていたような気がしたが、内容はほとんど忘れてしまっていたが、その夢に、涼宮ハルヒが出てきたことだけは、はっきりと覚えていた。

「……寒いな」

現実に帰った俺の意識から、液体が溢れ出すように、そんな言葉が口をついて出た。
うつ伏せに眠っていた体を起こし、ベッドに腰を掛ける。
そして、改めて、周囲の空気が冷たく冷えているのを感じた。七月だというのに、まるで初冬のような肌寒さだ。
今は何時だろうか。ベッドの脇に放り投げられた携帯を拾い、ディスプレイを見る……が。

「あ? バッテリー切れか?」

携帯電話は、一切の光を発していなかった。
5:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 18:03:54.51 ID:gIGEqEoto
壁に掛けた時計に視線を向けると、室内をほのかに照らす月光の中で、秒針と短針が、仲良く真上を指していた。
零時ジャスト。眠っていたのは、三時間半ほどか。
それにしても、寒い。半袖の寝巻きだけでは、鳥肌が立つほどに。
寝なおすにしても、何か羽織るものはないだろうか。俺は暗がりの中で目を細め、室内を見回し―――気づく。

「あ……電灯も切れたのか?」

室内は、窓から差し込む月光以外に、光を放つものがなかった。
眠りに着く前に、電灯を消さなかったことを覚えている。
……このあたりから、俺は何か『妙』だと考え始めていた。
俺の脳裏を、とある単語がよぎる。

閉鎖空間。
それが何であるか、説明する必要はないだろう。
俺はまた、いつだかのように、ハルヒの創り出した閉鎖空間に招待されてしまったのだろうか。
しかし、その空間は。俺が記憶している閉鎖空間の概要とは異なる点を、いくつか持っていた。

「……空が明るいな」

窓の外には、かつて俺の見た灰色の空や、見知った夏の夜の空は存在しなかった。
代わりに、緑がかった漆黒の空と、異様に明るく、どこも欠けていない、真円の月。
そして、澄み渡った冷たい大気。いずれも、俺の知る限りで、普通ではない事だらけだった。

「ダメだ……寒い」

三度、肌寒さを覚え、俺は、壁に掛けたまましまい忘れていた、制服のブレザーを寝巻きの上から羽織った。
なにしろこれから夏の盛りという季節だ。他の半纏だのジャケットだのは、引き出しの奥底へしまいこんでしまっていた。
保温性のない生地だが、無いよりはマシだ。
すると、次に、別の震えが、体の奥底から湧き出してきた。
6:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 18:04:42.68 ID:gIGEqEoto

……トイレ行こう。

ベッドから腰を上げ、部屋を出る。ドアノブが、奇妙なほど冷たく感じた。
薄暗い中、階段をゆっくりと降り、すぐ正面のドアへ……

―――トイレのドアへと向けたはずの視線が、異様な何かによって遮られた。

初めは、何かの家具のようにも見えた。
先ほど見た夜の空のように黒く、人の背丈ほどの高さの物体。
生き物ではないらしい『それ』は、視覚的にさえ感じられる冷たさを纏い、トイレのドアのすぐ手前に立っていた。

垂直に立った柩。
表現するなら、そんな言葉がふさわしいだろうか。
そして、それの登場は、俺の思考の中に、ひとつの確信をもたらした。

この、冷え切った空気。
見たことのない色の空と、悪魔じみた月。
そして、謎の柩。
―――何かが起きているのだ。
おそらく、俺の想像の限りを越えるであろう、何らかの現象が。

「……誰か……いるのか?」

呟いたあとで、もし、この状況で、俺以外の誰かがこの場にいるとしたら、それはとてつもなく恐ろしい事ではないかと気づいた。
もしも、そんな第三者がいるとしたら……そいつが、俺に危害を加えない者でないという保証はない。
考え出した途端に、心臓が早鐘を打ち始める。いつのまにか、喉が渇ききってしまっていた。

……部屋に戻ろう。
漆黒の柩から逃げるように、降りかけの階段を、後ろ足に上り始めようとした、その時だった。
7:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 18:05:43.75 ID:gIGEqEoto

「お前は『鍵』なのだ」

声がした。
低く、滑り気を帯びた、男の声だ。
その声は、俺の背後……階段の上から降り注いできた。
すぐに振り返ることはできない。全身が凍りついたように硬直している。
それでも、なんとか全身に感覚があるらしいということを確かめながら、俺はゆっくりと振り向き、階上を見上げた。

薄暗さのせいで、そこに立つ者の様相がわからない。
だが、少なくとも、人の形をしている何かだった。
階段を上がったすぐの地点に両足をつき、両腕を組み、俺を見下ろす『誰か』。そいつの発した言葉の内容が、脳へ伝わらない。
まるで、意味を知らされていない念仏を聞いているかのようだった。

「お前が、これから生き残るために、手助けをしてやろう」

数秒の沈黙のあとで、そいつは―――便宜的に、『男』と呼ぼう―――組んでいた腕を解き、左手を、俺に向かって振るった。
その手の中から、何かが放たれ、俺の眼前で停止する。
青い光を放つ、正方形の物体。何かのカードのようだった。

「生き残る……ため?」

男の言葉を繰り返しながら、目の前の空間に浮かび、ゆっくりと回転するカードを見る。
幾何学的な絵柄の裏面に、抽象画のような絵柄の表面。
そして、そこに記されている数字。
0。
俺がそれを視認すると同時に、カードは一瞬、強く光を発した後、目の前から消え去ってしまった。
8:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 18:06:42.39 ID:gIGEqEoto

「お前の武運を祈ろう」

再び、男の声がして、俺は意識を、階上の男に向ける。
男が、くい。と、左手を持ち上げ、

「あと十秒だ」

と、手の中の何かを見つめながら言った。

「今のは……お前は、一体―――」

渇いた喉から、やっとの思いで声を紡ぎ、男にむけて放つ。
その、直後。
ゆらり。
突然、目眩とともに、奇妙な感覚が俺を襲った。
足元で、重なり合っていた何かと何かがずれるような、震動にも似た浮遊感。

「うわっ―――」

一瞬、階段から足を踏み外しそうになったのを、寸でのところで踏みとどまる。
一つ息をつき、頬を伝う冷や汗を拭う……そして、気づく。
俺の周りの大気から、あの、冷たく、音を持たない気配が、消え去っていた。
更に、次の瞬間。

「あれ、キョンくん?」

すっかり階上に注目していた俺を、階下へと引き戻す、聴き慣れた声。
振り返ると……そこあったはずの、あの漆黒の柩は、影も形もなくなっていた。
その代わりに、枕を小脇に抱えた、寝ぼけ眼の妹が、柩があったのと同じ場所に立っていた。
9:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 18:07:48.55 ID:gIGEqEoto

「キョンくんもトイレー?」

「いや……お前……」

あの男と会話(ほぼ一方的な、だが)をしている間に、あの黒い柩は消え、妹が現れた。
何を言っているのかわからないだろう。俺も何を言っているのかわからないさ。
妹の部屋は俺と同じ二階にあり、妹が俺の気づかない間にそこに行くには、階段を降りかけている俺を追い越さなければならない。

まさか。
ひとつの可能性が、俺の心中を走る。
妹は、俺の知らないあいだに、柩と入れ替わったんじゃない。
この妹は、さっきまで、あの黒い柩に『なっていた』……なんてのは考えられないだろうか。

「お前……大丈夫か? なんともないか?」

「なんとも? ないよー?」

焦る俺の前で、妹はとても眠たそうに瞼を擦った後、そう答えた。
そして、くい。と首をかしげて、

「キョンくん、いつの間にそこにいたの?」

と、不思議そうに呟いた。

やはりそうだ。
妹は、俺が部屋を出るよりも前から、そこに居続けていたのだ。
あの、冷たい大気に支配された、奇妙な世界の中に。
黒い柩へと姿を変えて。
10:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 18:08:52.56 ID:gIGEqEoto

「ねー、トイレ、先いい?」

「あ、ああ」

妹は、やはり不思議そうに、数秒間俺を見つめた後に、くるりと寝巻きを翻し、トイレの中へと入っていった。
全身がじっとりと汗ばんでいる。先程まで冷たかった空気が、掌を返したかのように、夏の夜の温度と湿気で、俺の全身を包み込んでいた。

……今度は、一体何をやらかしてくれているんだ。
涼宮ハルヒのご尊顔を脳裏に浮かべながら、俺は心中でつぶやき、ひとつため息をついた。
ひとまずの不思議現象が過ぎ去ったと察知した瞬間に、忘れていた意欲が、下腹部へと蘇ってくる。
とりあえず―――用を足そう。



………

質の悪い夢でも見たのだろう。
翌朝、俺は全身を襲う気だるさを洗顔で振り払い、昨夜の記憶と対峙することを放棄した。
幸いというべきか、不思議探索で顔を合わせたハルヒから、普段と違う様子は見られなかった。

「あんた、クマが凄いわよ?」

「ちょっと夢見が悪くてな」

「きっと正夢になるわね」

「冗談はよしてくれ」

結論から言って、ハルヒのその一言は、現実になってしまったわけなのだが。
11:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 18:09:48.19 ID:gIGEqEoto



………

「マジにか」

時は加速し、その日の深夜。
俺はベッドの上で、再び味わう薄ら寒さに凍えることとなった。

日曜日を前にして、少し多い量の宿題に追われた俺は、時刻が零時を指すほんの少し前まで、時間の流れを忘れてしまっていた。
あと三十秒ほどで、長針と短針が重なり合うといった頃。俺はようやく宿題を終え、携帯の電子時計で、その事実に気づいた。
午前零時。
蘇る昨夜の記憶。それを払拭するように、俺は眉をしかめ、目頭を押さえた。
コチ、コチと、秒針が時を刻む音だけが、室内に響いている。

―――あと十秒。
不意に、あの男の言葉が脳裏を過ぎった。
記憶の中の男は、そう口にしながら、手の中の何かを見つめていた―――そう、あれは。

「時計……?」

閉じていた瞼を開き、壁にかけられた時計へと視線を向ける。
長針と短針はほぼ真上を示していて、秒針はそのわずか左。

三秒。秒針が、頂点へと近づく。
二秒。迫り来る何かに怯えるように、全身に鳥肌が走る。
一秒。手の中の携帯電話が、先走るように、プツリ。と音を立て、停止した。
そして―――時計は。
時間は、止まった。
12:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 18:10:58.72 ID:gIGEqEoto



………

携帯電話や、電池式の時計。PCなどといった電子機器の類は、すべて機能を停止しているようだった。
昨夜と同じように、俺は寝巻きの上から制服を羽織り、ひとり、冷たい部屋の中で思考を巡らせていた。
窓から差し込む、光量の多い月光だけが、室内を照らし、俺のシルエットを壁に映し出している。

冷たい大気。
漆黒の空。
狂気じみた月。
すべてが昨日のとおりだった。
可能ならば、今すぐに、古泉や長門と連絡を取りたい。
しかし、あらゆる連絡手段は断たれている。

「正夢か……笑えねえぜ、ハルヒ」

苦笑が、強がりのように、静寂の中を転げ落ちていった。

俺はその時、既に、ある『確認』をとり終えていた。
すなわち、この『時間』を体験しているものが、俺の他に、誰か存在しないかということ。
その確認を得る手段として、手っ取り早かったのが、両親と妹の所在についてだった。
俺の両親……特に母親は遅寝で、零時となれば、寝室で読書か、ネットサーフィンに興じていることが多かった。
体験上は二度目となる、この冷たい時間の中で、俺は両親の寝室を訪れ、遠慮がちにドアを開け、中を覗き込んだ。

しかし、そこに、俺の知る母親の姿はなかった。
代わりに存在したのが、デスクの目の前にそびえ立つ、黒く無機質なシルエット。
昨夜見たのと同じ、黒い柩だった。
13:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 18:12:25.62 ID:gIGEqEoto
室内を見回してみると、柩はデスクの前のそれひとつだけではなかった。
これまで見てきた二体と全く同じ、夜の闇の色の立方体が、ちょうど窓際に位置するダブルベッドの上に、もう一体。
どうやら、『こっち』は父親のほうで、既に寝入っていたようだ。
頭痛を覚えた俺は、こめかみを押さえながら、出来るだけ音を立てないようにドアを閉め、ひとつため息をついた。

そうして自室に戻った俺は、昨日と同じように、ブレザーを寝巻きの上から羽織り、一人思考を巡らせていた。
少なくとも、この家の人間の中で、この『時間』の中で活動できるのは、どうやら俺だけらしい。
そして、俺以外の人間は皆、あの黒い柩へと変わっている。
外も、似たような状況になっているのだろうか。
確かめに行きたい気持ちもあったが、この得体の知れない状況で、動き回る気はしなかった。
しかし、世界は依然として静寂に包まれていて、ほかの何者かがどこかで活動しているような気配は、全く感じられない。

止まった時間の中に、たった一人の俺。

……ほんの二、三分ほど、俺は頭を抱えた体制で、唸り声とも嘆息ともつかない声を上げていた。
何かを考えようにも、何が起きているのかがわからないのだから話にならない。
そんな状況で、俺に何かできることがあるだろうか。
コツ、コツと、音を立てながら、無意味に過ぎてゆく時間……

時間。
俺ははたと気づき、壁の時計に視線を向けた。
先ほど見た時と同様に、三本の針が真上を示した形で停止した時計。
沈黙に満ちた部屋の中で、唯一、僅かに聴こえる時を刻む音。
―――この音は、どこから聞こえているんだ?
室内を見回し、音の聞こえてくる方向を探る。
それからほんの十秒ほどで、俺は、月光に照らされた勉強机の上に、見覚えのない、卵型の物体が置かれていることに気づいた。

「これは……時計か?」

音を発しているのは、その物体のようだった。手のひらに収まるほどのサイズで、押しボタンらしき突起が付いている。
14:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 18:14:30.41 ID:gIGEqEoto
爆発とか、しないだろうな。
一瞬、近づくのを躊躇した。コチコチ言っているのは、時限爆弾のカウントダウンのそれではないだろうかという考えが浮かぶ。
しかし、その物体は言わば手がかりだ。この際限のない理解不能膠着状態を打破し得る、キーアイテムなのかもしれない。
ええい、ままよ。
思い切って近づき、それを手に取る。俺が思っていた以上に重く、冷たい手触りがした。
それは俺が最初に想像したとおり、懐中時計のようだった。電力というものが居眠りをこいている現状で、動作し続けている所を見ると、ゼンマイ式なのだろうか。
親指で突起を押し込むと、ぱか。と軽い音を立て、蓋部分と本体部分に分かれた。
顕となった円形の文字盤を目にし、俺は首を捻った。そこには数字や文字は刻まれておらず、零、三、六、九の四つの数字に該当する位置に印が付いている。
そして、零よりも僅かに左を指した、長針と思われる針と、音を立てながら動く秒針のみが存在していた。
針は二本だけで、秒、分は読み取れるが、時を示すべき短針が見当たらない。
俺に理解できる限りで、その時計はまもなく、零分を示す頂点を指そうとしているようだった。

「あと、十秒……」

秒針が、長針へと近づいてゆく。それに追われるように、長針がほんの少しづつ、零を示す印と重なろうとしている。

五秒。
四秒。
三秒。
二秒。
一秒。

二本の針が、頂点を指した、その瞬間。
覚えのある目眩と浮遊感が、俺の体を襲った。

「うっ……」

ほんの一瞬。電流が走るような短い間、俺の意識はブラックアウトした。
そして、気づいたときには―――
世界は、元通りに動いていた。
15:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 18:15:58.54 ID:gIGEqEoto
手の中の時計が放つものとは別に、秒針が時を刻む音が聞こえて、その音のした方向を見る。
壁の時計が、息を吹き返したように、時間を刻んでいた。時刻は、零時を回り始めてから、ほんの一分弱。
窓の外には、あの漆黒の空ではない、やや曇った夜の空が広がっている。
何処か遠くから、犬の鳴き声が聞こえる。当たり前にある、現実の夜の喧騒だ。
大気は温く、じっとりと湿気を帯びている。

「零時……」

俺の目の前で、零時を示して止まった時計。変貌した世界。
それらが再び、今、ここにある様相を取り戻すのにまでに掛かったのは、どれくらいだろうか。
あの奇妙な『時間』は、いつ始まり、いつ終わった?

「この、時計」

ふと、手の中の時計のことを思い出す。
短針のない懐中時計……その長針と秒針は、零を示したまま、動くことをやめていた。
……理解の遅い俺の頭でも、ようやく、状況の輪郭が掴めてきた。
おそらく、次にこの懐中時計が動き出すのは、もう一度零時がやってきた時。

零から始まり、零で終わる。
時計が示すことのない、空白の―――静止した時間。
そんな時間の中に、俺は迷い込んでしまっていたのだ。
んな、馬鹿な。
そう言って、何度だって夢だと思いなおしたい。
しかし、俺の手の中に、あの時間の中で見つけたこの懐中時計があるという事実は、あの時間の中での出来事が、俺にとって本当にあった事なのだということを決定づけていた。

腹をくくった俺は、もう一度、心の中で、昨晩と同じ事を思った。

何かが起きているのだ。
おそらく、俺の想像の限りを、かなり越えるであろう、何らかの現象が。
16:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 18:17:25.74 ID:gIGEqEoto



………

そして、翌日、日曜日。
俺は以前から予定されていた、親族ぐるみの行事によって、妹ともども、丸一日を忙殺された。
全ての用事を終え、家族揃って家に着いたのが二十三時。古泉や長門に連絡を取る暇など、ありもしない。

「ま、いいか……どうせ明日会うんだ」

制服を着たままでベッドに寝転がり、天井を見つめながら呟く。
一昨日ほどではないが、俺は十分に疲労していた。このまま眠ってしまうのも良いかもしれない。
そう考えたあとで、俺は昨晩とその前の晩、あるはずのない時間を体験してきたということを思い出す。
今夜も、あの時間は訪れるのだろうか?

「寝てりゃ、関係ないだろ……」

すこし考えた後、俺はそう呟いた。
思えば一昨日、俺は突如訪れた寒さによって目を覚ましたことで、自分が、あの謎の時間の中にいることを認識した。
もしも俺が、あの時間帯を眠りの中で過ごしたとしたら、あんな奇妙奇天烈な現象が起こっていた事自体、俺は知らずにすごせていたはずなのだ。
幸いというべきか、昨日、一昨日と、あの時間の中で、俺に危害を加えるような存在と対峙した覚えはない。
―――あの、謎の男については、まだ何ともいえないのが現状だが。

とにかく、俺は寝る。ああ、寝てやるとも。
幸い、昨日必死に取り組んだおかげで、宿題は残っていなかった。
昨夜、俺はあの冷たい時間が訪れるより前に、鞄の中に詰め込まれたノートを、手前から順にクリアしていった。
現国から始まり、英語、世界史、そして―――
17:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 18:18:41.76 ID:gIGEqEoto

「……日本史?」

がば。と、上体を起こし、脳裏に浮かんだその単語をつぶやく。
確か、俺は一昨日、四科目も同時に出された宿題を前に、頭部に痛みを覚えたという記憶があった。
しかし、昨日俺がこなしたのは、現代国語、英語、世界史の三科目。
……日本史のノートが、鞄の中にあった記憶はない。

まさか。と、ベッドから飛び起きた俺は、鞄の中身を確認する。
しかし、やはり、そこに日本史のノートは見当たらない……これがどういうことか、疑いようがない。

「忘れたのか。学校に」

低い不協和音が、頭の中で鳴り響く。
高等学校で勉学に励んだことのあるものになら、この事態がどれほど拙いものだか分ってもらえるだろうか。
まして、今は七月中旬。テストも終わり、消化試合のように、夏休み前の瑣末な時間をすごしている時だ。
逆に言うと、二年のこの時期に宿題を忘れたりしようものなら、内申にダイレクトに響きかねない。

「……まだだ、まだ間に合う」

胸の中に、焦りの炎が灯ってゆくのを感じながら、俺は時計を睨んだ。
時刻は二十三時二十五分。自転車を飛ばせば、三十分ほどで学校に着く。
夜の学校に侵入する手筈については、以前、ハルヒから聞かされたことがあった。
夜警を雇っていない我が北高は、一部の生徒しか知らないとあるルートを使えば、夜間でも問題なく、学校内へと忍び込むことが出来るのだ。

「……行くしかない」

勉強机の前から立ち上がった俺は、自転車の鍵を手に取り、机の上から必要なものだけを選び、着たままになっていた制服のポケットに詰め込んだ。
この時点で、俺は宿題への執念に染まっており、とてつもなく大切なことを忘れてしまっていた。
おそらく、誰もが察しているだろう。あの冷たい時間が、今夜も訪れるであろう、ということをだ。
18:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 18:20:10.43 ID:gIGEqEoto



………

空気が宿命的に蒸していることを覗けば、俺が北高へと向う道程は、何事もなく過ぎていった。
あえて言うなら、家を出る瞬間に、妹にその姿を目撃されたことくらいだろう。
俺が行き先を「学校」と短く告げると、妹は不思議そうに眉をしかめ、家を出る俺の背中を見つめていた。

「多分、教室だよな……鍵は職員室か?」

全力でチャリを飛ばし、校門前へたどり着いた俺は、息をつきながら、辺りを見回し、誰にも見られていないことを確認した。
数ヶ月前、ハルヒから聞いた情報が真実ならば、職員室へは、床に近い位置に取り付けられた小窓から、潜りこむことが出来るはずだ。
閉ざされていた校門は、驚くほど簡単に開いた。どうやら、うちの高校の警備は相当ザルらしい。
それでも、出来るだけ物陰に隠れながら、昇降口を目指す―――その途中で、校舎に取り付けられた、大きな時計の文字盤が目に入った。
主に、体育の際などに利用している大時計だ。何年も前に、そこで教師が死んでからは、使われていない……なんてことはなく、いつも普通に、現在時刻を示している。
その時計が、まもなく零時を指そうとしていた。
瞬時に、俺の頭の中に、あの制止した時間のことが思い出される。

「今、ああなったら……どうなるんだ?」

一瞬、俺の中で、このままではヤバイ。という気持ちと、いや、そうでもないんじゃないか。という、気持ちが交差した。
あの時間の中では、俺以外の人間は皆―――と、言い切るには、判断材料がやや少なめだが―――あの黒い柩の姿へと変わってしまう、と。
なら、考えようによっては、誰にも知られずに校舎へ忍び込むには、むしろちょうどいいかもしれない。
それに、ここまで来てしまったのだから、いまさら思い悩んでも遅い。さっさと目的を果たし、速やかに自宅へ帰るというのが賢明な気がしてきた。

……上着、持ってくりゃよかったな。
この時、まだ、俺には、そんな呑気なことを考えている余裕があった。
しかし、大時計が零時を示し、空の色が変わった瞬間から。
俺は、寒さを感じるような余裕などない、悪夢のような異常事態に見舞われる事となった。
19:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 18:21:06.79 ID:gIGEqEoto
まず、聞こえてきたのは、地鳴りだった。
大地から何かがせり上がってくるかのような、重く、巨大な地鳴り。

「なっ……何だっ!?」

やがて、地鳴りは震動を伴うようになり、俺の立つ地面を前後左右に揺さぶり始めた。
起立しているのが難しいほどの地震は、やがて、校庭のあちらこちらに地割れを生じさせ始めた。

「ただの地震じゃねえぞ……おい、マジかっ!?」

思わずしゃがみ込んだ俺は、誰にともなく叫び、目の前の校舎を見上げた。
月光に照らされたその外殻が、ビキビキと辛辣な音を立てながら、粗い亀裂を帯びてゆく。
その亀裂から、外側へむけて放たれる光。まるで、内側から何かが産まれようとしているかのようだ。
ボーン、ボーンと、あまり聞き覚えのない、時計の鐘のような音が、地鳴りに混じって聞こえてくる。
咄嗟に見上げた大時計の針が、狂ったように回転していた。
校舎から放たれる光が、俺の視界を埋め尽くし―――ほどなくして、俺の意識は途絶えた。



こりゃ、あれだ。
『ヤバイほう』だったってわけだ。
一瞬前まで、上着のことなんかを気にしていた自分をぶん殴ってやりたいね。



………

コツ、コツという、聞き覚えのある音で、俺は意識を取り戻した。
最初に目に入ったのは、見慣れない天井。灯っていない蛍光灯が、視界の中心に、斜めに走っていた。
嗅いだことのない、わずかに生臭い空気が鼻につく。
20:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 18:24:26.50 ID:gIGEqEoto

「ここは……」

ぼやけた全身の感覚を、ゆっくりと慣らしながら、体を起こす。
視線を下に向けると、自分が、冷たいリノリウムの床の上に倒れていた事が分かる。
周囲を見回すと、古びた金属の棚や、体育のマットを丸めたようなもの。会議用の長机などが、不規則に置かれている。
そこはどうやら、北高の校舎内の、どこかの一室であるようだった。

「……何がどうなったんだ」

呟くと、周囲の壁がその音を拾い、わずかに反響した。
こめかみに指を当て、自分が一体、どういった状況にあったのかを思い出す。
そう、俺は学校に忍び込む途中で、零時を迎えて……直後に、あの地震に見舞われた。
校舎の中に自分から入った覚えはない。そもそも今いる場所が、校内のどこにあたる部屋なのかも、周囲の様子からでは確認できなかった。
……気を失っている間に、誰かに連れてこられた、とか?
一瞬、頭に浮かんだ考えに、胸の奥が冷たくなる……こんな得体の知れない状況で、自分以外の誰か……何かがいるなんてことは、できれば考えたくない。

コチ、コチ。
ふと、たった今自分を目覚めさせた音が気になり、身の回りを見渡すと……昨晩手に入れた、あの時計が転がっていた。
この時計が動いている……つまり、今はまだ、『零時のまま』なのだろう。
文字盤を見てみると、長針が六を指している……つまり、零時を迎えてから三十分ほどが経過している、ということだろうか。

……大人しく、帰ろう。
心臓が嫌なリズムで脈動している。
もう、ノートの事などどうだっていい。身の安全を確保するのが最優先だ。
先ほどの現象が一体何であるのかなど、一切気にならない。あれは夢だ。夢なんだ。俺は早く家に戻り、もっとまともな夢を見るべきなのだ。
よし。と、立ち上がり、すぐ後ろにあった、壁に取り付けられた窓から外の様子を窺おうとして……俺は固まった。

その窓からは、大地が見えなかった。
遠くまで、明かりの一切ない街並みが見渡せて、それが漆黒の空と重なって、綺麗な地平線を描いていた。
21:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 18:26:30.31 ID:gIGEqEoto

「何階だよ、ここ……」

俺の知る北高に、こんな展望台のような眺めを楽しめる場所はない。
現状が、帰る帰らないなんてレベルじゃないということが、ようやく理解できた。
決定的な「何か」が起きてしまったのだ―――おそらく、さきほど零時を迎えた瞬間に。

「マジで、か……」

鈍く、重い頭痛が俺を襲う。
なぜ俺は、ノートなど忘れてしまったのだろう。
学校になど来なければ、何事もなく今夜をやり過ごし、明日、長門や古泉に、この件を相談できたかもしれない。
そうすれば、こんな事には……

いやいやいや。
俺は頭を振って、心中を埋め尽くしつつある絶望感を振り払った。
まずい。今の精神状態だと、全ての思考がバッドエンドの未来に直結してしまう。

「この時間さえ、過ぎれば……」

手の中の時計を見つめ、呟く。
あと三十分弱。何事も起きなければ、零時は終わるはずだ。
そうなれば、どうやらどうにかなっているらしいこの学校も、元通りに戻る……かなり期待が混じっているものの、可能性はある。
となれば、下手に動かず―――

べちゃり。

一瞬、体が飛び上がりかけ、ひ。と、喉から声が漏れそうになった。
こんな状況で、突然背後で物音がしたら、誰だって驚くだろう。
それも、聴き馴染みのある音じゃない。鼓膜に粘りつくような、滑り気があって、湿った怪音だった。
22:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 18:27:52.42 ID:gIGEqEoto

べと、べと。

更に、追い打ちをかけるように、もう二つ、やはり奇妙な音。それと同時に、教室の壁に、僅かな震動が走った。
見たくない。が、見ないわけにも行かない。
俺はゆっくりと、背を向けていた、廊下側の壁を振り返った。
……そこにいきなり誰かがいるんじゃないかと思っていた俺は、誰もいない室内を見回して、ひとまず息をついた。
が、安らぐ間もなく。俺は目の前の光景の中に、ひとつ、気になる点を見つける。

教室の前部と後部に取り付けられた、廊下へとつながる、曇りガラスの小窓がついた、スライド式のドア。
そのうち、前部に位置するほうのドアの小窓に、外側から泥団子をぶつけられたかのような、いくつかの黒い跡があった。
さっきの音の原因は、これだろうか―――よく観察してみようと、及び腰ながら、ドアに近づいた瞬間。

びたびたびたびた。

「うわっ!?」

ドアが震え、雨が降るような音とともに、小窓一面を、黒い『手形』が埋め尽くした。
廊下から室内に向かって、『何か』が押し寄せて来る……ドアがミシミシと音を立て、今にも弾け飛びそうに歪む。

―――ヤバイ。これは、ヤバイ―――!!

何かがいる、どころの騒ぎじゃない。
俺は泣きそうになりながら、ドアから遠ざかり―――逃げ道が、後部のドアしかないことに気づき、絶望する。
たった今、ドア越しに対峙している、この『何か』がいる廊下に、自分から出ていけと?

「ああっ、クソっ!」

もはやドアが決壊するのは時間の問題だ。
考えている暇はない。俺は教室後部のドアに向かって駆け、剥ぎ取るようにそれを開いた。
23:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 18:29:08.47 ID:gIGEqEoto

「この時間さえ、乗り切れば……!」

右手に懐中時計を握り締め、奥歯で言葉を噛み潰しながら、俺は廊下に飛び出した。
「何か」は、それをすぐさま察知したらしく、ドアに攻撃を仕掛けるのをやめ、わさわさと音を立てながら、一人疾走する俺に向き直った。
ほんの一秒ほどの沈黙を挟んだ後、すぐに俺の背を追いかけ始める、「何か」。
リノリウムの床をひた走りながら、俺はほんの一瞬、肩ごしに背後を振り返り、『そいつ』の姿を見た。
見て、愕然とした。

『そいつ』は、人を象ろうとし始めて、途中で挫折した、黒い粘土細工の欠片を、いくつも寄せ集め、塊にしたような姿をしていた。
腕と見て取れるものが、塊からいくつも突き出しているが、歩行しているわけではなく、床に接している部分はヘドロかスライムのような様相を呈しており、前後も左右も構わずに這いずり回っている。
そんな中で、特に目を引いたのが。突き出した何本かの手の中に、青い仮面のようなものを持っているというところだ。
そいつは、まるでその仮面に視覚があるかのように、仮面を手にした腕を前方へと突き出しながら、ビタビタと音を立てて俺に迫ってくる。

俺はこれまでに、何度か、常識を超えた、理屈では説明できない生物を目にしてきた。
が、今回のこいつほどえげつないのと対面したのは、初めてだね。
それも、誰のサポートもなしにだ。どうなってやがる、古泉。助けてくれ、長門。



………

そうして、話は冒頭に戻るわけだ。
頭の中で、いままでのあらすじをようやく語り終えた俺は、あとがきのようなものに手を付ける暇もなく、青い仮面の異形との追いかけっこに明け暮れている。
上り階段は、まだ終わらない。もう数十分も走り続けており、正直足が限界だ。
足を踏み外そうものなら、あの化物の餌だ。精神的なプレッシャーに耐えながら、体を酷使する。そのコンボが辛い。
だが。もう少し、もう少しなのだ。両足に神経を配りながら、右手の中の時計を睨む。
長針が示しているのは、零のわずかに左。あと一分かそこらで、この悪夢のような一時間に終止符が打たれるはずなのだ。
その瞬間に願いを掛け、階段を上り続ける……何度目かの踊り場にぶつかり、進路を変え、更に駆け上がろうと、新たな行く手に視線を向け……
―――俺は、固まった。
24:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 18:30:27.27 ID:gIGEqEoto

「……冗談だろ?」

思わず、そんな言葉が口を突いて出た。
俺の視線の先には、壁。
掲示板を一枚打ち付けられた、塗装のところどころ剥げたコンクリートの壁が、階段の先を封じているのだ。
え、これ、どういう事?
道を間違えたのか? いや、あの教室を出てから、この階段に至るまで、俺は一切、進路を選択していない。すべて、道が続くままに駆けてきた結果が、これだ。
俺がたどってきた逃走経路は、実はえらく長い袋小路でしたー。
全く笑えない冗談だ。

「おい……おいおいおいおい!」

思わず声を上げながら、残り僅かな階段を駆け上り、行く手を塞ぐ壁に両手を叩きつける。
みし。と、掲示板が音を立てたが、壁そのものにダメージなどあるはずもない。防御力満点の、いいコンクリートだった。壁ドンするなら、こんな壁が理想だ。
化物の気配と、階段を這い上がる音が、徐々に近づいてくる。全身から、血の気が引く。

「そっ、そうだ、時間―――」

まだだ。まだロスタイムがある。
いや、むしろあっては困るのか。俺は右手の時計の文字盤に目を走らせ……何度目か、固まる。

時計が止まっていないのだ。
長針は、ゼロをわずかに追い越した位置を示しており、秒針は依然、コチコチと時を刻み続けている。

―――零時が、終わっていない。
馬鹿な。昨日だって一昨日だって、この零時の世界には、終わりがあったはずだ。
その時を示すのが、この時計だった―――そのはずじゃないのか。
昨晩までと、今、この状況の違いを考える。……思い当たる節といえば、ひとつしかない。
そう。俺は、捕われてしまったのだ。零時の世界の中の、この異界化した学校に。
25:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 18:32:23.52 ID:gIGEqEoto

俺は、どうなるんだ?

階下から近づいてくる気配とともに、最悪の予想が浮かび上がってくる。
宿題のノートが原因で、化物に食われて、お騒がせのジ・エンド。
冗談にもならない。
しかし、悲しいことに、それが今の俺にとって、一番身近な未来だった。

 ―――我が手を取れ―――

不意に、脳裏に声がよぎる。
以前どこかで聞いたことがあるような、低い男の声だ―――まさか、早くも走馬灯か。
死の瀬戸際で思い出されるのが、男の声というのは、少しばかり情けない話だ。

 ―――アンタのことは、生かしておいてあげる―――

続いて浮かんできたのは、これまでと違い、ごくごく身近で、聴き馴染みのある声だった。
その声の持ち主を、俺は知っている。よく知っているとも。
しかし。そいつから、そんな言葉をかけられたことなど、あっただろうか。


 ―――……我が手を取れ―――


水っぽい音とともに、ついに踊り場に現れた化物は、手に持った仮面を俺に突きつけながら、何か考えるように一秒ほど制止した。
そして、次の瞬間。化物の無数の手の中に、金属製のバタフライナイフが、シャリシャリと音を立てながら現れる。
そいつで俺を膾切りにするつもりか。俺にとって、ナイフってのがどれくらいのトラウマウエポンだか、分かってやっているんだとしたら非常に腹立たしい。

気が付くと、俺の視界は、足元から吹き上がってくる、青い光によって染められていた。
26:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 18:34:11.61 ID:gIGEqEoto

「何だ、これ……」

最近の走馬灯ってのは、こんな演出もついているんだろうか。
光の壁の向こうで、化物が動く……手の中のナイフの先端が、一斉に俺に向けられる。
それを遮るように、俺の目の前に、見覚えのある、一枚のカードが現れた。
『0』と刻まれたカード。考えるよりも先に、左手が動いた。
カードに触れた指先から、奇妙な暖かさが伝わってくる。
急に、体の中に炎が灯ったように感じられた。
力が、湧いてくる。

「ペ」

唇が、勝手に紡ぎだす、その言葉。

「ル」

カードに触れた左手の人差し指で、こめかみを指す、その動作。

「ソ」

人差し指を、引く……その感覚。

「ナ」


―――耳元で、何かが弾けるような音が聞こえた。


「……『ダンテ』!」
27:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 18:36:50.32 ID:gIGEqEoto


―――我は汝、汝は我……


頭の中で、声が響く……心が落ち着く声色だ。


―――我は汝の心の海より出でし物……


それは、俺自身から沸き上がってくる声だった。


―――神曲の綴り手、ダンテなり……!


前方に向けて手を伸ばすと、俺の腕に重なるようにして、視界の中に、赤い肌の男の腕が現れた。
それを見た化物は、全身を戦慄かせながら、俺に向けて飛び掛ってきた。いつのまにか、ヘドロのような姿をしていた足部分までもが、腕の塊となり、歩行や跳躍を会得しているようだった。
迫り来る無数のナイフ。―――大丈夫だ。心中で首をもたげようとした恐怖を押し込める。
俺は……戦うのだ。生き残るために。
こちらの武器は、背中にある。その事実を、俺は既に理解していた。
ダンテの右腕が、背中に携えた柄モノ……人の背丈ほどもある、巨大な羽ペンを握り締め、振り払う。
すると、ペン先が辿った空間に光の帯が発生し、空中の化物の体を一閃、切り裂いた。
切り払われた化物は、階段を転げ落ち、踊り場の壁に、頭から(どこが頭だ?)突っ込んだ。ボトボトと音を立て、化物の持っていたバタフライナイフが地に落ち、黒い霧へと変わってゆく。
しかし、ダメージは、言わばタコの足部分にしか達していないようだ。すぐに再び、腕によって構成された体をざわつかせ、こちらに向かって這い上がってくる。

「くそ……」

再び迫り来る化物の腕を、ダンテの左足が蹴り払い、化物が再び後ずさる。……まずい、また焦り始めている。
28:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 18:39:29.88 ID:gIGEqEoto
乳酸でパンパンになった足で、化物の残骸を踏み潰しながら、俺は一歩づつ、階段を下り始めた。

「散々走らせやがって……」

恐怖するくらいなら―――怒れ。
ダンテが再び、羽ペンを振り被り、その切っ先を、化物の持つ仮面の中心に突き立てた。
仮面に亀裂が入り、未熟な果物をかち割ったような、重い手応えが、ダンテの手越しに、俺の手に伝わってくる。
そして、先端を化物に突き立てたまま、羽ペンを振り払う。階段脇のコンクリートの壁に、化物の体が、タコの魚拓のように貼り付いた。

「やっちまえ―――ダンテ!」

踊り場まで降りた俺は、壁の化物を睨みつけ、叫んだ。
ダンテが、振り抜いた羽ペンの先端を手元に引き戻し、ハスラーのような体制で、再び、化物の『脳天』へと狙いを澄ませる。
その目に映る視界が、俺の視界と重なり合う。
ひと呼吸を起き―――次の瞬間、放つ。

先程の何倍も強固な手応えとともに。
―――コンクリートの壁に、ドデカい穴が空いた。



………

先刻までの、血で血を洗うかのような、あの追いかけっこの時間が嘘のように。
俺はあろうことか、時間を持て余していた。

何しろ、俺には目的がない。
ゴールが有るのかさえ分からない迷路の中に一人連れ込まれ、その上放置されている。というのが、俺の現状だ。
あの化物を退けて以降、俺の前に、俺に危害を加えるような存在は現れていない。
……こんなふうに言うと、まるで俺が闘争を望んでいるようだから断っておく。俺にとって、争いごとは古泉とのボードゲームだけで十分だ。
29:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 18:41:55.52 ID:gIGEqEoto
そう。
そうなのだ。
俺は今まで、身の回りにやたらと多い非常識的能力を持つ者たちに巻き込まれ、何度かの争いごとに関わったことはあった。
だが、それだけだった。
俺が誰かに、明確な敵意を持ち、その敵意を、暴力的手段にて晴らそうとしたことなど……あったとしても、そう多くはなかったはずだ。

しかし、今回は何だ。
生き残るためには戦うしかない。
俺が、自ら。
これが冗談以外の何であるというのだ。

……それが冗談でも何でもないということを、俺が知らぬ間に身につけてしまっていたらしい、先刻お披露目となったばかりの、あの超常能力が示しているのだから、質が悪い。
そう。『ペルソナ』だ。

それが何であるかは、初めから理解できていた。
思えば、この点からおかしいのだ。
理解できてしまうのだから仕方がない……なんてのは、どこぞのインチキ超能力者が考え出した、ペテン文句だと考えていた。
そんな俺が、どうしてそいつに同調せねばならないのか。

ここらで紹介しておこうと思う。羽ペン使いの『ダンテ』は、俺のペルソナだ。アルカナは『愚者』。
ペルソナというのは、所謂ところの、もうひとりの自分というやつであるらしい。
何故もうひとりの自分が欧州の文豪で、ペンは剣よりも強しを貫き通す体術使いであるのかは、俺自身にもわからない。
能力の概要を理解できたとは言え、他人に語れるほど詳しい知識を得たわけではないのだ。
要するに、ペルソナとは、俺が敵と戦うための能力である。はい、説明終わり。

さて、閑話休題。
現在、懐中時計の長針は、中心からまっすぐ左に伸び、九の印と重なり合っている。
ふと思いつき、今からこの時計を、『零時計(れいじけい)』と呼ぶ事にする。俺の発案にしては、わりと気の利いたネーミングだろう。
ナイフの化物を倒したのは、この長針が零をすこし追い越した頃だったので、それから約四十五分が経過している。
四十五分間、何をしていたのかというと、現状の見つめ直しと、宛てもなく、ただ校内を歩き回ることだ。
30:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 18:43:27.82 ID:gIGEqEoto
歩いていて、気づいたことがいくつかある。
まず、俺のいるこの異界化北高は、まるで呼吸をしているかのように、常に変化し続けているということ。
具体的にどういうことかと言うと、先程まで壁に塞がれていたはずの場所が、気づいたときには新たな道になっていたりするのだ。
たった今曲がってきた曲がり角が、振り返ると壁に閉ざされていたり。さながら不思議のダンジョンである。
迷宮と化したものの、やはりこの場所は北高であるらしく、壁に不規則に並んでいる、教室へ続くらしいドアを開け、中を覗いてみると、科学の移動教室で利用する、薬品臭い棚の並ぶ準備室や、音楽室などの部屋に続いていたりした。
そんな中で、俺はとある教室を見つけ、足を止めた。

「ここ、五組じゃねえか」

ドアの上部に付けられた表札に、二の五と記されている。俺の当初の目的地だった、二年五組の教室だ。
校内はえらいことになっているが、果たしてノートは無事なのだろうか……
開けっ放しになっているドアから、室内を覗き込む……そこに、強烈に目を引くシルエットを見つけ、俺は眉をしかめた。
月光に照らされた室内には、整然と机が並んでおり、一見して奇妙な点はない。
しかし、教室後部の窓際……ちょうど俺の席のあたりに、見覚えのあるオブジェが建っている。
あの、黒い柩だった。
しかも、二つ。

「……こりゃ、どういうことだ」

近づき、観察してみると、二つの柩は、俺の席を前方と右から囲むような形で立っていた。
こめかみに指を当て、考える。
異界化した校内に、この柩がある。つまり、零時の世界が始まった時、二年五組の教室に、誰かが居た、ということか。
それも、俺の席を囲んで。
一体誰が、何のために。

「聞こえやしないよな」

柩のわき腹をコンコンと叩き、お前ら、俺みたいな体質じゃなくて良かったな。と、頭の中で呟く。
どこの誰だか知らないが、この姿になっているということは、こいつらは零時の世界を体感出来ないごく一般的な人間で、故に、この異界化北高に迷い込むことを免れた、というわけだ。
元の姿に戻れるのがいつになるかは知らないけどな。
31:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 18:45:48.53 ID:gIGEqEoto
いつになるか。
零時計はまもなく、再び零を示そうとしていた。
昨晩までの調子なら、もう数分で、こいつらは元の姿に戻れるってことになる。
本来、一時間で終わるはずだった零時の世界が、まもなく二時間も続こうとしている。
現実の世界は、今、どうなっているのだろう。何らかの形で、この零時の世界が終わるまで、現実は止まったままなのだろうか。
正直、その可能性は、あまり考えたくない。なにしろ、この世界には俺しかいない。隔離された世界の中で、誰の助けもなしに、ノーヒントの現状から、俺の力のみで、この事態を解決できるとは思えない。
では、そうでない可能性とは?

「……逆、か?」

頭の中で、思考のピースが一瞬、重なり合って音を立てた。
逆。脳裏をよぎった、その単語。
目の前の黒い柩を見つめながら、考える。こいつらは、零時の世界が発生している間の事を認識できない。
現実の時間が止まり、再び動き出すまでの一時間を、気づかないうちに通り過ぎていくのだ。
それと同じことが、先ほど、化物と対峙している途中、零時計が一時間をオーバーした瞬間、俺にも起きていたとしたら?

つまりその瞬間、零時の世界は、ちゃんと終わっていたのだ。
そして、また始まった。
『俺は零時の世界が終わった瞬間から、次の零時の世界が始まるまでの、二十四時間を認識できずに、気づかないうちに通り過ぎた』
そう考えることも出来るんじゃないだろうか。

……ダメだ、頭痛がする。
だが、もしそうだとしたら、俺はもう丸一日以上、現実の世界から姿を消していることになる。
それに、この学校はどうなるんだ。いかれたダンジョンへと変貌したこの建物が、律儀に本来の北高に戻っているというのだろうか。
なら、その内部にいる俺は、学校が本来の姿に戻っている間、どこにどう存在しているんだ?
まさか、目の前のこいつらのように、黒い柩か、それに準ずるような姿に変わっているとでも言うのか。

……わからん。
二つの柩のうち、片方に寄りかかり、頭を押さえながら溜息をつく。
こういう時に、古泉の奴がいてくれたら、俺の代わりに頭を働かせてくれて、なかなか助かるんだがな。
32:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 18:48:05.41 ID:gIGEqEoto
古泉。
そうだ、もし、俺が現実世界から姿を消しているとしたら、古泉や長門が動くはずだ。しかし、そもそも、この度の異常事態は、あいつらの手に負えるものなんだろうか。
あいつらは、これまで、ハルヒの能力が生み出した奇々怪々な事件を数々捌いてきた。しかし、今回はハルヒが原因なのかどうか、まだいまいちわからない。
土曜に顔を合わせたとき、ハルヒのやつはいつもどおりの様子で、何かやらかしそうな風は見られなかった。
ま、無意識にでも面倒事を引き起こすのが、あいつの特性でもあるんだが……
古泉の機関はまだしも、長門は万能だ。仮にこの事態が、ハルヒの力によって起こされた事態でなくとも、何らかの形で、俺にアプローチを掛けてくるはずだ。そう思いたい。

そこまで考えて、気づく。
俺の席の傍に並んだ、二つの柩。真夜中の学校を訪れていた人物。
もしかして、こいつらは―――

俺の思考を遮るように、突然、世界がひっくり返った。

「うおっ!?」

背中の支えが突如消え去り、ゴン。という鈍い音とともに、後頭部に鈍く重い痛みが走った。
何が起きた。上下左右がわからなくなり、目を白黒させていると、聞き覚えのある男の声がした。

「やあ、お久しぶりですね」

ようやく重力の向きが分かり、自分が地面に仰向けに倒れていることに気づく。
そんな俺の傍らに、見知った顔が立っていた。
ちょうど、さっきまで、柩が立っていたはずの位置だ。
俺が上体を起こすと、現れたそいつが、俺に向かって手を差し伸べてくる。

「ところで、何ですか? その体勢」

「……待ちくたびれて、寝てたんだよ」

古泉一樹が、零時の世界にやってきた瞬間だった。
33:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 18:52:06.24 ID:gIGEqEoto



………

俺が立てた仮説は、概ね正しかったようだ。
手渡した零時計を興味深そうに見つめながら、古泉は話した。

「あなたが姿を消したという夜が明けた日、僕は長門さんと共に、あなたの家を訪ね、そこで、あなたの妹さんから、姿を消す直前のあなたが、学校へ向かうと言っていた事を知りました。
 焦りましたよ、正直。長門さんの力を持ってしても、異常が観測出来ないというのは。
 学校に戻ってから、しばらく長門さんに頑張っていただきました。その結果、この校内に、非常に微弱ながら、あなたの存在していた形跡が残っている事に気が付いたんです。
 非常に希薄なもので、かなり広い範囲に散在していたので、簡単には分かりませんでしたよ」

古泉が持参した、ゼリー状の栄養食品で喉を潤しながら、俺は相槌を打つ。

「しかし、異常事態が発生していることはわかりましたが、依然として、事の詳細は分かりません。ですから、僕らはその夜、あなたが前日に行ったのと同じように、この二年五組を訪れてみたんです。
 ほとんど賭けみたいなものですよ。考えるよりも、目で見て感じろと言う様なところでしょうか。丁度あなたと同じ零時前に、長門さんと落ちあい、あなたが目指していたであろう、この教室のこの位置で。
 ……今考えれば、丁度今と同じ頃。零時を過ぎた時だったのでしょう。長門さんが仰ったんです。『たった今、時系列の異常を観測した』と。
 彼女にとっても、予想斜め上に変化球を投げられていたようなものだったのでしょう。その短い十数分間に集中して、全力で解析を行ったところ、その巨大な網の端っこに僅かに引っかかったそうです。
 そこから、彼女はその時系列の異常が、ここ数日にかけて連続して発生していることだと言う事実に行き着き、更に、あなたがその時間の中に閉じ込められているのだということにも行き当たりました」

そこまで話し終え、古泉は左手に持ったミネラルウォーターのペットボトルに口を付け、息をついた。
思ったとおり、あの柩は、古泉と長門か。話を聞く限り、二人が夜の学校にやってきたのが、ちょうど俺があの化物と戦っている最中の出来事ということらしい。

「この時間帯に適性を持っている人間は、現時点では、世界にそう多くはないそうですよ。あなたは非常に希有なケースだというわけです。僕は長門さんお得意の情報操作によって、後付け的に適正を付けていただきました。
 本当ならば、長門さんが直接出向くのが、あなたの気分の上でも良いだろうと思ったのですが、彼女が元の時系列へ帰れなくなってしまった場合、あなたを救出することは非常に難しくなってしまいますから」

だから、お前が来たと。
34:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 18:55:21.72 ID:gIGEqEoto

「そういう事です。……代役を立てて正解だったと思いますよ。あなたとこうして会えたということは、僕もまた、この学校に捕われた身となったのでしょう。
 僕は、長門さんが解決策を見つけ出すまでの間、あなたにもしもの災いが降りかからぬよう、あなたの身をお守りに参上したわけです」

できれば、もう少し早く来てくれると助かったんだがな。俺が、あんな化物と遭遇する前に。

「それは言いっこなしですよ。僕がこうしてこの世界を訪れたことで、あなたの置かれている状況を把握することができましたが、
 元の時系列からそれを探る手段は何もなかったのですから。それでも最悪の事態を想定して、可能な限り早急にことを進めたつもりですよ。
 それに、結果的に、あなたも今後、自分の身を守る方法を会得できたのだから、結果オーライじゃないですか」

零時計の蓋を閉め、古泉が俺を見る。

「晴れて超能力者の仲間入り、といったところでしょうか」

「縁起でもない事を言ってくれるな……」

「今、僕らのいるこの時間帯には、『影時間』という仮称が付けられました。影時間の中には、僕はまだ見たことがありませんが……あなたが出会ったという異形の魔物たちが存在する」

頼んでもいないのに、古泉は説明を始める。たち、っていうからには、あいつが最初で最後ってわけじゃないのか。ま、予想はしていたがね。

「それらがどのような原理で活動しているのか、詳しくは分かりませんが、おそらく、本来の時間にはなく、影時間にしか存在しない、何らかのエネルギーが在るのだと思います。
 通常、そのエネルギーが人間に影響を及ぼすことはありません。しかし、ある一定の条件が揃った時、影時間のエネルギーと人間の精神が同調することが有りうるんです。
 影時間と同調した人間は、影時間への適性を身に付け、常人が認識できない一時間を認識し、その中で活動できるようになる。それが、あなたの身に起こった事の詳細です」

「まて、この時間帯のことはいいとして、このいかれた学校についての説明はないのか?」

「憶測の域を出ませんが……影時間を発生させているエネルギーと、この学校に眠っている、また別の未知のエネルギーとが反応して発生した異界です。
 恐らく、その未知のエネルギーの発生源は……主に、SOS団の部室にあるのではないかと。あの部屋が、涼宮さんの力の影響を受けて、パワースポットと化していることは、以前話しましたよね?」

……結局、ハルヒか。
35:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 18:58:30.80 ID:gIGEqEoto

「そうなりますね。影時間を発生させているエネルギーの正体はわかりませんが、それも涼宮さんの力によって発生したものなのではないかと予想されています。
 何しろ、力学上で発見されていない新しいエネルギーが、いきなり三日前に現れて、時系列に異常を発生させているわけですから。
 以前のカマドウマではありませんが、彼女の力は時々、彼女の意思とは別のところで、とんでもない事態を引き起こすことが少なくありません」

「……やれやれだな」

ため息混じりにそうつぶやき、俺は残りのゼリーをすべて喉に流し込んだ。
糖分が、披露した肉体に染みてゆく。

「……で、『ペルソナ』についてはどうなんだ。あれにも説明が付いてるのか」

「ラテン語で、仮面を意味します」

「殴るぞ」

「失礼。影時間と人間の精神が同調した、その際に発生する、エネルギーの爆発のようなものです」

爆発。
頭の中で、ステレオタイプなキノコ雲が思い浮かぶ。

「あなたや僕のような適正者が、影時間の中にいる間、その精神と影時間は、常に重なりあった状態にあります。
 その状況下で、適正者の精神に、激昂や恐怖といった高ぶりが発生すると、影時間のエネルギーと、適正者の精神力が呼応し、融合し、ビジョンが発生する。
 そのビジョンは、適正者の意思によって動かすことができる……それが、『ペルソナ』の正体です。」

「……その、影時間のエネルギーとやらの存在が明らかになったら、えらいことになりそうだな」

「かもしれませんね。これまでに見つけることのできなかった位置に、新しい恒星を発見したようなものです。
 長門さん曰くですが、今の科学力をもってすれば、彼女が僕にしたように、人工的に影時間への適正を付加することは可能だろうということですよ。
 もちろん、今すぐにとは行きませんが。十年もあれば、決して不可能ではないそうです」
36:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 18:59:42.32 ID:gIGEqEoto
人類総ペルソナ使い化作戦ってか。
いよいよ持って、八十年ぐらい飛び越しての世紀末だな。

「すると、今のお前にも、ペルソナが使えるってのか」

「その見込みがなければ、わざわざこうして、先の見えない暗雲の中に特攻するような手段はとりませんよ。
 僕の精神もまた、影時間と同調しています。今はまだ、ペルソナを召喚する感覚を掴めていませんが、切っ掛けさえあれば可能となるでしょう。
 ……さて、これで、説明すべきことはすべてお話しました。これから、どうしましょうかね」

顎に指を当て、古泉が呟く。

「零時計は、二十分を指しています……あと四十分で、影時間は終わり、世界は元の姿に戻ります。
 しかし、僕らはその瞬間から二十四時間をジャンプし、次の影時間へとワープしてしまいます。
 その二十四時間の間に、長門さんが何らかの手を打ってくれるとは思うのですが」

「その間、俺たちはどうしていたらいい?」

「あらゆる手を尽くし、生き残ることです」

不意に、古泉の声が低くなった。
いつものにやけ顔が形を潜め、真顔となっている。
普段よりもいくらか釣り上がった目……その視線は、俺の背後。廊下側の壁に向けられていた。
振り返ると……開きっぱなしになっていたドアの向こうに、ふわふわと揺れる、黒い影が見えた。
無機物ではない。一貫性はないが、意思を持って動いているらしい。そして、俺が見る限り、羽もなく空中を浮遊している。
姿は、人の上半身ほどの大きさで、先刻戦ったあの化物と比べれば、随分とスケールが小さい。

「あれが、あなたの戦ったようなもの……ですか?」

「多分な……だいぶ小さいが」
37:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 19:26:17.04 ID:gIGEqEoto
椅子から腰を上げ、身構える。廊下の影は、俺たちを見つけたのか、不規則に浮遊するのをやめ、数秒間制止し、やがて、ゆっくりと室内に入ってきた。
腕と脚のない、テルテル坊主のような姿をしたそいつは、全身が白く、頭部らしき部分に、薄桃色の仮面が付いている。
敵は、間合いをはかっているかのような緩慢なスピードで、俺たちに接近してくる。俺は左手の人差し指をこめかみに当て、臨戦態勢を取った。
覚えのある青い光が、俺の全身から滲み出した。ナイフの化物との戦いの感覚を思い出し、自身を鼓舞する。
敵は、俺の準備が整うのを待っていたかのように、突然動きを速め、俺と古泉に向け、突進してきた。

「来い……ダンテ!」

その名を呼ぶと同時に、体の奥から力が湧き出す。直進してくる敵と、正面から衝突する形で、俺の体からダンテが飛び出した。素早く背中の柄モノに手をやり、振り抜く。
ちょうど、飛んでくる野球ボールをバットで打ち返すような手合いで、羽ペンは敵を捉えた。
弾き飛ばされた敵が、接近してきた軌道を遡るように掃除用具入れのロッカーに突っ込み、甲高い鳴き声を上げる。豪快な物音が、室内に響いた。
ひしゃげたロッカーの中から、黒い霧が吹き出す。先刻の化物同様、こいつらは倒さた端から消えていく性質らしい。
それにしても、随分弱い。

「こいつはザコだな」

「質より量、ということでしょう」

古泉が言う。その意味を一瞬理解できず、俺は首をひねった。が、次の瞬間、ドアに目を向け、納得した。
廊下に、たった今ぶっ飛ばしたのと同じ姿の化物の姿が、最低でも三体。その照準は、俺たちに向けられているようだ。

「古泉、何体かやれ」

「すみません、初日は見学ということで」

「殴るぞ」

「殴るなら僕ではなく、彼らをお願いします」

やれやれ。そう呟く間もなく、俺は再び身構えた。
38:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 19:28:11.05 ID:gIGEqEoto



………

「古泉、お前、俺を守りに来たっつったよな?」

「申し訳ありません。これでも、早く感覚を掴もうと、努力はしているんですよ」

二年五組の教室をあとにしてから、十五分ほどが経過した。人手が一人増えたとはいえ、依然として、俺たちに確固たる目的はない―――この迷宮が発生している原因を取り除く。という大雑把な目的はあるが、そのための手段が分からない。
俺たちは結局、宛てもなく、迷宮の中を彷徨っていた。
大の男がふたり揃って、長門が何らかの手を打ってくれるのを待つだけの身というのも情けないが、批難されても困る。捕らわれの俺たちに、出来る事は非常に限られているのだ。
時々遭遇するザコ敵どもの相手をするのが精一杯、それどころか、俺には古泉を護衛しなければならないというペナルティが課せられたようなものだ。なぜこいつは、なかなかペルソナに覚醒しないのか。超能力は使い慣れているだろうに。

「まだ、影時間の中で活動することに慣れていないようです。それに、あなたの戦いぶりが見事なもので、今のところ、覚醒の切っ掛けとなる出来事がないんですよ」

「よし、歯を食いしばれ。切っ掛けをくれてやる」

「それより、そろそろですよ」

凄む俺をさらりと受け流し、古泉は零時計を差し出してきた。促されるままに文字盤を見ると、長針が、零のやや左を指している。古泉と合流してから、もう一時間が経とうとしているのか。

「二十四時間後へと、僕らは時間を飛び越えます」

その間に、長門が何か有効な手段を見つけてくれることを願うばかりだ。頼むぜ、長門。そっちに帰ったら、エンドレスエイトのDVD全巻買ってやるから。
俺の手の中で、秒針が残り半周に差し掛かり……やがて、二本の針が、零の印と重なった。

「……過ぎたようですね」

ひと呼吸ほどの間を置いて、古泉が口を開く。体感上は何も分からないが、たった今、二十四時間が経過したというわけだ……改めて寒気がする。
39:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 19:31:04.22 ID:gIGEqEoto

「恐らく、長門さんがこちらにむけて、何らかのアプローチをしてくださるはずです。僕がこちらに来る前に、彼女は、影時間の中から、もとの時系列と連絡を取り合うための手段を模索すると仰っていました。
 僕がその役を担えれば一番良かったのですが、残念ながら力不足だったようです」

「そんな芸当ができる奴がいるとしたら、長門の親戚連中くらいだろうよ」

そう言った後、俺の頭の中に、あまり喜ばしくはない候補が浮かび上がった。
長門の親戚で、影時間の中と外の時間を繋ぐ架け橋としての能力を持っていそうな人物……

「時間はかかったものの、長門さんは影時間の存在を察知することができました。非常に手ごわいものの、影時間が、情報統合思念体の手に負えないものというわけではない……
 彼女に近い存在が影時間の中に居れば、双方でやりとりができる可能性はありますね」

予想の域を出ないが、現状で考えられる展開としては、それが一番妥当だ。
本当なら、長門自身が流星のごとくやってきて、この奇天烈ダンジョンが発生してる原因を見つけ、情報なんたら解除で取り除いてくれれば手っ取り早いんだが。

「つまり、どなたか、情報統合思念体の生み出した、ヒューマノイド・インターフェースの方が、この迷宮にやってきたかもしれない」

そいつと合流を試みるのが、当面の目的ってところか。
俺たちの予想が外れていたとしても、長門からのメッセージのようなものが、この迷宮のどこかに残されているかもしれない。
『かもしれない』事や『可能性はある』事だらけだが、一応、道は照らされたと思っておこう。あの長門がまる一日かけて取り組んだんだ。何の手出しもできなかった、なんてことはないだろうさ。

「で、どうする? また、適当に歩くか?」

「長門さんが、校内のどこかに、何らかのメッセージを残した可能性もあります。それらを見失わないようにしましょう」

「できるだけそうするさ。お前は、さっさとペルソナに目覚めやがれ」

「できるだけそうしますよ。このままでは、僕の面子が丸つぶれです」

そんなこんなで、俺たちは、貴重な青春の時間をすり減らしてゆくのだった。
40:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 19:33:28.98 ID:gIGEqEoto


………

時を増すごとに、迷宮は混沌の色を帯びていった。空間の変化は頻繁に起こり、ほんの数秒前に通りがかった道さえも、振り返ると全く別の構造に変わっていたりする。
俺たちは、はぐれないよう、不本意ながら可能な限り接近しあいつつ、あちらこちらに不定期に存在するドアの中に、俺たちにとって見知った場所へ続くものがないか、確認しながら、歩みを進めていった。
古泉が持参してくれた、制服の上着のおかげで、寒さは幾らかマシになった。こいつ自身も冬用の制服を身にまとっており、まるで影時間の中の様子を知っていたかのように準備がいい。
果たして、俺たちは今、地上何階にいるのだろうか。時折見つけられる窓からは、依然として、大地からは遠い景色が見渡せた。

化け物どもは、不定期に、ここまでで五、六回ほど現れた。しかし、いずれもあのナイフの化け物のような大物でなく、ダンテの羽ペンをひと振りすれば撃退できるような連中ばかりだったのが救いか。
いつ、そいつらと遭遇してもいいように、俺は常に、ペルソナを召喚できるよう、精神を研ぎ澄まし続けており。精神力がガリガリ音を立てながら摩耗されてゆくのを感じていた。そろそろSAN値を補給したい。

「このあたりは、特別教室が多いですね」

目に付いたドアを開け、室内を見回しながら、古泉が言った。促され、覗いてみると、そこは第二音楽室のようだった。たしか、一分ほど前に調べたドアは科学室へと続いていた。その前は多目的室だったか。
これまで、おそらくこの迷宮オリジナルのものなのであろう、見覚えのない部屋が多かった中、ここ数分で見つけた部屋は、いずれも俺たちに馴染みのあるものだ。

「それに、先程から、構造が変化する頻度が落ちています。このあたりの空間は、やや安定しているという事でしょうか」

第二音楽室のドアを閉めながら、古泉。

「長門に向けて、黒板にメッセージでも残してみるか? 現実に届くかもしれん」

「試してみる価値はありますが……元の時間帯に届いたとしても、校内で噂にでもなって、涼宮さんの興味を引いてしまうと厄介なことになりますね。もっとも、彼女の傍から離れている僕らの心労に繋がることはありませんが」

「ふむ」

と、短く唸った後、気づく。
そうだ。なぜこんな重大なことを忘れていたのだろう。
41:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 19:35:25.80 ID:gIGEqEoto

「なあ古泉。俺たちは現実のほうで、どういう事になってるんだ?」

俺が訊ねると、古泉は一瞬、キョトンとした表情を浮かべた後、微笑みながら、

「大丈夫です、あなたの今回の欠席は、内申書には影響しません。後日、機関の方で何とかしておきます」

「そうじゃない。いや、それも大事なんだが……周りの連中には、俺とお前が姿を消している理由を、どう説明してあるんだ?」

「あなたについては、やや季節外れですが、インフルエンザを発症し、入院したという事になっていますよ。ご家族に対しては、長門さんの情報操作を行使させてもらいました。
 僕のほうは、急遽、特進クラスの強化合宿に出かけていることになっています。いささか強引ですがね」

インフルエンザ。欠席の理由としては妥当な線か。夏休み前のこの時期に連日欠席するなど、病欠か忌引きくらいしか有り得ないだろう。面会謝絶状態なら、ハルヒのやつが見舞いを企てることもないだろうしな。

「ハルヒのやつは、それで納得してたか?」

「ええ、病床に伏しているのというのなら、仕方がないと。復帰した際には、いっそう扱き使ってやると息巻いていらっしゃいましたよ」

さっさと復帰したい気持ちが萎えるようなお言葉だな。
さて。と、くすぶっていた疑問が晴れたところで。

「んで、どうする? 生存報告だけでもしてみるか?」

「そうですね。可能なら―――」

と、古泉が人差し指を立て、言葉を紡ごうとした、その瞬間だった。
視界が、漆黒に染まった。
俺と古泉の頭上からに、黒いカーテンのような物が、シュルシュルという耳に障る音とともに、舞い降りてきたのだ。

「なっ……」
42:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 19:38:55.20 ID:gIGEqEoto
突然の事態に、声が詰まってしまう。
咄嗟に頭上を見上げようとすると、天井に向けた顔面に、黒い何かが覆いかぶさってきた―――接触した感触からするに、カーテンのように見えたそれは、どうやら細い糸の束のようだった。

「くそっ、なんだこりゃ!」

悪態をつきながら、顔面を覆う糸を振りほどこうとする。が、糸はまるで意思を持っているかのように、俺の体にまとわりつき、やがて、捕縛するように全身を締め付け始めた。
これは奇襲だ。完全に油断していた俺は、ペルソナを召喚する暇もなく、漆黒の糸に、全身を絡め取られてしまった。

「ダンテ!」

ひと呼吸、神経を研ぎ澄ませた後、ダンテを呼ぶ……しかし、体表を覆う糸が、それを押さえ込んだ。本体である俺が拘束されている以上、ダンテもまた、自由に行動することはできない。
せめて、動けなくとも行使できる、何らかの能力があればいいのだが、ダンテの能力として思い浮かぶのは、羽ペンを振るっての物理攻撃ばかりだ。突進するか、薙ぎ払うか―――

そうだ。
俺がペルソナに目覚めてから、一発目の攻撃。迫り来るナイフの化物を撃退した際。ダンテの羽ペンは、閃光を放っていたはずだ。あの一撃を放った際の感覚を思い出す。

「燃やせ、ダンテ!」

俺の言葉と同時に、ダンテの背で、羽ペンが光を放ち始める。黒い糸は、俺とダンテの体を、背中の羽ペンごと締め付けている……その、羽ペンに接触している部分が、チリチリと焼ける音を立てた。
やがて、糸の束が千切れる感覚ととも、胴体に感じていた圧迫感が消え去り、両腕が自由になった。すぐさま、右手を背中の柄モノに伸ばし、目の前の漆黒に向かって、袈裟斬りに振り下ろした。
糸の束が音を立てながら千切れ、重力に従い、バサバサと地面に垂れる。開けた視界に、俺と同様拘束された古泉の姿が見えた。
顔面の糸を振り払い、糸の束の根元……天井に近い位置に向けて、さらにもう一撃、横薙ぎに斬撃を放つ。
先程よりも重い手応えとともに、天井から垂れたほぼすべての糸が断たれ、やがて、黒い霧に変わり始めた。俺たちの体にまとわりついた糸もまた、消滅してゆく。

「古泉、大丈夫か」

「ええ、なんとか。また、借りを作ってしまいましたね」

立ち込める霧を手で振り払いながら、古泉が申し訳なさそうに、眉をハの字にした。
俺は、ダンテを召喚したまま、天井を見上げる……しかし、そこには何もない。見飽きた模様の天井と、明かりの灯っていない蛍光灯があるだけだ。
43:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 19:40:39.81 ID:gIGEqEoto

「下です!」

天井に向けていた視線を引き戻す、古泉の声。言われるがままに、足元を見ると……今度は地面から、あの黒い糸が、雑草のように生えてきていた。それらは、意思のある動きで、俺たちの足にまとわりついていた。
足元に向かって羽ペンを振るう。閃光が床を焼き、足に絡みつく糸が消滅する……しかし、次から次へとどんどん生えてくる上に、下手をすれば足を傷つけてしまうため、思い切りぶった斬ることができない。

「どこかに、本体がいるはずです」

真剣そのものといった表情で、古泉が言う。俺も同じことを考えていた。おそらく、ザコの括りには入らないであろう者が、この糸どもを操り、俺たちを攻撃しているのだ。
しかし、その本体とやらを探し出すのが、おそらく簡単なことではない。敵は、俺たちの居場所をどこかから感知していると思われる。この込み入った迷宮の中では、どこをどう曲がればどこに着くのかもわからない俺たちは、言わば箱庭の中だ。
さらに、敵はこちらの行動を阻害してくる。これほど不利な戦況もあるだろうか。

「うおっ!」

てんやわんやしている内に、いつの間にやら、俺の右足が、黒い糸によって、完全に床につなぎとめられてしまった。転倒しそうになるのを、寸でのところで耐える。このまま転倒などしようものなら、足首が折れかねない。

「くそ、古泉! お前もなんとかしろ!」

「すみません……あと少しだとは思うのですが」

「お前、マジなのか呑気なのかどっちだ!?」

これほど頼りにならない超能力者が居るだろうか。古泉は、両足を代わる代わる持ち上げ、黒い糸から逃れようとしている。俺は、右足にまとわりついた糸を、羽ペンの先端で解こうと試みる。が、束になった糸は、なかなか頑丈で、上手くいかない。
そうこうしている間に、今度は左足首が、糸に捕らえられてしまう。

「まずいですね……このままでは、なぶり殺しです」

コサックダンスのように、両足をしきりに動かしながら、古泉が言う。踊らされる、というのはまさにこういう事を言うのだろう。本格的にまずい状況になってきた。冷や汗が頬を伝い、嫌な寒気が全身をほとばしる……

そう。寒気。
44:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 19:45:33.32 ID:gIGEqEoto
ふと、自分を取り巻く空気に、普段以上の冷たさを覚え、俺は辺りを見回した。時を同じくして、古泉の動きが止まる。

「これは……」

古泉が、何かに気づいたようにそう呟く。それと同時に、古泉の顔面を、白い息がぼやけさせた。
わずかに遅れて、俺も気づく。俺たちを捕縛しようと畝っていた糸の動きが、止まっているのだ。
まるで、凍りついたかのように。
ピシッ。足元から、そんな音がして、俺は左足に視線を注ぐ……その左足を、わずかに動かそうと試みる。
すると、パキン。と、尖った音を立てながら、足首に巻きついていた糸の束が―――中程から『割れ』た。
顔を見合わせる、俺と古泉。

『突き当たりを、右に曲がって』

頭の中で、どこかで聞いたような声がする。あまり馴染み深いわけではないのに、絶対に忘れようのない、その凛とした声。
その持ち主を、俺は知っている。

『早くして、本体は視聴覚室にいるわ』

―――どうやら、俺の『あまり喜ばしくない予測』は、的中したらしい。

「……ダンテ!」

羽ペンの先端を、右足を包む、凍りついた黒い糸に突き立てると、驚く程容易に、糸の束に亀裂が入った。右足を振り上げ、まとわりつく冷たい感触を振り払う。

「急ぐぞ!」

無言で頷き、床から伸びた糸の群れを蹴り払う古泉。冷たい空気の中、進行方向を確認すると、俺たちは駆け出した。
目指すは、視聴覚室。
脳裏に響いた声に従い、丁字路を右に折れると、あたりの空気が替わった。
45:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 19:47:31.10 ID:gIGEqEoto

『進んだ先が、視聴覚室よ。妨害に気をつけて』

その言葉が舞い降りるのとほぼ同時に、辺りの壁の至るところに、黒い光の円が発生し、ひと呼吸ほどの間を置いた後、そこから糸の束が噴き出して来た。
今度は俺たちを捕縛する動きではなく、攻めの動きだ。糸は結束し、まるで特大の鞭のようにしなり、俺たちを打ちつけようと、空を切りながら迫って来る。
空中に光の帯を描きながら、ダンテが柄モノを薙ぐ。ブツリという重い音とともに、糸の束は分断され、黒い霧となり、霧散してゆく。息をつく間もなく、次の糸の束が俺たちを襲う。それを視認する度、ダンテが羽ペンを閃かせた。
やがて、俺たちの行く手に、見覚えのある片開きのドアが見えてきた……視聴覚室だ。敵の攻撃を切り抜けながら進み、突き抜ける位の勢いで、ドアを蹴り破り、室内に侵入する。

探すまでもなく、『そいつ』はいた。視聴覚室のスクリーンの前に、脚を開いた体勢で座り込んだ、壁一面ほどの体躯を持つ、女の姿をした化物だった。
仮面を被ったような頭部から、長く太い毛髪らしき糸の束が放射状に広がり、床や壁、天井に減り込んでいる。この毛髪が、辺りを伝って、俺たちを攻撃していたというわけだろうか。

「行け!」

わずかな瞬間、呼吸を整えた後、右手を女に向けて、ダンテを放つ……

放つ……はずが。

「……あれ?」

俺の体から、赤い肌の像が飛び出すことはなかった。
いつもの青い光が吹き出してくる感覚もない。

「……精神力を使いすぎた、ですかね」

斜め後ろの古泉が呟く。
精神力。そういえば、古泉からペルソナの説明を受けた際に、そんな単語を耳にしたような気もする。

あー、つまり、アレか? ザコ相手に、ペルソナを使いすぎての……MP切れ、か?。
よりにもよって、このタイミングで。
マジか。
46:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 19:50:10.55 ID:gIGEqEoto
沈黙が、数秒間、視聴覚室内を支配した。
やがて、こちらが攻撃を仕掛けられないのを察知したのか、女が、口の端を歪めながら、地に着けていた両手を持ち上げる。
これはヤバイ。ヤバイやつだ。
女の手が、俺たちに向けて差し出される……すると、あたりの空気が、一層冷たくなった。女の周辺の空間に、透明な、握りこぶしほどの物体―――察するに、氷の礫だ―――が現れる。
鋭い切っ先を持った矢のようなそれらが、一度に俺たちを指した。

「に、逃げっ……」

戦略的撤退。
しかし、決断はわずかに遅く、女の作り出した氷の矢が、俺たちに向けて放たれる―――ぐ。と、来るであろう痛みを想像し、思わず目を閉じようとした。

その、瞬間だった。

女が放った冷たい矢が、突如、空中で砕け散ったのだ。
俺は一瞬、状況を理解できず、呆然とする……が、程なくして、背後から発せられた声を聴き、何が起きたのかを察した。


「―――『ウェルギリウス』!」


叫んだのは―――古泉だ。
声と同時に、俺の背後から、女の座り込むスクリーン前に向かって、これまた、矢のような形状の、赤い光が迸った。同時に、目の前の女が、体を小さく震わせる。
俺が肩ごしに視線を向けると、古泉は―――青い光に身を包み、その傍らに、薄緑色の衣を纏い、同じく緑色の肌をした、人型のビジョンを携えていた。
目と目が合うと、古泉はわずかに微笑み、

「なんとか間に合ったようですね。これでようやく、借りを返せそうだ」

そう言って、両手を胸の前にやり、目を閉じた。
するとどうだろう。古泉の手と手の中の三十センチほどの空間に、バスケットボールほどの赤い光の珠が発生したではないか。
それを確認するように、古泉は目を開け、手の中の光を見つめると、光をまとった両手を前方へと突き出した。
47:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 19:52:25.67 ID:gIGEqEoto
光の球は、一瞬、陽炎のように揺らめいたかと思うと、次の瞬間、音を立てながら爆ぜた。
あたりの空間に飛び散った光の欠片が、無数の光の矢となって飛んでゆく。
その照準は、言うまでもなく、女に向けられていた。
赤い矢を全身に叩き込まれた女は、先ほどよりも大きく身を震わせ、悶えるように首を振った。周囲に張り巡らされた毛髪が引っ張られ、あたりの壁や床が音を立てる。
数秒悶絶した後、女はもう手段は選ばないといった風に、体を起こし、両手を俺たちに向けて、大ぶりに振るう―――しかし、その腕に、再び放たれた赤い光が着弾する。

「『法王』のアルカナに属する、主に射撃を得意とする、戦闘型のペルソナです。あなたのペルソナ、『ダンテ』とは、一種の運命共同体といった間柄ですよ」

まるでそよ風に吹かれているかのように、余裕に満ちた爽やかな笑顔で、古泉は言った。戦いのさなかに身を置いているとはとても思えない、とてもいい笑顔だった。
やれやれ。と、俺は緊張で強ばっていた全身を弛緩させ、ため息をつく。
―――俺の運命も、安くなったものだ。

「あとは任せてください」

ニヤケ面の新米ペルソナ使いは、再び、手の中に光の球を作り出すと、すぐさま矢の雨を放った。
女は全身に矢の洗礼を受け、苦痛に身を攀じる。なまじデカイばかりに、回避行動もまともに取れないようだ。狭い部屋をわざわざ選んで出てきたのが運の尽きだな。
やがて、女の体表は、黒い斑点を帯び始め、手足の先端から先に、黒い霧へと変わり始めた。まさに蜂の巣である。

「どうも、ご心配をかけました。あとは、始めに申し上げたとおり。僕があなたをお守りしますよ」

消滅してゆく女を見届け、ペルソナを解除した古泉は、数歩、俺のに歩み寄り、前髪をさらさらと靡かせながら、俺の肩にぽん、と手を置き、微笑んで見せた。

いつもニヤニヤ俺の隣に這い寄る法王、古泉一樹。
こいつへの貸付けは、早々に返されてしまった。



………
48:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 19:57:30.69 ID:gIGEqEoto

「呆れた戦いぶりね。変わってないなあ、あなた」

視聴覚室から出た俺たちを迎えたのは、辛辣な言葉と、寒々しい空気だった。
俺の致命的失態と、古泉のペルソナ覚醒ですっかり忘れていたが、あの女の化物を撃破するのに貢献してくれた人物が、もう一人いた。

「お前に助けられる日が来るとはな……」と、痛む頭を抑えながら、俺。

「僕は、お会いするのは初めてですね」と、微笑みながら、古泉。

そいつは、肩にかかった髪を手で梳かしながら、俺たちの顔を順番に見つめた後、

「私の自己紹介は必要なさそうね」

実に半年ぶりとなる、朝倉涼子との再会である。

「多分、大体のいきさつは、あなたたちが想像してる通り。涼宮ハルヒの力が産み出したエネルギーによって、この時間帯……影時間が発生した。
 さらに、そのエネルギーと、この学校に眠っていたエネルギーとが作用して、情報爆発が起きた。その結果、生じたのが、この迷宮」

古泉から聞いたシナリオと、大部分が同じだな。涼宮ハルヒの力によって。って部分が、断定系になってるのが、僅かな誤差だろうか。

「解決策は一つ。ようするに、そのエネルギーって奴をなくしちゃえばいいの。そのための術が、この迷宮の中に隠されてるはずなの。
 単純に、湧いて出てくるザコどもを根こそぎやっつけてやれば、エネルギーは小さくなって、時空に影響を及ぼすことが出来ないレベルになるかも知れないけど、そんな事やろうとしてたら、一時間を一万五千四百九十八回繰り返すハメになっちゃうでしょ?
 手っ取り早いのは……今の奴みたいに、特別大きなエネルギーを持ってる連中が、この塔の中に、ちらほらいるの。
 そいつらを潰していったら、ずっと早くこの怪奇現象から抜けることができるんじゃないかな」

朝倉は、そこまで話すと、空気を入れ替えるようにひとつため息をつき、

「私の仕事は、影時間の中の状況を目で見て、長門さんに報告すること。それと、現実の長門さんからのメッセージを、あなたたちに伝えるっていうのもあるわね。
 ついでに、あなたたちの援護まで頼まれちゃった。久しぶりに再構成されたかと思ったら、長門さんの小間使いなんて、ついてない」
49:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 19:59:05.75 ID:gIGEqEoto
なんとなく予測はしていたが、やはり、この異常事態を脱出するには、俺たちが戦わなければいけないということか。
戦わなければ生き残れない。どこの鏡の中の世界だ、全く。

「それにしても、精神力の消費も意識せずにペルソナを酷使して、挙句の果てに逃げようとするなんて、ちょっと救えないなあ」

両手のひらを肩ほどまで上げて、首を横に振る朝倉。罵られたのはともかくとして、ひとつ、先程から気になる点がある。

「お前、どうして、俺たちや、あの化物の居場所がわかったんだ? どっかから見てたのか」

「私の『ベアトリーチェ』の能力よ」

俺の質問に、朝倉は何でもないことのように答えた。と、同時に。朝倉の体が青く光り出す。もはや見慣れた、ペルソナ召喚時に発せられるオーラだ。
朝倉の体から現れたのは、白く長い毛髪を携えた、青い肌の、女性型のビジョンだった。

「あたりの構造や、シャドウの居場所を感知できるの。能力の半分を戦闘用に割り当ててるから、あんまり遠くのことは分からないけど」

さっき、あの毛束を凍らせたのもお前か。

「そう、あっちは戦闘用の能力。私に似合ってるでしょ? アルカナは『月』」

ああ、まったくもって良く似合ってるよ。お前の笑顔は絶対零度さ。

「影時間の中では、空間制御や情報操作はできないみたいだけど、シャドウを相手にするくらいなら、ペルソナの能力だけで十分よ」

そう言って、ペルソナを解除する朝倉。
ともかく、古泉のペルソナ覚醒も重なって、戦力は一気に強化された。長門とも連絡が取れる。俺の胸の内に、安心感が沸いてくる。しかし、駆けつけてくれた仲間が、よりによって古泉と朝倉というのは、なんとも複雑な気分だが。

「これで、目的も出来ました」

黙り込んでいた古泉が口を開く。
50:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 20:01:00.32 ID:gIGEqEoto

「シャドウの殲滅。シンプルで分かりやすいじゃないですか」

古泉は、どこか生き生きとしている。ペルソナに覚醒したのが、そんなに嬉しいのか。戦いたくてしょうがないって顔だ。
俺はペルソナに覚醒したとき、一抹の闘志は感じたが、高揚感なんぞは覚えなかったぞ。性格の違いか? こいつは案外好戦的な性格なのかもしれない。ボードゲーム好きだしな。

「そのシャドウってのは、どれだけ居るんだ? 俺の知る限り、デカイのは、さっきのやつと他に、もう一体だけだったが」

「詳しい数は、長門さんが、わかり次第教えてくれるそうよ。でも、少なめに見てもまだ結構居るみたいね。情報解析が進めば、大雑把にだけど、いつ、どこに現れるかも分かると思うわ」

俺たちの戦いは、まだ始まったばかりってか。
結局、これまでとやることは同じってことだ。ザコを蹴散らしながら、この混沌の迷宮をひたすらうろつく。目標は大物シャドウ。
一人彷徨っていた時よりは、話し相手がいるだけマシか。ちょうど、精神力の回復もしたいところだったし。
あ、そうだ。

「朝倉、お前」

「何?」

「武器とか持ってない?」

「持ってきたほうがよかった? あのナイフ」

「ごめん」



………
51:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 20:03:37.31 ID:gIGEqEoto
長門と連絡を取れるのは、影時間が終わり、次の影時間が始まる瞬間に限られているそうで。次の連絡を待つ間、俺たちは朝倉のナビゲーションを頼りに、終わりのない迷宮内を歩き回った。
いわゆるところのザコ敵どもは、やはり不定期に現れた。朝倉曰く、シャドウとはペルソナ同様、影時間のエネルギーが、別のエネルギーと融合し、実体化した存在であり、複数のエネルギーに満ち、飽和状態となった迷宮内のあちこちで起きる、小さな情報爆発に伴って発生するものだという。
その情報爆発が起きる間隔に法則性はなく、予測することは、たとえ長門であっても難しいらしい。
しかし、あのナイフのシャドウや、視聴覚室でのシャドウのような大物はどもは、通常のシャドウを発生させているエネルギーとは異なる、特定のエネルギーが作用することによって生まれるもので、その特定のエネルギーの流れを察知することで、発生を予測することができるとか。
もっとも、影時間の中では、情報解析能力を発揮できない朝倉には、その予測も不可能で、頼みの綱となるのは、現実の長門のみなのだが。

「ん」

ぼちぼち俺の精神力も回復してきたころ、その朝倉が、不意に声を上げた。そして、スカートのポケットから、零時計を取り出す。

「もうすぐ、時間ね。忘れるところだったわ」

「おや、僕も忘れていましたね。戦っていると、時間が過ぎるのが速いものです」

傍らに立つウェルギリウスを解除しながら、古泉が言う。その背後で、たった今、赤い矢を打ち込まれたザコシャドウが、黒い煙となって消えてゆく。

「静かにしてて」

朝倉が、ペルソナを召喚し、目を閉じた。
現れたベアトリーチェが、左手を頭上へと掲げ、天を仰ぎ、静止する。
俺たちが黙ると、零時計がコチコチ言う音のみを残し、世界は沈黙した。
やがて、朝倉が目を開ける―――その表情は、やや暗い。

「私たち、急がないとまずいかもね」

何だって?

「一般人で、影時間に適性を持つ人が現れ始めたんだって」

噂話をするような軽い語調で、朝倉はとんでもないことを告げた。
52:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 20:05:33.72 ID:gIGEqEoto

「……つまり、影時間のエネルギーが、現実世界に及ぼす影響力が、大きくなっているということでしょうか」

「そういうことね。今のところ、シャドウはこの迷宮内にしか存在しないけど、もし、そのうち、街中にも出現し始めたりしたら、被害がどれだけ出るかわからないわ」

シャドウがのさばる、影時間の街中を想像し、俺は寒気を覚える。

「そうでなくとも、あなたみたいに、この迷宮に誰かが迷い込んでしまう可能性もあるわね」

「でも、誰かが影時間に入って来ちまったとしても、こんないかれた建物に近づくか?」

「あなたのように、零時になる瞬間、学校を訪れていて、その結果、この迷宮に……というケースも考えられます」

古泉が言う。
影時間への適正を持っていて、深夜の北高に用がある……そんな稀有な奴が、果たして、俺以外に存在するのだろうか。

「……存在したみたいね」

ペルソナを召喚したままで、朝倉は眉を顰め、俺と古泉の顔を順番に見た後、

「迷宮内に、私たち以外の誰かの反応があるわ。たった今、迷い込んで来たみたい」

と、重々しく話した。
一秒ほど、黙った後、俺は古泉に視線を向ける。ちょうど、目と目が合った。無言で頷く古泉。

「場所はわかるか?」

「サーチしてみるわ。あんまり遠いと困るんだけど」

朝倉が、再び目を閉じた。それと同時に、朝倉のペルソナが、胸の前で手を合わせる。
53:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 20:06:51.25 ID:gIGEqEoto
キィン。と、甲高い音とともに、周囲を取り巻く空気が冷たくなった。こいつのペルソナは、出てくるだけで辺りの気温を下げる。わざとそうしているのか、そもそもそういう性質なのか。任意でやっているなら、戦闘時以外は控えて欲しい。

「……そう遠くはないみたい。でも、察知し慣れていない反応だから、今ひとつ―――」

と、そこまで話した後、

「―――まずいわ」

一瞬、目を見開いて、珍しく慌てた様子で、短くそう言った。何事かと目を丸くした俺に向けて、朝倉は言葉を紡ぐ。

「大型のシャドウが、出現しようとしてる。それも、新しく現れた反応の、すぐ近くに」

思わず、冷汗がにじむ。なんというタイミングの悪さだろう。隣の古泉を見ると、微笑顔を作りそこねたような真顔が、やはり焦りを帯びて、俺に向けられていた。

「察するに、絶体絶命ね……でも、今のでわかったわ。大型シャドウと、闖入者の居所は、校庭よ」

と、ペルソナを解除しながら、朝倉が言う。
マジか。校庭といったら、地上一階だ。手近な窓から見える景色から察するに、俺たちの居るフロアは、低めに見積もっても二十階以上かと思われる。果たして間に合うのか?

「ベアトリーチェを舐めないで。空間の歪みを辿っていけば、十分もかからずに着くわ」

凛とした微笑とともに、朝倉は自信満々に言い放った。オーケー、そこまで言うからには、信用していいのだろう。

「時間が惜しい、案内を頼むぜ、朝倉」

「ええ、天国の道案内だってしてあげるわ」

スカートと髪の毛を翻しながら、朝倉は駆け出す。俺と古泉は、三度顔を見合わせ、無言で頷きあった後、その背を追いかけ始めた。
つーか、ずっと気になっていたのだが、なぜ俺がダンテで、朝倉がベアトリーチェなのだ。朝倉に道案内される天国ってのは、俺にとってはシャレにならないぞ。
古泉に案内される地獄も大概だけどな。
54:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 20:07:55.36 ID:gIGEqEoto



………

それから十分弱の間、俺たちはシャドウに行く手を阻まれることもなく、姿を変える迷宮の道を駆け続けた。
どうも先程から、妙な傾向がある。シャドウに出会うことは出会うのだが、そいつらは、まるでなにか別の目的があって、俺たちに構っている暇はないとでも言うかのように、俺たちに攻撃を仕掛けてこないのだ。
ペルソナを呼ばずに済むというのは、俺たちにとってはありがたいのだが、何か引っかかる。漠然とした不安が、胸中に芽生え始めていた。
やがて、俺たちは、見覚えのある渡り廊下へと出た。校舎と体育館を繋ぐ連絡路で、ここからなら、直接校庭に出られたはずだ。

「すごいことになってるわね」

俺たちの視界が開けた頃。数歩先を駆けていた朝倉が立ち止まり、呟いた。それに倣うように立ち止まり、その視線の先を辿ってみると、朝倉の口にした言葉の意味が理解できた。

「こりゃ……朝倉、大丈夫なのか」

「反応は消えてない、この校庭のどこかで、まだ生きてるはず」

満月に照らし出された校庭。そこには、思わず息を飲むような光景が広がっていた。
見渡す限り、シャドウだらけ。
百に届くのではないかという数のシャドウの群れが、大地に這いつくばり、校庭中に犇めいているのだ
その光景を目の当たりにし、理解する―――俺たちに目もくれず、シャドウたちが向かっていた先は、この場所だったのだ。
しかし、何の目的があって? 新たな闖入者を狙っているのだろうか。それとも―――

「来るわ。『デカいやつ』が」

朝倉がそう呟くのと、ほぼ同時だった。
校庭の大地を埋め尽くすシャドウたちが、突然、何かに吸い寄せられるかのように、群れの中心に向かって集い始めたのだ。
月光の中で、無数のぼやけた輪郭が重なり合い、巨大な塊になってゆく……程なくして、校庭の中心に、巨大な二つのシルエットが完成した。
ざっくりと見た目を説明すると、丸っこいのと、うすら長いの。身にまとった装甲らしきものはぼんやりとした輝きを放っており、手足の短いその容姿は、俺の脳裏に、ブリキ製の玩具を思わせた。
55:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 20:12:25.10 ID:gIGEqEoto

「見てください」

見通しの良くなった校庭の一点。ちょうど、現れたシャドウを挟んだ向こう側を指差し、古泉が言った。指し示された先を注視すると……そこに、シャドウではないものの姿があった。
地面にしゃがみこみ、頭を抱えるその姿―――遠目に見てもわかる小柄な体躯に、俺は見覚えがある。
俺にとって、SOS団のメンバー以上に馴染みのある佇まい。


そこに居たのは、俺の、妹だった。

「あいつ……何でこんな所に!」

一瞬、混乱が脳内を支配する。
たしか、真夜中の北高に誰かがいて、そいつがこの迷宮に取り込まれてしまったという話だったよな?
その誰かが、俺の妹だと?
小学六年生の妹が、何故、深夜の北高にやってきたというのか。

「まずいよ。狙われてる」

ショート寸前の俺の思考回路を、朝倉の声が、現実に引き戻した。
何手か遅れて、視界の中のシャドウの巨体が、俺たちのいる方向でなく、妹の方に向けられている事に気づく。
今は、疑問符を浮かべている場合ではない。

「―――!」

俺が名前を呼ぶと、蹲っていた妹は、僅かに面を上げ、俺たちに視線を向けた。

「キョンくん!」

甲高い声で俺の名を呼び、直後、目の前に立ちふさがるシャドウの巨体を視認し、身をすくませる妹。
56:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 20:15:36.94 ID:gIGEqEoto

「行くぞ、古泉!」

二体のシャドウのシルエットを目指し、俺は地を蹴った。ダンテを召喚し、前方百八十度の空間を薙ぎ払いながら、柄モノを抜く。俺の精神力はフルチャージ、存分に柄モノを振るうことができそうだ。
程なくして、二体の大物が、俺の接近に気づき、重そうな体をこちらへ向けた。

「撃ちます!」

背後から、古泉の声。同時に、光の矢の雨が、俺を追い越し、シャドウたちへと降り注ぐ―――それが着弾するよりも早く、シャドウは動いた。
『うすら長いほう』が、剣を握った短い腕を、迫り来る矢の雨に向かって突き出したのだ。
直後、うっすらと青みがかった、半透明の壁のようなものが、シャドウの眼前に現れた。バチバチと弾けるような音を立てながら、古泉の矢が、壁面へと着弾し、消滅する。
シャドウは、矢の雨が止んだことを確認すると、突き出していた腕を振り上げ、剣先で天を突きながら、雄々しく吠えた。

『何か来るわ』

朝倉の声が、鼓膜でなく、脳裏に響く。それとほぼ時を同じくして、シャドウの立つ大地が揺らめき、一瞬後、俺の突進の軌道上の大地から、異物が迫り出してきた。
それは、無数の『槍』だった。ちょうど、ダンテのペンほどの大きさの、円柱形の槍が、地表を貫きながら、俺を迎え撃つかのように生えてきたのだ。

「ダンテ!」

羽ペンが空を切り、剣山のごとく発生した槍の森に向け、一撃を放つ。
ぶつかり合う、力と力。真正面から重なりあった双方の武器は、一瞬、力が拮抗し、膠着状態となったが、やがて、シャドウの放った攻撃のほうが、俺の剣撃に負け、音を立てながらへし折れ始めた。
羽ペンの先端が、槍の森を薙ぎ払い、ついに、シャドウ本体へと差し迫る―――それに反応するかのように、今度は『丸っこい方』が動いた。
玩具めいた両腕が、天に向けられるとともに、ダンテの足元が熱を発し始めた―――直後、熱は完成された『炎』となり、ペルソナごと、俺の体を焼いた。
全身を襲う熱に、俺が進撃を中止し、両足で大地に踏みとどまると、その隙を見切ったのか、再び『うすら長い方』の槍が、俺の足元の大地を貫き、迫って来た。
俺は、ダンテの柄モノを、足元に向かって振り抜き、全身に突き刺さろうとしていた切っ先を、すんでのところで払い除ける。しかし、炎のほうはどうにもならない。

「熱っつっ!」

思わず、俺はダンテを引っ込める。地表から立ち上る炎が、まるで防壁のように、二体のシャドウを覆っていた。陽炎が、シャドウの姿をぼやけさせる。
57:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 20:22:39.46 ID:gIGEqEoto

「ベアトリーチェ!」

立ち往生する俺に、朝倉の援護が届いた。背筋を襲う寒気とともに、俺の背後から、眼前の炎の壁に向かって、無数の氷の礫が放たれたのだ。
先刻戦った女の戦法を彷彿とさせる朝倉の攻撃は、燃え盛る炎に触れた瞬間、水蒸気となり、音を立てながら爆ぜた。爆風が、炎の威力を一瞬、弱めさせる。その瞬間を狙って、俺はダンテを再び放った。
熱の中を掻い潜り、ついにシャドウの目前へとたどり着く。羽ペンを唸らせ、二体のうちの一体―――うすら長い方の巨体に向かって、羽ペンの先端を叩き込む。
重く、強固な手応え。しかし、ペン先が、シャドウの体表を貫く事は無かった。再び、シャドウとダンテの間に、あの半透明の壁が現れたのだ。電流が走った様な音を立て、ダンテのペンは弾き返される。
古泉の矢を防いだ事とあわせて鑑みるに、この壁に、物理攻撃は効きそうもない―――となれば、頼みの綱は朝倉か。

「行きなさい」

いつの間にか、俺の背後まで追いついていた朝倉が、再び氷の矢を放った。絶対零度の礫が、シャドウの障壁へと注ぎ込まれる。半透明の壁面に僅かに亀裂が入った。
その直後、ガラスが割れるような音を立てながら、砕け散る障壁。そこに、朝倉の追撃が叩き込まれる。氷の矢が、二体のシャドウの体表に着弾し、その巨体が僅かに後ずさった。ダメージが入ったのだ。
朝倉は、さらに新たな氷の矢を空中に並べ、それをシャドウに向けて放った―――それを見受け、シャドウが動く。今度は、丸っこい方のシャドウが、杖を持った短い腕を振るった。
すると、現れたのは、またも半透明の障壁だ。しかし、先ほど壁が青みがかっていたのに対して、今度はほのかに赤みを帯びている。
その壁に、朝倉の放った礫が着弾する。が、先ほどのように亀裂が入ることはなく、礫はすべて弾かれ、空中で砕け散った。

「厄介ね」

それを見受け、朝倉が呟く。察するに、あの赤い障壁は、魔法攻撃を防ぐ特性があり、先の青い障壁と使い分けられているといった所か。

「なら、同時に叩き込むまでです」

後衛の古泉が、朝倉と顔を見合わせ、互いに頷きあった。そして、二人同時に、ペルソナを召喚し、シャドウに向け、攻撃を放つ。古泉のアローシャワーと、朝倉の氷の礫の、合体技だ。
しかし―――それすらも、シャドウたちにダメージを与えるには至らなかった。
古泉と朝倉の攻撃が、シャドウの体表に届こうとした、その瞬間。シャドウたちは、二体同時に、各々の武器を持つ腕を、俺たちに向けて振るった。
直後、発生したのは、やはり障壁だ。

それも、『紫色』の。
58:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 20:25:34.17 ID:gIGEqEoto

「おい、ふざけんな!」

思わず叫んださ。赤と青をあわせて紫。小学生か。ついでに、物理も無効、魔法も無効なんて発想も小学生並みだ。
しかし、事実として、その障壁は発生したわけで。古泉と朝倉の合体攻撃は、見事に阻まれた。
それだけではない。今度の障壁は、デカい。横は、校庭をど真ん中から分断するような具合に、端から端まで広がっており、縦はというと、縁が見えないほど天高く続いていた。
壁のこちらに、俺、古泉、朝倉。
そして、向こう側に、二体のシャドウと、俺の妹。
シャドウたちは、半透明の壁越しに俺たちを一瞥すると、やがて、妹の方へと向き直り、ゆっくりと歩き出した。

「あ、あ……」

迫り来る巨体を前に、妹が声を上げて怯える―――これ、洒落にならんぞ。

「くそっ、ダンテ!」

「ウェルギリウス!」

俺と古泉が、同時にペルソナを呼んだ。それぞれ、紫の障壁に向けて、羽ペンと、矢の雨を放つ。しかし、壁はビクともしない。
胸中を、焦りと怒りが埋め尽くす。
―――こんなのアリかよ。

「ちくしょうっ!」

障壁に、自らの右拳を打ち付ける。二度、三度。シャドウたちが、妹に歩み寄る。二歩、三歩。

―――よりによって、なんで、妹なんだよ。

頭が真っ白になって、何も考えられなくなる。声を出すこともできない。
俺は戦う術を持っているのに、妹一人守れないのか?
59:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 20:28:44.50 ID:gIGEqEoto


 ―――我が手を取れ


四度目に、目の前の壁に向かって、拳を振り下ろそうとした時だった。
俺の体から、放とうともしていないのに、ペルソナの光が溢れ出してきた。
同時に、体の奥から、自分の知らない何かが溢れ出してくる感覚。
感じたことのない力が、俺の右腕を包み込んでいた。

「こん……ちくしょうっ!」

力に満ちた右腕を、そのまま突き出す。
視界に映った自分の右腕に、見知らぬ誰かの右腕が重なって見えた。
肌全体が、緑がかった光を放つ、漆黒のタトゥーに包まれた右腕だった。
俺はその拳を、紫の障壁に叩きつける。

その瞬間―――校庭中に、轟音が響き渡った。
大地を切り裂いたような音を立てて、障壁が砕け散ったのだ。
いや、吹き飛んだと言ったほうが近いだろうか。まるで水族館の水槽を叩き割ったかのような衝撃音が、鼓膜を戦慄かせる。
二体のシャドウが振り返り、狼狽えたような様子を見せる……その巨体めがけて、俺は拳を突き出したまま、駆けた。

「そいつは……俺の、妹だ!」

突進する俺の前に、再び、シャドウが障壁が作り出した。青い障壁だ―――しかし、俺は立ち止まらない。握り締めた拳を、立ちはだかる壁に向けて叩き込んだ。
景気の良い音を立てながら、砕け散る障壁。
自分が一体、何をしているのか、理解が追いつかない。
しかし、一つだけ確かなのは。
今なら―――妹を守れるという事だ。
60:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 20:31:04.22 ID:gIGEqEoto
障壁を貫いた俺は、勢いを殺さないまま、手前に居た、丸っこい方のシャドウの土手っ腹に拳をぶち当てた。
見た目通り、ブリキに似た手触りの装甲が、銅鑼を鳴らしたような音ともに凹み、繋ぎ目らしき部分が歪む。
俺はそのつなぎ目に指を突っ込むと、剥がれかけた装甲を、一息に引き剥がした。その下から、動物の皮膚に似た、漆黒の体表が現れる。
その体表目掛けて、もう一度、右の拳を振るう。
肉が潰れる、生々しい感触とともに、シャドウの巨体は後方へと飛ばされ、背後に立っていたうすら長い方を巻き込んで、大地に跡を残しながら、校庭の端まで吹き飛んでいき―――やがて、黒い煙を発し始めた。


数秒、校庭に、静寂が訪れた。


「……―――はぁ」

呼吸を忘れていた気がして、ため息をつく。
は。と、我に返り、周囲を見回すと、五十メートルほど離れた位置に、古泉と朝倉が立っていた。
その表情は、呆然。

「……キョン、くん」

と、耳に届いた声を聴き、再びはっとする。
声の方向へ向き直ると、地面にしゃがみこんだままの体勢で、やはり呆然とした表情をこちらへ向けている、妹の姿があった。

「大丈夫……だったか?」

荒く息をつきながら、声をかけると、妹は無言で、首を縦に振った。
そして、直後に、その表情が歪む。

「キョンくん……キョンくぅん!!」

泣き声とともに、俺の鳩尾に、タックルをぶちかます妹。その勢いのまま、後方へと倒れそうになるのを、なんとか踏みとどまる。
腕の中で、嗚咽を上げる妹。俺は無言で、その背中を撫でてやる。怖かったのだろう、体はまだ、わずかに震えていた。
61:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 20:37:44.96 ID:gIGEqEoto

「大丈夫だ、もう……お前、どうしてここに?」

「ひっく、だって、キョンくんが、いなくなっちゃったから……」

しゃくり上げながら、妹が言葉を紡ぐ。
おかしい。確か、古泉曰く、俺はインフルエンザで入院していることになっているはずだ。家族には、長門の情報操作を行使したとも聞いている。
俺が古泉を見ると、古泉は先ほどと変わらない体勢のまま、俺の視線を受け、やがて、我に帰ったように話し始めた。

「恐らく、影時間への適正を得たことで、情報操作が解けたのではないかと思います。影時間の中では、情報統合思念体の力は、弱まってしまう傾向がありますから」

「それで、か……」

妹は、途切れ途切れ言葉を続ける。

「校庭に着いたら、いきなり学校が……」

学校。ふと、俺は背後の迷宮を振り返った。
そこに建っているのは……なんだ。間違った前衛芸術の結晶体のような、天空まで続く、混沌に満ちた『塔』だ。
俺たちは、今まで、こんな建物の中に居たのか。一体何階まで続いているのか、見当もつかなかった。

「帰ろうとしても、ヘンな壁が出してくれなくって……そしたら、オバケがいっぱい出てきて」

先ほどのシャドウのことか。俺は、奴らが突っ込んだ校庭の端に視線をやる。既に、そこに、シャドウだったものの姿はなかった。これまでの連中と同様、黒い霧となって消えていったのだろう。
と、ここで、俺は、さっきまで、自分が何をしていたか、思い出す。

「……ありゃ、何だったんだ」

先ほど、突如、俺の右腕は光って唸り、ダンテの攻撃でもビクともしなかった壁を打ち破り、さらに、ほんの十数秒かそこらの内に、あの二体のシャドウを葬り去った。
あの時見えた、もう一本の腕は、俺のペルソナの腕だったのか? しかし、間違ってもダンテの腕ではなかった。
62:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 20:42:56.48 ID:gIGEqEoto

「何だったんだって……こっちが聞きたいな」

と、今まで沈黙していた朝倉が、こちらへ近づいてきながら言う。
それにわずかに遅れて、古泉も駆け寄ってくる。ようやく、妹を含め、四人が集結した。

「僕には、まるで……あなたの中に、複数のペルソナがいるように見えましたが」

古泉が言う。
えー、確か、ペルソナとは、影時間のエネルギーが、精神力と融合し、人の精神の姿となって出現するもの……だったと記憶している。
つまり、俺の精神の形は、複数あるというのか?

「人は心に、多くの仮面をつけて生きるもの」

朝倉が呟く。

「あなたアルカナは『愚者』……愚者とは、『0』……何にも縛られない、無限の可能性を象徴する」

そこまで話すと、朝倉はじ。と俺の顔を見つめ、

「なるほど、大体わかったわ。あなたはもともと『0』だったのね」

と、一人で納得し、微笑んだ。……俺の理解が到底追いつかない世界の話をしているようだった。
0。
ふと、俺の脳裏に、数日前、影時間の中で出会った、あの謎の男のことが思い出される。あの男が、俺に投げてよこした、『0』と書かれたカード。思えば、あの0とは、朝倉の言う0のことだったんだろうか。

「0……なるほど、『ワイルドカード』という事ですか。ふふ、あなたは時々、思い出したように、僕らをびっくりさせてくれますね」

こちらも何やら納得したらしく、勝手な文句を並べながら、古泉が微笑みを取り戻していた。
……何だかよくわからんが、とにかく、俺の中には、ダンテの他に、あの腕の持ち主であるペルソナが眠っているということ……らしい。
63:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 20:49:08.01 ID:gIGEqEoto
ペルソナの事を考え出したら、急に全身を、強い脱力感が襲った。思わず膝を折り、大地にしゃがみこむ。

「キョンくん!」

「大丈夫ですか?」

妹と古泉が、俺の体を支えてくれた。どうやらまた、精神力を使いすぎたようだ。しかし、疲労感が前回の比ではない。しばらくは、ダンテの髪の毛一本、召喚できそうになかった。

「どこか、安定した空間を探そ。そこで休めば―――」

と、朝倉が言い―――俺の背後の空間を、丸く見開いた目で見つめた。
ぬお。と、俺たちに覆い被さる、巨大な影。
何事かと振り返ると、そこに―――あの、『うすら長い方』が居た。

「まだ、息が!」

いつの間に、どうやって接近してきたかはわからないが、どうやら、さっきくたばったのは丸っこい方だけだったらしい。
俺の背後に現れた、全身に見る影もないほどの傷を負った巨体は、手の中の剣を天空高く振り上げている―――そいつを、俺たちにめがけて振り下ろそうってのか。
咄嗟にペルソナを召喚しようとするが、先ほど思ったとおり、俺の精神力は底を尽きている。

「―――!」

古泉と朝倉が、何かを叫びながら、ペルソナを召喚する。しかし、二人のペルソナは、咄嗟に放てる攻撃手段を持っていない。
シャドウが、掲げた剣を振り下ろすのが、俺の目に、スローモーションで映る……まずい。今度こそ、走馬灯が見え始めた、その時。
俺でも、古泉でも、朝倉でもない声が、冷えた空気を震わせた。


「―――『ラウレッタ』!」

それは、妹の声だった。
64:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 20:56:18.95 ID:gIGEqEoto
その声が聞こえたのと同時に―――シャドウの振り下ろした剣が、俺たちの目前で、何かに阻まれるかのように停止した。

「なっ……」

一瞬、混乱が俺の胸中を見たし、短い声となって、口から零れる。
俺たちとシャドウとの間に、カーテンのような、うっすらと桃色がかった光の壁が現れ、その壁が、バチバチと音を立て、シャドウの剣を押し返そうとしているのだ。
既視感を覚えるその光景。しかし、先ほどとはベクトルが逆だ。目の前のそれは、シャドウの攻撃から、俺たちを守るための障壁。
それが誰によって作り出されたものなのか、俺が理解するまでに、そう時間はかからなかった。

「どっか……行っちゃえーっ!」

自らを生み出した主の声に呼応するかのように、障壁は一瞬、強く光を放ち、水面が揺らめくように脈動した。同時に、ギィン、と、鋭利な音を立てながら、シャドウの剣が、中程から折れ砕ける。
そして、次の瞬間―――桃色の壁面から、丁度、飛び出す絵本のような具合に、光の刃が出現し、シャドウを襲い、その巨体が、胴のあたりから、上下に分断された。

全員、呆然。

「今のは……」

一度は、余裕の微笑みを取り戻したはずだった古泉も、さすがにこの怒涛の展開には、目を丸くする他ないらしい。朝倉も同様に、ぽかんと口を半開きにし、たった今返り討ちにあったシャドウを見つめていた。
シャドウが、今度こそ、全身から黒い霧を噴き出し、影時間の冷たい空気の中に霧散していく。同時に、桃色の壁も消滅したようだ。俺はそれを見届けてから、その障壁を作り出した張本人を振り返った。
俺の妹が、両手を胸の前で握りしめながら、青白い、ペルソナの光を放っていた。
その傍らに、桃色の肌の、小柄なビジョンが立っている。

「……わたし……今、やっつけちゃった?」

まばたきの後、ぽつりと呟く妹。

……ブルータス、お前もか。
守るべき対象であったはずの妹が、貴重な戦力に変わっちまいかねない事態を前に、俺は数時間ぶりに、重い頭痛に見舞われた。
そのうち、シャミセンでもペルソナを使い出しそうだ。それこそ『ペルソニャ~』とか言ってさ。
65:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 20:58:27.76 ID:gIGEqEoto



………

さて、ここで、時間が少しばかり飛ぶ。校庭での一件から三十分ほどが経過し、零時計は五十分のあたりを示している。俺たちがいるは、再び迷宮の中。ようやっと見つけた、安定している空間とやらで、平たく言うと、体育倉庫の中である。

「有機生命体は、眠ることでエネルギーを補充するんでしょう? 時間の無駄、馬鹿馬鹿しい行為だと思うけど、残念なことに、それが一番効率が良いのよ。今の私たちには」

と、言う、朝倉教授の有機生命体を舐めきったお言葉に基づき、俺たちはこの体育倉庫を陣取り、見張りを立て、交代制で休息を取っている。
なにしろ、先の一件で俺の精神力はボロボロだし、いい加減肉体的疲労も限界に達しつつあった。特に、俺はこの迷宮に来て初っ端、三十分の持久走を強いられた身なのだ。それから何時間も、立っていられたのが奇跡的なくらいである。

「わたし、眠くないから、キョンくんは休んでていいよ?」と、頼もしい発言をしてくれた妹は、現在、跳び箱を背にして熟睡していらっしゃる。子供は寝て育つのだ。
つーか、ただいま眠っているのは、朝倉、古泉、そして我が妹。つまるところ、俺以外全員熟睡。
目安は各々一時間づつ、二時間をかけて、見張りと休憩が二人づつという話だったのが、どこがどうなって見張りが俺一人になったのか。俺自身にもよくわからないうちにそうなってしまった。俺が一番疲れている筈なのだが。
しかしまあ、古泉のやつも、慣れない影時間の中で、何だかんだ疲弊していたようだし、妹は妹だ。妹を差し置いて俺が先に休むわけにはいかないさ。朝倉は知らん。俺が気づいたときには、勝手に寝ていやがった。

と、言うような状態だったので、見張り役を担っていた俺が、いつのまにか、うつらうつらと寝息を立て始めてしまったのは、仕方のないことだとしてほしい。
夢を見る余裕すらない、深い眠りが、俺の全身を、どっぷりと包み込んでいた。睡眠最強。
とにかく、そんな感じで、俺の意識はそこで途絶えるのだ―――



………

「―――おい、おいってば」

耳に障る声とともに、身体を揺さぶられ、俺は目覚めた。
なんだ、騒がしい。
俺は今、貴重な睡眠を取っているんだ。邪魔をするやつにはペルソナを叩き込むことも吝かではないぞ。
66:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 21:00:43.96 ID:gIGEqEoto

「おい、ちょっと……どんだけ熟睡してんのよ?」

まどろみの中で溶けきった脳が、覚醒を拒む……俺を起こそうとしているのは、誰だ?
妹……ではない。あいつだったら、お得意のフライングニードロップが炸裂するはずだ。

「何だ? この時計……あーあ、よだれ垂らしちゃって、まあ。なあ、起きろって。」

朝倉……じゃないよなあ。そもそも男の声だし。もしあいつだったらどう起こしてくるだろう。
ナイフか。ナイフなのか。いや、さすがに無いと信じたい。

「え、もしかしてマジで起きないパターン? あ、もしかしてリパトラで……」

古泉……にしては起こし方がガサツだ。あいつはもっと執事みたいに起こしそうだ。
……はて、すると、誰だ? この影時間の中には、今のところ、その三人と俺以外は、誰も存在しないはずだ。
また、誰かが迷い込んできたのだろうか。だとしたら、深夜の学校はどれだけ人気スポットなんだ。
つーか、古泉の機関とやらの力で、学校への道を封鎖とか出来んのかね?
と、いつの間にか、意識がハッキリしていた。まるで、目が覚める魔法をかけられたかのようだ。

「お、効果アリ?」

聞いたことの無い声が、俺に降り注いでいる。
目を開けると、横たわる俺のそばにしゃがみこむ、見知らぬ男。
アゴヒゲと、野球帽。そして、見たことのないデザインのブレザー。

「目、覚めた?」

「……誰?」

本当に誰だか分らなかった。
67:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 21:03:42.09 ID:gIGEqEoto

「いや、びっくりしたわ。いきなり、道端で寝てるからさ」

……よし、落ち着こう。
俺はまず、上半身を起すと、周囲を見回し、そこがもはや見慣れた迷宮の中であることを確認する。
俺は、何をしていたんだっけ?そうだ、たしか休憩を取っていて……

「……何処だ、ここ?」

俺の記憶が確かなら、俺たちは体育倉庫で休憩を取っていたはずだ……しかし、見た限り、今、俺と、この見知らぬ男とが存在してるこの空間は、危険も危険、いつシャドウの攻撃を受けてもおかしくなさそうな、廊下のど真ん中だ。
その廊下のど真ん中に、なぜだか体育用のマットが敷いてあり、俺はその上に横たわっていたようだ。
頭を掻きながら、マットの上に手を着く。
ぬるり。……なんだ、この手触りは。

「あ、お前、そこ、シャドウの血ついてんぞ」

「は? うわっ、気持ち悪ぃ!」

慌てて制服の裾で手を拭う。まだ生ぬるい血だ。

「お前、結構危なかったんだぜ? 俺っちがたまたま通りすがらなかったら、シャドウのエサになってたかも」

……俺は改めて、まじまじと男の顔を見た。
五分刈りの頭に、紺色の野球帽を被り、アゴにヒゲを蓄えた男。歳は、俺と同じぐらいだろうか?
よく見ても、やはり見た事のない制服を身に纏っている……エムブレムには、『GEKKOUKAN』の文字。それが校名だろうか。ゲッコウカン。聞いたことすらなかった。

……だめだ、やっぱり状況がわからん。
つか、あいつらは? 古泉たちは何処行ったんだ?

「コイズミ? いや、俺が見つけた時には、お前はもう一人だったけど」
68:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 21:05:51.71 ID:gIGEqEoto
頬を指先で掻きながら、男はそう言った。
俺は、記憶の中で、最後に古泉たちを確認した時の様子を思い出す。
思い出す―――までも無く、脳裏に浮かんだのは、跳び箱をコの字に囲むようにして眠る、三人の図。
俺は、冷たい壁を背に、マットの上に座り込んで、入り口に注意を払っていて……あとは、覚えていない。おそらく、眠ってしまったのだろう。
その間に、あいつらが俺を置いてどこかへ行ってしまったのか? と、一瞬考えたが、可能性は低いだろう。ただでさえ、戦力は十分とはいえない状態なのに、何故分裂せねばならんのだ。

となると、眠っているうちにはぐれてしまった。というのが、妥当なところだろうか。
おそらく、朝倉が言うところの空間の歪に飲まれて、俺は用具倉庫から、この、どこだか見当も付かない廊下のど真ん中に隔離されてしまった……下に敷いていたマットごと。
朝倉が、この倉庫の周囲の空間は安定している、とか自信満々に言っていたので、それをそのまま信用した結果がこれだ。あんにゃろうめ。以後、あいつの発言力のほどを検討しなければならない。

「なあ、目が覚めたなら訊きたいことがあんだけど」

俺の思考を、見知らぬ男の声が遮る。

「お前ってぶっちゃけ、何モン? 迷いこんだ一般人なの? それとも……」

そこまで言って、男は言葉を選ぶように、空中に視線を泳がせたあと、

「……もしかしてお前、ペルソナ使えたりとか、する?」

……聞きたかった様な、聞きたくなかった様な。
この混沌空間に放り込まれてから数時間で、いい加減聞き飽きて来たその言葉。
この見知らぬヒゲ学生の口から、その単語が零れ落ちた瞬間、俺はなんとなく、事態が今以上に厄介になろうとしているのだということを感じ、心中で溜息をついた。

「……何者なんだ、アンタこそ」

「その感じだと、使えんのな……やっぱめんどくせー事になってんだな。つか、現地にペルソナ使いがいるなら、俺らが遠征する必要なかったじゃん……」

男は、独り言にしては大仰過ぎる音量でそうぼやき、額に手を当てながら天井を仰いだ。
言葉の選び方がいちいち軽薄な男だ。タイプとしては谷口に近い。
69:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 21:08:43.81 ID:gIGEqEoto

「あーっと……なんだ。まあ、俺たちさ。影時間がまた発生してるっつうんで、一体どうしたのかっつって調査してたんだけど」

『影時間』。
『ペルソナ』に続いて、男がもう一つ、俺の耳にこびりついた名称を口にした。
しかし、男は『また』発生と言った。どういう事だ、こんな奇天烈な事象が、これまでにもあったと言うのだろうか。

「まあ、そういうことになるな。今回のは二度目。でも、前にあった影時間ってのは、俺らが半年前ぐらいに頑張ってやって、ケリが着いたはずだったのよ」

男が、手をひらひらさせながら、落ち着きなく話す。俺は、若干のうっとうしさを感じながらも、黙って頭を動かし、状況の把握に努めた。

「だけど、なんかまたここ数週間ぐらい似たようなのが出来てて? しかも、発生源っぽいのが、前は俺らの街にあったのが、今度はえらい別んとこで
 俺は元から、きっとそっちはそっちで誰かが解決すんだろうから、俺らが行ってやんなくてもよくね? とか思ってたのよ。
 でもまあ、俺の仲間がさ。そういうの見過ごせない性質でさ、ま。で、はるか港区から、生徒会費使って来てやってたワケ」

その『発生源っぽいの』が、この迷宮だ、と。

「そう。前のノリで、俺らは『タルタロス』っつってるけど。でも、いざ突っ込んでみたら、俺らの知ってるタルタロスと随分具合が違ってよ。
 ここさ、ちょっと目離すと、すぐそこら辺の作りが変わっちまってるだろ? ああいうの初めてでさ。
 なんか風花……俺の仲間のナビもほとんど使えねーし、気がつきゃみんな散り散りになっちまって。
 で、どうしたもんかとぶらついてたら、お前がぶっ倒れてたわけ。シャドウに食われる五秒前って感じで」

なるほど。話が読めてきた。この男は、仲間たちとやらにはるばる駆けつけてきてくれた、俺たちの味方……と、考えて良いらしい。
だとしたら、かなり心強い。見たところ、こういった事象には慣れているようだし、俺たちよりも、ペルソナや影時間について詳しいようだ。

「あ、俺、伊織順平ってーの。歳は同じぐらいだろ。よろしくな、『キョンくん』」

ああ、よろしくな。

じゃねえよ。
70:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 21:10:36.48 ID:gIGEqEoto

「お前、どこでその名前を!?」

「いや、これさ」

と、男が見せたのは―――零時計だ。そういえば、古泉が休憩に入る前に受け取ってから、ずっと右手に持っていたんだった。こいつも、俺と一緒に、空間の歪に巻き込まれたのか。失くさなかったのが奇跡だ。

「ほら、蓋の裏に。これ、お前の名前っしょ?」

パカ。と、開いた裏に、丸文字で記された、『キョンくん』の五文字。

……妹ォ―――――――――――――ッ!

「あのバカやろう! ……げっ、油性!?」

「いやいや、持ち物に名前書くのは基本っしょ。俺もホラ、帽子にちゃんと」

「これは名前じゃねえ、あだ名だっ! 徒となる名と書いて、あだ名だ―――っ!」

爆笑する伊織順平。
なぜ俺は、謎の迷宮の深奥で、初顔合わせのペルソナ戦士と漫才を繰り広げているのか。

「ま、とにかく俺っちの活躍で、キョン君がシャドウの餌になっちゃうことが無くてよかったじゃん? ぶっちゃけ俺も心ぼそかったトコだし、どうよ? 協力しねえ?」

誘いを断る理由はない。むしろお願いしたいくらいだ。

「つか、なんかここおかしいっしょ。一時間経ってるはずなのに、影時間終わんねえのもそうだし」

なるほど、この伊織とその仲間たちもまた、このエンドレス影時間の罠にはまってしまった身というわけだ。
俺は記憶している限りで、今、俺たちの置かれている状況を、大雑把に説明した。
71:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 21:12:50.32 ID:gIGEqEoto

「……マジで? それってつまり、風花と同じ状態……え、じゃあ、もう外じゃ一日経っちゃってるってわけ?」

そういうことになるな。伊織の話を聞く限り、彼らがこの塔に乗り込んでから、時計は(伊織たちも、零時計と似たような、時間を示す道具を持っているらしい)一周と半分をしたところと言うことだ。

「うわ……やば、ちょっとクラっとした。つか、ヤバイっしょ、いくらもうすぐ夏休みっつったって……」

ああ、ヤバイさ。俺もまた、気が遠くなるのを感じながら、手の中の零時計を見る。
現在、長針は四十分を指している。あと二十分で、俺はまたも、貴重な人生のうちの一日を、たった一時間のために棒に振ることになるわけだ。なんたるでたらめな話だろうか。
そう言えば……長門はどうしたのだろうか。あれ以降、影時間の解析は進んでいないのか?
思えば、これまで、朝倉がいたからこそ、長門と連絡を取ることが出来ていたが、今の俺たちには、元の時空と連絡を取る手段が、まったくないじゃないか。

「……なるほど。その長門って奴と連絡を取るのに、お前の仲間と合流したいわけね」

伊織は、俺の端的な説明に何を思ったのか、しばらくアゴヒゲを指で弄った後

「……てか、その長門って奴、何、すごくね? っつか、何モンなの?」

「……禁則事項だ」

「えっ」

「……」

なんとなく引かれた気がする。
しかし、長門が何者かをここで説明してやるというのは、正直俺には荷が重過ぎる。どう話して良いか分からないしな。

「あー、まあ。色々そういうのが分かるペルソナなんだ」

適当に答えておく。
72:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 21:14:54.27 ID:gIGEqEoto

「マジかよ……最強じゃね? それ」

ああ、最強だよ。あいつは。間違っちゃいないだろう。長門がペルソナを使えるかどうかは知らんが、多分使えるだろうし、仮にペルソナを使えないとしても、あいつが最強であることに揺らぎは無いだろうからな。

「ま、とにかく行こうぜ。俺もいい加減連絡利くとこ見っけて、仲間にも教えてやんないと。せっかくの夏休み影時間に費やすとかちょっと無いっしょ」

しかも、時間が経ってることも知らされぬままにだとしたら、これはもう一種の災厄としか言いようがないな。
俺はこのでたらめダンジョンに迷い込んでから、日数にしてどれほどが経過したのかを考えようとして、もはや相棒と呼んでもいい、重い頭痛に見舞われた。



……

その後。宛ても無く歩くというのも心もとないものだったが、宛てをつける手立てを持たないのだから仕方ない。俺は伊織から、以前あった事件の話というのを聞きながら(俺の頭が悪いのか、伊織の説明が悪いのか、さっぱり理解できなかったが)ふらふらと塔内を歩いた。

「お、満月」

ふと、伊織が窓の外に目をやり、呟いた。
満月がどうかしたのか―――と、言った所で、自分で違和感を覚える。……満月?

「言ったっしょ、さっき。俺らの場合さ、満月のたびに、でかいシャドウが街を襲いに来るのよ。で、そいつらを倒すのが最初の目的だったわけ。ま、結局その行動は、あんま意味無かったっつか、むしろ逆効果だったんだけどさ」

と、頬を掻きながら言いよどむ。何かを隠しているような口ぶりだったが、俺は特に詮索はしなかった。

「満月のたび……」

……待てよ。でかいシャドウで、満月だって?
『でかいやつ』となら、つい最近戦ったじゃないか。
そうだ、あの時、校庭で……空には、満月が昇っていたはずだ。―――あれからどれだけ時間が経った? 詳しくは分からんが、月がもう一巡して戻ってくるほどの時間は経っていないはずだ。
73:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 21:16:22.27 ID:gIGEqEoto

「……月が動いてない」

「は?」

俺のつぶやきに、伊織が間抜けな声を返してくる。

「つい何時間か前……見たんだよ、俺は。この迷宮の校庭で、満月が昇ってたのを」

そうだ、思えば、俺が初めて影時間を訪れた日から、空には真円の月が登っていた。
あれから何日かが経過したが、月の形は一切変わっていない。

「……えーっと、つまり、どういうことよ?」

「それに、俺は今までに、何度か、お前の言うようなでかい連中と戦ってきたんだ」

「それ、どんな奴らだった?」

覚えている限りで、これまでに出会ってきたシャドウの姿を説明する。
階段で戦った、ナイフのシャドウ。視聴覚室の、女型のシャドウ。校庭で戦った、ブリキ玩具に似た二体のシャドウ。

「ナイフ、でかい女、ブリキの玩具……おいおい、マジかよそれ? 俺らが去年戦ってきたヤツらと、同じじゃねえか」

やっぱりな。なんとなく、そうなんじゃないかと思ってたさ。

「……え、でも、月がずっと満月のままってのは……えーと、どういうことになんだ? 今回は、お月さんが関係ないってこと? あ、もしかして……いつでも来るよってこと?」

不吉な伊織のセリフが、終わるか終わらないかの際を掻き消すようにして。
迷宮内を、地響きと震動が走った。
74:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 21:17:48.52 ID:gIGEqEoto

「おいおいおい、マジでか!」

世の中、どうしてか、いやな予感ほど良く当たるものだ。まるで伊織の呟きに大手をふるって返事をするかのように、そいつは現れた。

たった今まで、満月の昇った漆黒の空を見渡せたはずの窓の外に、巨大な異形の姿があった。円盤のような物体に、四肢を磔にされた、仮面を被った巨人が、上空から大地に向かって、ゆっくりと降下してきている。
まるで、罰を受けている最中の囚人のごときその姿。伊織、まさかこいつも知ってるやつなのか。

「マジかよ、色々すっ飛ばしてねえかっ!?」

伊織さん絶叫。どうやら予想通り、心当たりがあるらしい。
俺は、窓を開け、身を乗り出し、大地を見下ろした。いつの間にか、随分下層まで戻ってきていたらしい。せいぜい階にして五階というところか。
窓の下には、見慣れた、中庭の風景が広がっており、その中庭の隅に、見慣れた人物の姿があった。。

「朝倉!」

声が届いたのか、目下に佇み、徐々に降下してくる巨人を見上げていた人影が、俺のほうに視線をやる。朝倉だ、間違いない。その朝倉の傍らには、もう一人、小柄な人影がある。こちらは、俺には見覚えが無い。

「天田じゃねえか!」

一方、俺の背後から、中庭を見下ろしていた伊織は、逆にそちらの人影には見覚えがあったようだ。

「やっべぇ、俺らも行かねーと!」

と、一言。その後、伊織は数歩窓から離れ、頭に被った野球帽の後ろと前をやおら入れ替える。まさか、飛び降りる気か。マジか。と、一瞬の躊躇が俺の胸を過ぎる。しかし、確実に追いつくには、それしかあるまい。
覚悟を決めて、俺は窓枠に足をかける。風が冷たい。震えてるのは寒いからだけである。

「今行くぜ!」

斜め後ろの伊織が声を上げ、足が助走を踏む音が聞こえた。
75:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 21:19:32.96 ID:gIGEqEoto
ええい、ままよ。困った時はペルソナ様が何とかしてくれるさ。俺は、頭に貼り付いた恐怖を、無理矢理引き剥がし、何も無い空間へと、体を放り出した。
ぶわり。冷たい空気の中を、きりもみになりながら落下して行く。上空には、例の磔の巨人が、中庭に覆いかぶさるようにして、ゆっくりと降りてくるのが見える。間近で見ると怖ぇ。
そうこうしている間にも、大地は近づいてきている。さすがにこのまま叩きつけられるのは……ヤバイ。

「ダンテ!」

口内を冷やす風を吐き出すように、俺は空中で叫んだ。体を仰ぐ風の温度が、僅かに上昇した気がした。
現れたダンテが、背中の羽ペンを振り抜き、その先端を、迷宮の外壁に向けて突き刺す。鈍い手応えと共に、コンクリートの壁面に、ペン先が減り込んだ。
壁に突き立てた羽ペンの柄を、両手でしっかりと握り締め、全体重を両腕に預ける。丁度、鉄棒にぶら下がるような具合で、俺の落下は停止した。地面まで、残り数メートルといったところだった。
両手を離すと、どすん。と音を立て、俺の尻が、中庭の大地に到着した。お世辞にも格好いい着地ではないが、甚大なダメージを受けることを免れただけ由としよう。

「お前、無茶すんのな!」

ようやく、両足で大地を踏んだ俺の頭上に、伊織の声が降り注いだ。
見上げると……刃と翼の間の子のようなものを、全身に携えたペルソナに体を預け、滑り台を降りるかのように滑空する伊織の姿があった。
あれが伊織のペルソナか。つか、飛べるペルソナなんて持ってやがったのか。俺はてっきり、伊織も、無茶を承知の上で飛び降りたんだと思ったぜ。

「よかった、死んじゃってなくて」

と、朝倉が駆け寄って来た。その傍らに、朝倉と同じくらいの身長の、幼い顔つきの少年。

「順平さん、よかった、生きてたんですね」

その少年が、着陸した伊織に言葉をかける。

「おうよ。つか……この娘、誰よ?」

「朝倉さんです。この学校の生徒だそうで……細かいことは省きますけど、彼女もペルソナ使いです。そこの人の仲間なんじゃないですか?」

伊織と、天田と呼ばれた少年とが、俺を見る。
76:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 21:21:47.09 ID:gIGEqEoto

「ああ、そうだ。長門とも連絡が取れるかもしれん」

「マジ?」

「その前に、あいつよ」

朝倉が、上空を睨みつけながら言う。
その視線の先を見上げると、もはや空が見えなくなるほどまで降下してきている、磔の巨人。

「『ハングドマン』……こいつ、前と同じなら」

伊織が何かを言いかけた瞬間。磔の巨人が、身を捩りながら吼えた。すると、どうだろうか。中庭の大地の一部に、黒い渦のようなものが発生し―――渦の中から、一体の巨大な石像が現れた。
全長は三メートル程だろうか。上空の巨人のものと、同じデザインの仮面を被っている。

「やっぱ、前と同じ……え、でも、なんかデカくね?」

伊織が、目を丸くしながら呟く。
石像は……ぐるりと周囲を見回し、やがて、俺たちの姿を捉えると、緩慢な動作で、こちらへと歩いて来た。

「石像を倒してください。あいつが落ちてくるのは、その後です」

と、天田少年は、懐から、何やらオートマーチック型の拳銃を取り出し、それを自分の胸に当ててかがみこんだ。

「いきます……『カーラ・ネミ』!」

拳銃が音を立てると同時に、天田を青い光が包み込む。
天田が召喚したのは、小柄な本体と対照的に、高さが二メートルほどもあり、プラネタリウムの映写機を彷彿とさせる、ロボットのような姿のペルソナだった。
そのペルソナの外殻から、バチバチと弾けるような音が発せられ、次の瞬間、光速の電流が、影時間の大気の中を疾走した。
しかし、それを受け、石像がダメージを受けた様子はない。何しろ、石だもんな。
77:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 21:23:14.62 ID:gIGEqEoto

「やっぱりダメか……順平さん!」

「おうよっ!」

予想はしていたらしく、歯噛みする天田。それと入れ替わるように、名前を呼ばれた伊織が、天田の物と同型の拳銃を手に、前へ出た。

「行くぜ、『トリスメギストス』!」

銃口をこめかみに向け、伊織は引き金を引いた。先ほども目にしたペルソナが、伊織の体から飛び出し、石像に目掛けて疾駆する。翼のような刃が、ギラリと輝いた。
石像の目前へ到達した瞬間、伊織のペルソナは、俺の目では追えないほどの速さで、石像の周囲を飛び回った。一瞬遅れて、刃が、石像の体表に食らいつく、鋭い金属音が、大気を震わせる。
だが、やはり石像にダメージは通らない。体表には傷一つ付かず、伊織の攻撃を意にも介さぬといった具合で、こちらに向かってドスドスと進撃してくる。

「硬ってぇな」

傍らにペルソナを引き戻し、伊織が呟く―――と、俺もボーっと見ているわけにはいかない。

「ダンテ!」

剣撃も電流もダメなら、あとは、叩き壊すしかない。
コンクリの壁も貫く、ダンテの羽ペン。その照準を石像に合わせ、放つ。が、それを待っていたかのように、石像が、腕を振り上げ、平手打ちを繰り出してきた。

「ぐえっ!」

ハエ叩きに撃退された哀れな虫の如く、地面に叩きつけられるダンテ。そのダメージが、俺の全身にフィードバックする。ちくしょう、伊織の攻撃に対しては、反撃などしようとしなかったじゃねえか。

「おい、大丈夫か?」

伊織が声をかけてくれる。ああ、なんとか―――などと返答をしている暇はなかった。
いよいよ俺たちに接近してきた石像が、攻撃を仕掛けてきたのだ。
78:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 21:25:04.00 ID:gIGEqEoto

「散って!」

朝倉のよく通る声と共に、俺たちは、石像が放った前蹴りを回避すべく、四方へと分かれた。巨大な脚が、俺たちの居た空間を通過し、風を切る音がする。
振り上げた足を下ろさないまま、石像はその場で一回転し、全方位攻撃の回し蹴りを繰り出した。
寸でのところで飛びのき、それを回避した俺は、石像がこちらに背を向けた瞬間を狙って、再びダンテを放った。先程は撃退されたが、今度は背後からの奇襲だ。阻まれる事はないだろう。
と、ペン先が、石像の背中に届く寸前。ズン。と、強大な音と共に、大地が揺れ、俺は思わず転倒した。同時に、突進していたダンテも、バランスを崩す。石像が、振り上げていた足を、地に打ち付けたのだ。
衝撃波と震動、轟音が、数秒間辺りを支配する。中庭の一角に、ジャイアントステップが出来上がっていた。八つのメロディーでも集めろってのか。

「キョン!」

どこかから、伊織の声が聞こえ、慌てて起き上がると、石像の握りこぶしが、俺の頭上に差し掛かっていた。慌てて飛び退き、難を逃れる。

「この野郎っ!」

再び、伊織の声。それと同時に、無数の金属音が鼓膜に届く。音のした方向へ視線を向けると、俺の右斜め前で、伊織のペルソナが、石像の体表に、刃の嵐を浴びせていた。
ダメージはやはり、望めないようだったが、石像の意識が僅かに伊織に向いた。そのチャンスを逃すものかと、俺は三度ダンテを放つ。三度目の正直。ペン先が、石像の右肩に食らいつき、わずかに食い込んだ。

「伊織、ここだっ!」

俺が叫ぶと、伊織は直ぐ様状況を把握し、

「合点!」

と、ペルソナの刃を、俺が作り出した傷口に滑り込ませた。直後、破壊音と共に、石像の右腕が、胴体から切り離され、中庭の大地に落ちる。
石像は、そもそも痛覚を持っていないのか、なおもダメージを受けた様子は見せない。が、突如軽くなった右半身に、バランス感覚を狂わせたらしく、足を滑らせ、大地に尻餅をついた。これをチャンスと呼ばずに何と呼ぼうか。

「ダンテ!」

「トリスメギストス!」
79:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 21:27:25.41 ID:gIGEqEoto
俺と伊織、二人分の声が重なり、二体のペルソナが、同時に石像に接近する。
が、しかし、攻撃を浴びせるには至らなかった。俺たちが攻撃を仕掛けようとしたとき、石像が、最後の悪あがきとでも言わんばかりに、両手両足をバタつかせ始めたのだ。

「うおっ、危ねっ!」

素早くペルソナを戻しながら、伊織が呟く。俺も、危うく、薙ぎ払われた腕を正面から食らうところだった。
この石像、巨体の割に敏捷で、なかなか攻撃を食らわせ得る隙を見せない。せめて、何か動きを妨害できればいいのだが……

「……うん、もうオッケーかな」

と、俺の背後で、声。
振り返ると、先程から姿を見せていなかった、朝倉の姿があった。迷宮の壁に背中を預けるような体制で、こちらに向かって、右手を開き、突き出している。

「お前、なにやって」

「いい感じに冷えてきたわ」

ふぁさ。と、ロングヘアーを掻き上げる朝倉。
と、そこで気づく。辺りの空気が、冷え切っているのだ。それも、並大抵の冷え方ではない。吐く息は当然のように白く、戦いのさなかに身を置いていたというのに、指先が芯まで冷たくなっていた。

「な、何だ? いきなり、動きが鈍くなってきたぜ」

石像を見つめながら、伊織が言う。見ると、確かに、先程まで元気溌剌に動き回っていた石像が、唐突に動きを弱めている。まるで、何かしらの手段で、体を固められたかのようだ。
固めた。―――そうか、そういう事か。

「ベアトリーチェの奥の手、『絶対零度』。冷やすのに少し時間がかかるけど、一度冷えたら、そう簡単には逃れられないわよ。そして、凍りついた石は格段に脆くなる」

冷たい空気の中で、ペルソナを傍らに微笑むその姿は……俺の胸に、恐怖。そして、安心の二つを、同時に齎した。
こいつ、強え。味方に回したら、こんなに心強いものなのか、急進派ってのは。
と、震え上るのは、後にするとして。今は、石像退治である。
80:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 21:29:17.47 ID:gIGEqEoto

「改めて、行くぜ、キョン!」

「ああ!」

頷き合い、同時にペルソナを放つ俺と伊織。
仰向けの体勢で固まった石像に、ダンテのペン先を叩き込むと、驚く程容易く、胴体に大きな亀裂が入った。低温とは偉大だ。その亀裂をなぞるように、伊織のペルソナが刃を閃かせる。
石像の巨体は四つに分割され、跡を付けながら、次々と大地に落ち、黒い霧へと変わり始めた。即席の合体攻撃としては、上出来な方だろう。

「よっし、これで、後は……」

「まだ来ます」

伊織の快哉を遮ったのは、天田の声だった。その視線は、中庭の隅へと注がれている。
視線を追ってみると、そこに在ったのは……地面から、新たに姿を現す、一体目と同じ姿の、二つの巨体。
ちょっと待て、今のやつを、もう二度やれって言うのか。それも、二体同時に。一体目の時でさえ、攻撃を逆手に取られ、反撃を喰らいそうにばかりなっていた、俺が? ……それはちょっとばかり酷じゃないか?

「最初から冷やし直しね。悪いけど、少し時間を稼いでくれない?」

と、言ったのは朝倉。足止めっつったって、俺は伊織のように、素早くペルソナを操れるわけでもないんだぞ。まして、朝倉の言う冷やし直しが終わるまで、攻撃を受け続けるだけのスタミナもない。

「いや、その必要はねーよ」

目前に二体の石像を捉えながら、伊織が、俺と朝倉に駆け寄ってきた。

「こいつらの弱点、もう分かっちったから。一発で始末してやんよ」

胸を叩きながら、居丈高に言い放つ伊織。マジで言っているのか。と、俺が反応するよりも早く、野球帽の鍔に手をかけ、ペルソナを召喚する。

「久々に行くぜ……俺っちの十八番、空間殺法をしかと見とけっ!」
81:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 21:31:03.51 ID:gIGEqEoto
そう言って放たれた伊織のペルソナの動きは、俺に、なるほど、歴戦の勇士というのは偉大なのだな。と、改めて思わせた。
辛うじてしか視認することのできないスピードで、時に滑空、時に上昇しながら、二体の石像が繰り出す反撃を、確実に回避しつつ、石像の体に斬撃を叩き込んでゆく、剣舞の如き軌道。
俺が、その剣撃が、石像の関節にあたる部分に向け、集中的に放たれていることに気づいたのは、石像たちの体が、とうとう崩壊し始めた頃だった。
なるほど。いくら強固な外殻を持っていても、主に動作する部分……すなわち、繋ぎ目は弱点となる。恐らく、伊織は、先ほど、凍りついた石像の体に生じた亀裂の入り方を見て、石像の体のどこが脆いかを、瞬間的に察知したのだろう。
威力はそこそこあるとは言え、猪突猛進的な攻撃を繰り出すしか脳のない俺の思考回路とは、まるで別物だ。言わば、戦いの勘というやつか。

「へへっ、こんなもんよ」

激闘を経た後、鼻の下を擦りながら、ペルソナを解除し、俺と朝倉を振り返る伊織。
その背後では、体を部品単位に分断された石像たちが大地に横たわり、やがて、黒い霧へと変わってゆく。

「お前……すごいやつ、だったんだな」

「おうよ、今頃気づいたのか?」

いや、マジで恐れ入った。鳥肌が立った。
見た目や言動だけを見て取って、軽い野郎だと認識していた俺の脳は、一度、誰かに叩き直された方がいいのかもしれない。

「これで三体……あとは、奴が落ちてくるはずです」

と、上空を見上げる天田。……ちょっと待て、やつが『落ちてくる』?
あの、中庭全域を埋め尽くさんばかりの、巨大なシャドウが?
俺と、朝倉と、伊織の三人が、上空を見上げるのは、ほぼ同時に、だった。

「ちょ……よく見たら、前より、デカくねえ!?」

今頃気づいたのか。
そう、このペースで、磔のシャドウが落ちてくると……俺たちは、あれだ。潰される。
低温とか、歴戦の勇士とか、関係ない。プチっと音を立てて潰される。
……ようやく、俺の脳は理解した。ヤバイ、と。
82:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 21:33:03.91 ID:gIGEqEoto

「うおっ、マジで!?」

ゴオオ。と、音を立て、落下速度を速めてきたシャドウを前に、伊織が叫ぶ。
もはや自由落下の速度で、中庭の大気を震わせながら、降りてくる……落ちてくるシャドウ。たとえ韋駄天のごとく疾走したとしても、シャドウが着地するより早く、迷宮内に避難するには、時間が足りないだろう。それぐらい、シャドウの体は、地上に近い位置にあった。

「―――!」

何かを叫ぶ。逃げろ、だったか、散れ、だったかわからない。しかし、俺たちはもはや詰んでいた。将棋やチェスでいうところの詰みに嵌っていた。もし、この状況を打開する手段があるとしたら、一つだ。
目前に迫るシャドウが、俺たちの体にのしかかってくる前に、ぶっ倒し、黒い霧へと変えてしまうこと、だ―――そんなことが、果たして可能なのか?

可能なのか? じゃ、ない。
やらなきゃ死ぬんだ。
だったら、やるしかないだろうが。


 ―――我が手を取れ……


「……ペルソナァ―――!」

青白い、ペルソナの光とともに。俺の体から、何かが放たれた―――視界に写りこんでくる、人型のビジョン。
緑がかった光を放つ、黒いタトゥーに身を包んだ、その姿。


 ―――『地母の晩餐』


脳裏に、何者かの声がよぎった。
そして―――大地が、割れた。
83:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 21:34:34.26 ID:gIGEqEoto



………

あたりに響き渡った轟音に促され、窓の外へと視線を向けた古泉一樹は、焦った。
窓の下に広がるのは、中庭の光景。そこに伸し掛らんとする、上空を埋め尽くさんばかりに巨大なシャドウの姿。
中庭の大地には、人型の異形と戦う、四人のペルソナ使いが居た。その中には、古泉の仲間たちの姿もあった。仲間たちの姿を再び見ることができたのは、安堵すべきことだったが、状況はかなりシビアなように思えた。
すぐさま、加勢すべく駆けつけたかったが、何しろ、古泉に、この迷宮内の構造を知る手立てはない。闇雲に動き回ったら、余計に中庭から遠ざかってしまう可能性もある。
それでも。と、下りの階段を探して駆け出したところだった。古泉の脳内に、聞き覚えのない、女性の声が響き渡った。

『あっ、あの……順平君ですか? 天田君ですか? ゆかりちゃん?』

「は……え、あの、えっと、どうも、古泉です!」

不意をつかれた古泉は、虚空に向かって返答する。冷たい空間に、古泉の声がこだました。

『え、コイズミ……ですか? あ、あの、えっと、すみません、間違えた……のかな?』

えらいタイミングで、間違い電話が掛かってきたものだ。声の持ち主が誰かは分からないが、恐らく、朝倉のような、ナビゲーションタイプのペルソナ使いの声だろうと察せられる。
それはつまり、迷宮内に、古泉の知る、自分を含めた四人以外のペルソナ使いが居るという事だ。それも、最近目覚めたペルソナ使いという雰囲気ではない。一体、何者か?

「失礼ですが、あなたは、どなたですか? 僕は……今、中庭で戦っている方々の仲間の、ペルソナ使いです」

『え、ペルソナ使い……? あっ……私たちとは、別の?』

「分かりませんが、恐らく。あなたは今、どちらにいらっしゃるのですか? ご無事ですか?」

『えっと、わ、分かりません。迷宮内のどこか、としか……コロちゃんが守ってくれてるので、怪我とかは大丈夫です』
84:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 21:35:35.54 ID:gIGEqEoto
と、そこまで話した後、女性の声は、思い出したように、

『あっ……中庭で、戦闘が、起きているんですね? ホントだ、ペルソナ反応が四つ……そこに、順平君と天田君もいるみたい……あ、シャドウの反応もある……けっこう大きい!』

独り言のような小声が、古泉の脳に届く。

「あなたは、僕らの居場所が感知できるんですか?」

『は、はい、それが私の『ユノ』の能力ですから。でも、この迷宮はとても入り組んでて、いつもどおりの能力は発揮できないけど……』

「でしたら、僕がまっすぐ、中庭に向かうために、どう行けばいいか分かりませんか?」

『えっと……分かります、案内もできます。突き当たりを右に曲がって、階段が見えるまで走ってください。多分、今はまだ壁があるけど、もうすぐ消えるはずです』

言われた通りに、古泉は走った。小窓のある突き当たりを右に折れ、記憶にあるよりもずっと長い渡り廊下を駆ける。
行く手には、女性の声が告げたとおり、壁が立ちふさがっている……が、その壁は、古泉の目の前で、煙のように消滅した。道が開けた先に、下り階段への入口が見える。

『階段を下りて、踊り場に出たら、その先には降りずに、左の壁を抜けてください』

階段を数段飛ばしで駆け降り、踊り場の床を踏む。躊躇わず、左の壁に体を投げつけると、するり。と音を立てて、古泉の体は、別の空間へと抜けた。
たどり着いたのは、昇降口。校門とは逆方向に抜ければ、中庭に着く。

『着きました、あとは道なりに……えっ、なに、これ! 中庭に、巨大なエネルギーが!』

突然、女性の声が震え、高くなる。それと同時に、地響きがあたりの空間を震動させる。
何かが起きる予感を覚え、古泉は、重い扉を開き、中庭に出る―――古泉の目を引いたのは、二つの事象。
まず、地上すれすれと言った所まで降下してきている、巨大なシャドウの姿。
そして、もうひとつは―――中庭の大地から、間欠泉の如く立ち上る、赤みを帯びた光。
光は瞬く間に強くなり、古泉の視界を埋め尽くす。その圧倒的光量を前に、古泉は目を閉じた。
爆発音のような、巨大な風音のような、奇妙な音が、周囲の空気を震わせる。
85:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 21:36:24.33 ID:gIGEqEoto
音は、風船のように膨らみ、あたりに充満した後で、突然、ぷつりと消えてしまった。
地響きは止み、驚くほど澄んだ静寂が、世界を支配している。
ゆっくりと目を開けると、先ほど、空間満たしていた光は、何事もなかったかのように止んでしまっていた。
辺りを見回すと、先ほど、地表へ到達しようとしていたシャドウの姿はなく、四人のペルソナ使いが、上空を見上げたまま立ち尽くしている。

『……あっ、敵、やりました……反応、消滅です。えっと、今の……誰が……?』

「おっ? 風花、風花じゃねえか!」

『あっ……順平君、ですね? よかった、やっと通信できた』

「あ、僕もいます。よかった、はぐれちゃって、心配してましたよ」

脳に響く女性の声に、言葉を発したのは、制服姿の、二人の少年。彼らが、彼女の言っていた『仲間』なのだろう。
後の二人……はぐれてしまっていた、朝倉と彼の姿を探し、古泉は中庭を見回す。探すまでもなく、二人はそこにいた。朝倉は、迷宮の外壁に手を着いて、息を整えている。そして、中庭の中央で、呆然と上空を見上げているのは、彼。

「お二人共、大丈夫ですか」

「古泉君、無事だったの……私は大丈夫、負傷してないわ」

「安心しました。……あなたも、怪我はありませんか?」

声をかけると、彼は、それで始めて気づいたといわんばかりに、はっと古泉の顔を見た。

「古泉、無事だったか……俺も大丈夫だ」

と、言いながら、自分の体を見下ろし、何かを確かめるように、両手を握るなどの動作を行う彼。
古泉は、ふと、今しがたのあの光は、彼が放ったものだったのだろうか、と、考える。
ありえない話ではない。彼の中には、古泉の知らない―――恐らく、彼自身も知らないであろう、未知なるペルソナが眠っているのだから。
86:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 21:37:15.94 ID:gIGEqEoto

『あの……古泉さん、ですか?』

と、頭の中に、女性……先ほど、風花と呼ばれていた声が響いた。

「ええ、どうも。すみません、ご挨拶が遅れました。古泉一樹と申します」

『あ、えっと、私、三年の山岸風花です』

電話もなしに、お互い、見えない同士、挨拶をし合うというのも、奇妙なものだ。

「この声は……伊織、お前の仲間か?」

彼が、野球帽の少年に訊ねる。

「おう、俺たちのナビゲーターってやつよ。えーっと、そっちは、古泉っつったっけ? キョンの仲間か?」

「ああ……古泉、お前も、妹と一緒じゃなかったのか」

彼が、わずかに眉を顰めながら言う。妹のことを心配しているのだろう。
古泉は、体育用具倉庫で仮眠を取っている間に、彼ら三人とはぐれてしまった。自分一人が、空間の歪に飲み込まれてしまったのかと思っていたが、どうやら四人それぞれ、バラバラに散ってしまっていたらしい。

「すみません」

「謝ることじゃないさ……俺が居眠りしたのが悪いんだしな」

彼はこめかみを押さえながら、呟くようにそう言った。
彼の妹も、ペルソナを使えるとは言え、この迷宮の中で独りになってしまうというのは、幼い精神には辛いものがあるだろう。
先ほど、古泉を導いた、山岸風花のペルソナならば、彼の妹が迷宮内の何処にいるか、探知することができるかも知れない。
と、古泉が考えたのと同時に、鼓膜の内側で風花の声がした。
87:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 21:38:44.08 ID:gIGEqEoto

『えっと……とりあえず、皆さん。古泉さんと、その仲間のお二人と、順平君と天田君。今、私もそっちに行きます。コロちゃんも一緒です。
 今からしばらくは、その中庭は安定しているから、はぐれてしまうことはないはずです。詳しくは、落ち合えてから話しましょう』

と、残し、山岸風花の声は途切れた。言われたとおり、古泉たちは一箇所に集まり、ひとまず挨拶を交し合う。
伊織順平と、天田乾。いずれも、風花の仲間のペルソナ使いだという。

「なあ、キョン。お前、さっきのって……」

ひとしきり自己紹介が終わった後で、既に彼と面識があったらしい伊織が、彼に声をかけた。

「え? ああ。いや、さっきの……ありゃ、何だったんだ? お前らがやったんじゃないのか」

「は? いや、俺も天田も、あんな事できねえって」

「朝倉さん、でもないんですよね」

今度は天田が、やはり既に面識が会ったらしい、朝倉に向かって訊ねる。

「ええ、私でもないわ。彼の中にはね、まだ力を秘めているペルソナが、たくさん居そうなのよ」

朝倉がそう言うと、その場の全員の視線が、一斉に彼に注がれた。特に、伊織と天田は、絵に描いたような驚いた表情を浮かべている。

「……ワイルドかよ」

「……居るものなんですね」

「お前らも、それを言うのか……何なんだ、ワイルドって」

「いや……まあ、居るんだよ、俺らの仲間にも。ペルソナをとっかえひっかえしちまう、贅沢な奴がさ」
88:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 21:40:12.69 ID:gIGEqEoto
伊織の言葉を受け、彼は右手でひらひらと、空中を煽ぎ、

「俺はそんな器用な芸当はできんぞ」

「ま、始めはそんなモンだって。頑張れよ、キョン」

激励を受けた彼は、やれやれ、とでも言うように、首を横に振った。



………

さて。語り手は俺に戻る。

「すみません、時間が掛かりました」

山岸風花さんは、もともと部室棟があった辺りの壁を、すり抜けて現れた。
肩ほどまである、緑がかった黒髪の綺麗な、小柄な女性だった。その傍らには、精悍な顔立ちが印象的な、アルビノの柴犬がついている。

「よう、無事で安心したぜ。お前も、がんばったな」

「ワン!」

「あ、皆さん。彼女がさっきの声の……山岸風花さんです」

「どうも」

「初めまして、山岸です。えっと……よろしくお願いします」

天田に促され、挨拶を交わす。受け答えがいちいち丁寧な人だ。
89:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 21:40:59.18 ID:gIGEqEoto

「あの、突然なんですけど、皆さん。この空間……中庭全体は、もう安全です」

「は?」

唐突に、山岸さんは告げた。

「この場所の空間は、完全に安定しました。つまり、ここにいれば、散り散りになってしまったり、迷ってしまったりすることもありません。
 私も、ここからなら皆さんをナビできると思います。恐らく、この空間にはシャドウも寄り付かなくなるでしょう。……さっきの、すごく大きなエネルギーを浴びた、影響かと」

一同の視線が、俺を射抜く。……なんとなく居心地が悪い。どちらかというと、いい事をしたはずなのに。

「あの……よろしかったら、今回のことで、お互い分かっていることを説明しあいませんか?」

一瞬舞い降りた沈黙を、山岸さんが破る。

「ああ、それ、俺も思ってた。このタルタロスの事とか、俺ら、何も知らないしさ」

そう。伊織たちの身が、この迷宮に囚われてしまった以上、こいつらにも、わかっている限りの現状を説明せねばならない。

「私が話すわよ。それが一番早いでしょうから」

名乗り出てくれたのは、朝倉だ。ありがたい。古泉に話させると、長くなりそうだからな。
こほん。と、ひとつ咳払いをし、朝倉は、この度の事件の発生原因について。そして、終わらない影時間と、倒すべき大型のシャドウの存在について。
数分ほどの時間をかけて、要点を上手くつまみ取りながら、話し始めた。


………

数分後。伊織たちの表情は、なんというか。ハルヒの力のでたらめさを、初めて見せ付けられた時の俺のような表情に変わっていた。
90:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 21:41:47.76 ID:gIGEqEoto

「一時間につき一日……ってことは、もう僕らがここに来てから、まる二日ですか……?」

「ええ、そうよ。そして、もうすぐまる三日目が過ぎようとしてるわ」

「ええっ!?」

声を上げる一同。朝倉は、零時計の文字盤を見ながら話す。

「一分後、私たちを含めたまま、この迷宮……タルタロスだったっけ? タルタロスは一時的に力を失い、北高に戻るわ。次に再びタルタロスの姿を取り戻すのは、それから更に二十四時間後、次の影時間。……あと三十秒よ」

「そんな……あっ、あの時と同じ……」

山岸さんが、思い当たるものがあるのか、ぽつぽつと何かを呟いている。

「いい? その二四時間の間に、長門さんと言う人が、今、私たちが過ごした一時間のデータを元に、何かしらのアプローチを掛けてきてくれるはず。
 多分、あの人なら、少なくとも今の時点で、妹ちゃんや、あなたたちの残りの仲間が無事かどうかもわかるはずよ。
 そして、私たちがこの先どうすれば、この影時間を終わらせることが出来るのかもね。空間が安定したこの中庭からなら、彼女と連絡を取れるはずよ」

「そんなことが出来る、ペルソナがあんのかよ?」

「ペルソナ?」

朝倉が、何だこいつ。と言わんばかりの表情で、伊織を見る。
すまん伊織。俺が適当な説明をしたから悪いんだな。

「知らないわよ、そんなの。あの人にペルソナなんて使えるのかしら? 長門さんにもう一人の自分なんて、居そうにないけど……さ、あと、十秒よ」

朝倉のカウントダウンと共に、零時計の秒針が長針と重なり、新たな影時間が始まる。
体感的に、時間が過ぎたことが分かる要素は、何一つない。
91:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 21:42:44.86 ID:gIGEqEoto

「……え、もう終わったの? あっさりしすぎてね?」

「ええ、終わったわ。……メッセージが届いてるわよ、ほら」

そう言った朝倉の手の中に、いつの間にやら、紙切れが握られている。長門らしい、几帳面な明朝体で、内容は以下の通り。


・月光館学園の面々 → 協力せよ。
・妹、他二名    → 無事。前者は本塔中層付近、後者は部室棟側の何処か。
・シャドウ     → 以前の影時間のそれとは別。影時間のエネルギーの化身。殲滅せよ。
・中庭       → 影時間内体感時間で二百四十五年と三ヶ月後までは安全が保障されている。


「……これだけか」

「長門さんらしい、分かりやすい内容でしょ」

朝倉が笑う。まあ、いい。知りたいことは一通り書かれていたしな。

「……どうやら、我々が向かうべきエリアも、大体目星が付きましたかね。まず、全員が集結することが先決でしょう」と、古泉。

長門のメモを覗き込みながら、なにやらぶつぶつと言いあっている天田と伊織。山岸さんは、また何かを考えるように、空中に視線を泳がせている。

「この、他二名ってのは?」と、山岸さんに訊ねると、山岸さんは、はっと我に帰ったように目を見開き、

「私たちのほかに、岳羽ゆかりちゃんと、アイギスという二人の仲間がいるんです。彼女たちの場所は、まだ探知できてないんですが、このメモの通りにサーチすれば、分かるんじゃないかと思います」

と、頷きながら言った。結構な大所帯だな、月光館学園組。
その言葉を聞いて、俺はまだ、妹の身の安全を確認できていないことを思い出す。磔シャドウ戦に気を取られて、失念していた。
92:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 21:43:57.25 ID:gIGEqEoto
妹。
長門は、無事だとは言ってくれたようだが、安心することなど出来はしない。いつ、シャドウに遭遇し、精神力が尽きても、おかしくはない状態なのだ。
さっさと見つけてやらんと、俺は後々、とんでもなく後悔する羽目になっちまうかも知れない。そんなのは御免だ。

「山岸さん、すみませんが、俺は妹の方を助けに行きます」

「はい、そうしてあげてください。えっと、私が案内できるのは、同時に二チームまでですから、皆さんに三人づつに分かれてもらって、このメモにあるエリアに向かってもらいます」

「彼には本棟へ向かってもらうとして、残りのチーム分けは、どのようにしたしましょう?」と、古泉。

「ええと、順平君たちと古泉さんたちとで、レベルの差が多少ありますから……あっ、す、すいません」

「いえ、御気になさらず」

可愛いなこの人。

「では、本層へ向かってもらうのが、キョン君、天田君、朝倉さん。部室棟へ向かっていただくのが、順平君、古泉さん、コロちゃんでよろしいですか?」

断る理由もない。俺は副団長を笑顔で送り出し、天田少年を迎えた。

「改めて、よろしくお願いします、えーっと、キョンさん」

すっと、細い手が差し出される。よく出来た少年だ。うちの妹と大して年齢も変わらないであろうに、この差は一体何と言うのだろうか。似通ったところがあるとしたら、俺を本名で呼ばないことくらいだ。
簡単に握手を交わし、目の前に聳え立つ迷宮……タルタロスの塔を見上げる。
この迷宮のどこかに、妹が居る。その無事を祈りながら、俺は昇降口のガラス戸へと手をかけた。



………
93:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 21:46:36.90 ID:gIGEqEoto
さて。そんなわけで、古泉を月光館学園組へと売り渡し、天田少年を迎え入れた、我々、SOS団影時間支部は、本棟中層を目指し、新生タルタロスを駆け上り始めたわけである。

「前は、うちのリーダーの力なのか何なのか分かりませんが、ある程度進めば、そこから改めて上り始めることも出来たんですよ」

というのは、天田少年曰くであり。しかし、我々はその前リーダーほどのキャパシティは、あいにくなことに持っていないようで。
仕方なく、俺たちは、のさばる野良シャドウたちを蹴散らしながら、ひたすら見知らぬ階段を駆け上る事を余儀なく強いられた。

「あ、しばらくは雑魚ばっかりだと思うんで、順平さんたちのチームのサポートに努めていてもらって構いませんよ」

このように、ナビゲーターである、山岸さんへの気配りも忘れぬ天田は、あろうことか、たった今救出へ向かっている我が妹と、同い年だというのだ。
いつまで経っても、幼さの拭いきれない我が妹と比較して、なんと出来た子どもだろう。

「僕は、親が早いうちに死んでしまって、早いうちから、親戚の家に居候をしていますし……
 それに、僕の在籍している学年でも、子どもだなと思う子は沢山いますよ。
 妹さんでなく、僕が特異なんです。御気になさらないでください」

俺がそのような意味合いの言葉を述べれば、こうして、俺たち兄妹を計らっての言葉も述べてくれるというのだから。まったく、何と言うべきか。爪の垢を煎じて飲ませたいとは、こういうことを言うのか。
妹が、特別周囲の周囲の児童たちと比べて劣っているとは思わないが、正直、こうした上回る例を目の当たりにしちまうと、悲しくなるね。

さて、天田の話はこれくらいにしておくとして。
たびたびシャッフルされる通路を、山岸さんのナビゲーションを頼りに掻い潜りながら、混沌の固まりの如き塔を上って行く。
山岸さん曰く、現在俺たちが居るのは地上二十四階。あたりをうろつくシャドウどものレベルも上がってきているらしく、俺たちは徐々に苦戦しつつあった。

「そもそも、中層って何階あたりからなんだ」と、朝倉に訊ねると、

「さあ。中層っていうからには、全階層を三つに分けて、その真ん中あたりじゃない?」などという返答が帰ってきた。

マジか。一体この塔が何階まであるかは見当も付かないが、外観から察するに、百階くらいでは利かないだろう。つまり、俺たちがいるのはまだまだ下層ということか。また、えらく難儀なところに迷い込んじまったな、妹よ。
しかし、ここよりまだ上の階層に居るってことは、当然、徘徊するシャドウのランクも更に上なのだろう。
頼りになるのはペルソナのみ。あいつのペルソナが強いというのは分かっているが、それでもやはり心配は心配だ。
94:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 21:47:11.90 ID:gIGEqEoto

『もしかしたら、どこかに隠れているのかもしれません。下手に動かれちゃうと、また別の階層に行っちゃう可能性もあるから、一箇所にいてくれたほうが、探しやすいんですけど……
 ユノの力で、皆さんがいるフロア内にいるかどうかまでなら、探知できますから、とりあえず、しばらく進んでみてください。あ、それと……長門さんからの連絡が入った場合は、追って伝えますので』

零時計を見ると、現時刻は四十分。あと二十分で、また一日を飛び越しちまうわけだ。
長門。できれば、今度はもう少し、細かい居場所を教えてくれると嬉しいんだが。

「キョンさん、階段見つけました。進みますか?」

と、山岸さんから受け取った通信機に、分散行動を取っていた天田からメッセージが届く。
次は、二十五階か。
実は、俺が一番心配なのは、妹を見つけるまでに、俺がへばっちまわないかって事なんだよな。



………

『あ……えっと、零時です。長門さんからの、新しいメモが届きました』

しばし、戦闘に没頭していた俺たちの頭の中に、山岸さんの、囁くような声が響き渡る。

『えっと、本棟組、部室棟組、ともに連絡です。キョン君の妹さんの現在地は、本棟地上三十四階だそうです。ただ、そのあたりの空間が不安定なので、急がないとまた移動してしまうかも……』

現在、俺たちは二十九階。飛ばせばなんとか間に合いそうだな。
それと同時に、俺は、まだ妹が無事でいてくれている事に安堵する。

『それから部室棟組、現在三十五階ですが、ゆかりちゃんとアイギスは、本棟に移動しているそうです。多分、空間の歪に巻き込まれてしまったんだと思います。
 二人は本棟の地上二十三階に居ます……一箇所に留まっているみたいです。……あっ、ゆかりちゃんたちと通信出来るかもしれません。すみません、一度通信を切ります!』

それきり、山岸さんの声は、聞こえなくなった。伊織たちは、随分好調に進んでたようだな。まあ、俺たちは、もたついてたおかげで、妹のいる階層をすっ飛ばしてしまわずに済んだわけだから、結果オーライというところか。
95:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 21:48:20.11 ID:gIGEqEoto
その後、山岸さんからの連絡は特に無く、十五分ほどの時間を掛け、俺たちは三十四階へたどり着いた。階段を上り終えると同時に、山岸さんからの通信が来る。

『あっ、着きました、三十四階ですね。……探知できます、そのフロアに、妹さんがいます。ただ、通信は出来そうにないです……
 恐らく、どこか一箇所に留まっていると思います。フロア内の空間は安定していますから、今のうちに探し出してください』

存在は探知できても、居場所はわからないのか。支援系ペルソナの能力ってのは詳しく知らないが、なかなか面倒なもののようだな。

「きっとどこかに隠れてるのね。手っ取り早く、呼んで探そ。妹ちゃーん? 助けに来たわよー!」

「妹さん、どこですかー!」

二人に倣い、恐らく二人には耳に馴染みのないものであろう、妹の本名を呼んでやる。三人の声が、タルタロスの冷たい空気を震わせる。
それから一瞬間を置いて、

「キョンくーん! 涼子ちゃーん!」

と、聴き慣れた甲高い声が、いくつかの壁を隔てた先から聞こえた。

「妹ちゃん! 今行くわ、待ってて」

朝倉が返事をし、駆け出す。妹の声色からして、どうやら無事らしい。よかった。と、俺は胸を撫で下ろし、天田と共に、朝倉の後を追った。

「キョンくーんっ!」

何度目かの角を曲がった時。向かいの突き当りから、こちらへ駆けてくる妹の姿が目に入った。

「無事だったか、よかった……怪我とかしてないか?」

胸に飛び込んできた、妹の頭を撫でてやりながら、訊ねる。
てっきり、怯えてしまっているかと思ったが、とんでもない、元気いっぱいのようだ。

「うん、大丈夫だよ。ちょっと疲れちゃったけど、途中であった妖精さんが元気にしてくれたの」
96:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 21:49:24.26 ID:gIGEqEoto
妖精。これまた聴きなれない言葉が、妹の口から飛び出す。またなにやらの専門用語か。心当たりはないか、と、天田の顔を見ると、自分も知らないといった風に首を横に振った。

「死神ならうろついてましたけど、妖精なんて知らないです」

「ピンクで空飛ぶ妖精さんなんだよ。お金があれば回復してくれるって言うから、お家から持ってきたお小遣いで治してもらったの。ちょっと足りないけど、特別にって。それに、アイスもくれたんだよ」

ピンクで空を飛び、金と引き換えに回復をしてくれて、アイスを振舞う妖精さんとな。
……ダメだ、想像できん。
ま、とにかく無事でよかった。まったく、俺の妹とは思えん逞しさだな、お前は。

「そっちのお兄さんは、キョンくんのお友達?」

「はい。天田乾って言います。お兄さんの協力者、ですかね」

声に振り返ると、我が妹が天田君の顔を見上げ、小首をかしげていた。妹よ、驚け、その少年はお前と同い年だ。

『あっ、よかった、合流できたんですね?』

降り注ぐ、山岸さんの声。

「はい、無事合流できました……えーっと、俺たち、この後、どうしましょうか?」

『私のペルソナで、皆さんを中庭まで帰還させられます』

なんとハイテクな。

「一度戻るのがいいでしょうね。私たちも、いい加減疲れてきてるし」

妹の頭を撫でながら、朝倉が言う。反対する理由もないな。
97:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 21:51:13.77 ID:gIGEqEoto

「じゃあ、お願いしま―――」

『あれ、何だろう、これ。……あっ、空間が急激に歪んで……み、皆さん、そこから離れてください!』

「へっ?」

俺の言葉を遮るように、山岸さんからの声が、急かすようなものになる。
何事かと、考えた、その瞬間。

……俺の足元が、不意に崩れ落ちた。

「お兄さんっ!?」

天田が咄嗟に手を伸ばすが、わずかに遅く……
俺の体は、崩れ落ちた地面の下に広がっていた、闇の中へ落ちていった。



………

『じゅ、順平君、聞こえますか?』

救出対象である二人と、連絡を取るという通信を最後に、しばらく途絶えていた風花の声が、不意に、古泉たちの脳内に届いた。声色から察するに、ひどく慌てている様子だ。

「あ、ああ、どうした? ゆかりっち達と通信できたのかよ?」

『はい、できました。それで……ゆかりちゃん達のいる階層に、強力なシャドウが出現してます! 二人とも、それにつかまってしまったみたいで……』

「マジかよ! もしかして、満月シャドウか!?」
98:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 21:52:26.96 ID:gIGEqEoto

『はい、恐らく……エスケープロードで助けようとしたんだけど、そのシャドウの力なのか、上手くいかないの』

となると、古泉たちが駆けつけるしかない。しかし、風花の力で、中庭へ帰還した後で、本棟の二十三階を目指す……その間、持ちこたえていてくれるだろうか。
……そうだ、それなら。と、古泉は、風花に声を投げる。

「山岸さん、聞こえますか。古泉です」

『あ、はい』

「先ほど、僕を、中庭まで案内していただいたように、僕らのいる場所から、そのお二人のところへ、直接向かうことは不可能でしょうか」

『えっと、探知してみます……はい、出来ます! でも、すみません、あんまり余裕がないです、急いでください! その廊下の突き当りを右に、その後、直進してください!』

一瞬、古泉と伊織は、顔を見合わせ、風花の言葉の通りの方角へ駆け出す。コロマルもまた、状況を理解したらしく、二人のすぐ後ろについて来た。
その後、風花のナビゲートに従い、幾度かの壁抜けを繰り返すうちに、周囲の風景が僅かに変わる。

「新校舎の内装です、本棟に着いたようですね」

『はい、そこは本棟二十二階です。急いでください、ゆかりちゃんたち、何とか持ちこたえてますが、相手の相性が、最悪なんです!』

「オッケー、任せろ!」

幸いなことに、階段は目の前にあった。辺りに転がっている掃除用具を蹴飛ばしながら、古泉と伊織、コロマルは、数段飛ばしで階段を駆け上がる。

「ゆかりっち、アイちゃん、無事かっ!」

階段を上りきると、目の前に引き戸が立ちはだかっていた。それを音を立てて開け放ちながら、伊織が叫ぶ。現れた、ドアの向こう側の光景に、古泉は見覚えがあった。
立ち並ぶ机、散らかったパソコンと、その周辺機器。そこは、SOS団の部室の二つ隣の、コンピュータ研究部の部室だ。その部屋の中央に、無数のコードによって作られた台の上に結び付けられた、赤黒い肌の、人型のシャドウの姿がある。。
そして、そのシャドウと対峙しているのは……白い衣装に身を包んだ、金髪の女性の姿。
99:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 21:53:17.32 ID:gIGEqEoto

「アイギス!」

その名前を、伊織が叫ぶ。すると、金髪の女性……アイギスがこちらを振り返り、緊迫した表情を僅かに緩めた。

「すみません、順平さん」

「ゆかりっちはどしたっ?」

「こっちよ……」

弱弱しい声に振り返ると、壁に背中を預け、辛そうに体を折る、桃色のカーディガンを羽織った、女性の姿があった

「コロマル、ゆかりっちに、メディカルパウダー!」

「ワン!」

疾風の如く素早い動作で、コロマルがゆかりに駆け寄り、体に括りつけられた荷物の中から、器用に薬品の缶を取り出した。

「ごめん、ありがとう」

体を起こしたゆかりが、コロマルの頭をひと撫でし、立ち上がり、シャドウの方へ体を向ける。

「何だこいつ、見たことねえな」

「アンタが、サボってた時のやつよ……最悪よ、こいつ、電撃の攻撃しかしてこない」

「うわ、そりゃゆかりっちにはキツイわな……しゃーねえ、やんぞ、コロマル、古泉!」

ワン。と、伊織の声に応えるように、コロマルが一つ吠えた。
100:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 21:54:53.91 ID:gIGEqEoto

「アイちゃん、ゆかりっちと休んでな、俺らが引き受ける!」

「いえ、私も戦います。チューインソウルを頂けますか?」

「オッケー、ほらよっ」

伊織が、ポケットから取り出した、ガムのような形状の薬を、アイギスに投げ渡す。
その直後、シャドウが体を震わせ、吼えた。体に巻きついた無数のコードが、電流によって唸り、シャドウの体が戦慄く。

「うおっ、来んぞ!」

「ワオーン!」

攻撃の気配を感じた古泉たちが、身を竦ませると同時に、コロマルがさんが声を上げた。そして、口にくわえた、小さな手鏡のようなものを、空中へと放り投げる。次の瞬間、手鏡は光を発して、シャドウと古泉たちの間に、障壁を作り出した。
間を置かずして、シャドウが吼え、その全身から、電流が迸る。

「うおっ、スゲエなおい!」

伊織が声を上げる。電流は、障壁によって遮られたため、古泉たちににダメージはない。が、障壁に弾き返された電流が、室内を飛び交い、あたりを破壊する様から、その威力が強大であることが分かる。

「行け、ウェルギリウス!」

ひとしきり電流を発した後、シャドウは、体をぐったりとさせ、再び、周囲のコードを介し、電力を貯め始める。その体表に向けて、古泉は矢の雨を放った。矢が音を立てながら着弾すると同時に、シャドウはわずかに身を震わせた。

「トリスメギストス!」

「ワオーン!!」

続けて、伊織が召喚器で頭を打ち抜き、コロマルが吼える。二人の体から、それぞれのペルソナが放たれ、シャドウの体に、集中攻撃を仕掛けた。
101:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 21:56:05.23 ID:gIGEqEoto
伊織のペルソナの刃が、シャドウのむき出しの体表に食らいつき、同時に、巨大な火柱が、シャドウの体を包み込むように立ち上った。しかし、いずれも致命傷には至らないようだ。

「決め手に欠けんな」

伊織が舌を鳴らす。その内にも、シャドウは再び電力を集め始めている。

「させるか……これでどうだっ!」

伊織のペルソナが、再び空中を滑空し、刃を閃かせる。その照準は、シャドウの足元の、コードの束に定められていた。ブチブチと音を立てながら、シャドウに電力を供給していた生命線が寸断されてゆく。
視認できる限り、すべてのコードが断たれ、シャドウの体に流れ込んでいた電力が途切れた。二度、三度、シャドウが体を震わせる。

「よっし、これでじっくり……」

順平が、改めて、ペルソナを構えようとした瞬間。シャドウが、項垂れていた頭部を、ぐわ。と持ち上げた。

「なっ……」

すると、シャドウの頭皮にあたる部分から、新たなコードの束が放たれ、それらの先端が、辺りの電子機器へと食らいついたではないか。
張り巡らされた新たな電力補給経路は、生物の血管がそうするように脈動しながら、シャドウの体に、エネルギーを流し込んでゆく。
そして直後、再び、シャドウの体から電流が放たれ、室内を駆け巡った。

「うぐっ!」

「きゃあっ!」

電流の弾ける音の中を、うめき声が飛び交う。全身を鞭で打たれたような衝撃を受け、古泉はその場に蹲った。

「やりやがったな、ちくしょうっ……」

伊織がペルソナを構える。が、電流のダメージが残存した体では、すぐに攻撃を放つことはできないようだ。
102:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 21:58:50.63 ID:gIGEqEoto

「召喚シークエンス、『オルフェウス』!」

シャドウの攻撃が止んだ直後、声を放ったのは、アイギスだった。その体から、青い光と共に、竪琴を携えた、男性型のペルソナが現れる。
ペルソナが、竪琴の弦に手を当てた瞬間、わずかに青みがかった光が、古泉たちの体を包み込んだ。

「大丈夫でありますか、皆さん」

緊張感に欠ける、ゆっくりとした動作で、アイギスが古泉たちを見回す。
青い光が消え去ると、古泉の体に刻み込まれていた宿命的な痛みは、すっかり消え去っていた。

「サンキュー、アイギス……行くぜ、もう一発!」

と、礼の言葉をながら、伊織が起き上がる。そして、再び、シャドウに向け、ペルソナを放った。
風を切る音を立てながら、三度、刃がシャドウを襲う―――が、しかし。
刃が迫った瞬間、シャドウは再び、頭を揺さぶり、頭皮からコードの束を繰り出し、迫り来る伊織のペルソナに向け、鞭のように放った。
剣閃は、コードの束に阻まれ、シャドウの体表へは届かない。

「くそ、しつけーなっ!」

帽子の鍔を指で直しながら、伊織が苛立ちの言葉を発する。
と、その時。

「……めんどくせーであります」

アイギスが、小声でそう呟いたのを、古泉は聞き逃さなかった。
一瞬、視線を向けると、アイギスは、どこから取り出したのか、青く輝く、一枚のカードを手に持っていた。
そのカードが、空中へ放たれる。
キィン。と言うような、甲高い音が聞こえ、直後、アイギスの全身から、ペルソナの光が噴き出し始める。
103:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 22:00:10.41 ID:gIGEqEoto

「アイちゃん? うわ、ちょ、それは」

「ペルソナチェンジ完了……『メタトロン』!」

アイギスの声に呼応し、その体から、先ほどのペルソナとは違う……背に翼を携えた、天使のような姿の、巨大なペルソナが現れた。ペルソナが両腕を持ち上げると、充電中のシャドウの眼前の空間に、光の球体が発生する。

「伏せろ古泉!」

と、伊織の声がした直後。


「メギドラオンであります」


大音量の爆音と共に、閃光と、体が吹き飛ばされてしまいそうになるほどの衝撃波が、古泉を、真正面から襲った。

「いてててっ!」

閃光の向こうで、伊織の声がする。その直後、古泉ののアゴを何かが蹴り上げた。
痛い。恐らく、そこらに転がっていたパソコンの部品か何かが、飛んできたのだろう。
光の中で、わずかに目を開けると、グオオオオ。と、地響きのような声を上げながら、シャドウの体が散り散りになってゆく姿が見えた。

爆発は、時間にして、ほんの五秒間ほどの出来事だった、にも関わらず、古泉は、とてつもなく長い時間が過ぎたように感じた。
やがて、爆風は収まり、後には、シャドウの電撃と、今の爆発とで、もはや原型を止めぬ程に散らかりつくした風景のみが残った。

「……アイギス、あんたね」

壁際で身を屈めていた岳羽ゆかりが、何かしらがぶつかったのだろう、右腕をさすりながら、部屋の中央に立つアイギスに声を向ける。
キュルル。と、音を立てながら首を回し、辺りの風景と、古泉たちの姿を見回すアイギス。
104:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 22:01:25.45 ID:gIGEqEoto

「あ、アイちゃんさ。メギドラオンは、一言言ってからって、約束したよな、前」

「すみません、つい」

そう言って、無表情のまま、自分の頭をコツリと叩くアイギス。
……個性的なキャラというのは、どこにでも居るもののようだ。
やれやれ。古泉は心中でそう呟き、頭を横に振る。

「つかアイちゃんさ、俺らが来なくても、余裕だったんじゃね?」

「SP切れでありましたので」

「……アイギス、なんか若干昔に戻ってない? 性格とか……」

と、勝利の後の語らいを始める、月光館組。
そこに、風花の声が降り注いできた。

『あっ、繋がりました! えっと……敵は、完全に沈黙ですね。すみません、こっちの電波が悪くって』

風花の通信手段とは、電波だったのか。

「ええ、なんとかなりました。お二人とも合流できましたよ」

古泉が返答すると、風花の声は、すこし安心したようだった。
と、そこで気がつき、古泉は、

「申し遅れました、古泉一樹と申します」

と、この度、晴れて合流を果たした、二人へと微笑みかけた。
105:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 22:03:41.86 ID:gIGEqEoto

「これはこれは。私は、アイギスと申します」

「へ? あ、どうも、岳羽ゆかりです……えっと、何、どういう展開になってんの?」

古泉の自己紹介に、アイギスはマイペースに、ゆかりは及び腰に、それぞれ応えを返して来た。

『あ、そうか、二人は知らないんだよね』

と、風花はすこし、考えるように間を置いた後、

『とりあえず、皆さんを中庭に帰還させますので……詳しい話は、そこでします。一箇所に集まってください』

風花の言うとおり、古泉たちが一箇所に集まると、やがて、頭上に光の輪のような物が現れた。
それが回転し、徐々に大きくなりながら、四人と一匹の体を包み込む。一瞬の浮遊感の後、目を開けると、古泉たちはもう、中庭の中央に立っていた。

「お帰りなさい。よかった、無事だったんだね、二人とも」

「風花さん、ご心配をかけました」

駆け寄ってきた風花と、アイギスが言葉を交わす。中庭には、古泉らの他に、朝倉に天田、そして彼の妹の姿があった。―――彼自身は、まだタルタロスの中なのだろうか。

「あ、そうだ……いきなりなんですけど、キョン君たちのほうが、またよくないことになってて」

と、古泉の胸中を見透かしたように、風花が口を開いた。



………
106:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 22:04:54.26 ID:gIGEqEoto

―――床が、冷たい。

体温の低下によって、俺の意識は、眠りの底から、現実へと引き戻された。
えーっと……俺は、今、どういう状況に置かれているんだっけ? 一瞬、考えがまとまらず、混乱するが、程なくして、俺は自分が、突然現れた落とし穴に飲み込まれたのだということを思い出した。
俺が寝そべっていたのは、赤色の壁に四方を囲まれた、通路の真ん中だった。
恐らくタルタロスの内部なのだろう。しかし、今までのフロアと違い、内装に、北高を髣髴とさせるような点が見当たらないのが気になった。
一体俺はどこまで落ちてきてしまったのだろうか。
体を起こし、辺りを見回すと、少し離れた場所に、零時計が転がっていた。とりあえず、紛失物はないようだ。不幸中の幸いと言うべきだろうか。

「……山岸さーん?」

だめもとで、虚空に向かって、かわいらしいナビゲーターの名前を呼んでみる。しかし、当然返答はない。―――なんとなく、この見るからに特殊な空間は、そういったものが通用しないんだろうなとは思っていたさ。

立ち上がった俺は、ぼーっとしている気にもならず、シャドウの気配に注意しながら、通路を進む事にした。これまでのフロア以上に冷たい空気が、保温性の低いブレザー越しに、肌を甚振る。
まったく、妹が見つかったと思ったら、今度は俺が行方不明か。つくづく、安心することを許されない血筋なのか、俺たちは。

とにかく、この不可解なエリアを抜け出し、なんとかして、山岸さんと連絡の取れる区域を目指さなければ。
と、丁字路に差し掛かり、俺がどちらへ進んだものかと、首をひねった時だった。

しゅるしゅる。

……あまり耳に覚えのない、だというのに、何故か不吉な印象を齎す音が、俺の背後から聞こえた。
嫌な予感がする。振り返ってはいけない気がする。
―――このまままっすぐ走って逃げようか。いや、追いつかれてしまうのがオチか。

時間が経つのがやけにゆっくりに感じる。恐る恐る、俺は背後を振り返った。

そこにいたのは―――蛇だった。
二体の巨大な白い蛇が、空中でおどろおどろしく絡み合い、俺の背後の空間を、浮遊していたのだ。
107:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 22:07:07.36 ID:gIGEqEoto

「くそっ、やっぱりか!」

これまでに見たことのないフォルムのシャドウだ。しかも、ここが一体、階層で言えばどのあたりなのか分からない、つまり、敵の強さは未知である。
だが、この距離で顔をつき合わせて、先制攻撃をしないわけにはいくまい。俺はダンテを繰り出し、閃光を帯びた羽ペンの先で、蛇の浮遊している空間を薙ぎ払った。
が。……これはどういう事だろうか。
ダンテの放った剣閃は、蛇にダメージを与えることなく、まるでその体に吸い込まれるかのように吸収されてしまったではないか。

「マジかよ」

キシャアアア。などという声を上げそうな勢いで、蛇が体をのた打たせ、吼える。……とっさに、俺がその場から飛び退いたのは、ファインプレーと言っても良いだろう。
次の瞬間、さきほどまで俺の立っていた床を焦がしながら、巨大な炎の塔が噴出してきたのだ。
―――マジかよ。心中で、先ほど口走った言葉を復唱する。
炎の向こうで、蛇がまた新たに攻撃を繰り出そうと、体を震わせている。
付きあいきれるか。俺は、見なかったことにする。とでもばかりに、蛇に背を向け、そのまま一目散に走り出した。しかし、俺が逃げ出したことに気づいた白い蛇は、空中を泳ぐようにして、俺を追いかけてくる。しかも、速い。
追いつかれる。と、背筋に寒い物を感じた瞬間―――俺は、何かにぶつかり、後方へと弾き飛ばされ、尻餅をついてしまった。

「痛って……!?」

壁にぶつかった感じとは違う。一体何ごとかと視界を凝らした俺は、一瞬、目の前の光景が信じられず、我が目を疑った。

女の子である。
西洋の血が流れているのか、白い肌と、短いプラチナブロンドを持ち、青いドレスに身を包み、分厚い本を小脇に抱えた、下手すれば俺よりも年下に見える少女が立っていたのだ。

「あぶなっ」

何故、こんなところに女の子がいるのか。兎にも角にも、俺は目の前の少女に向かって、早く逃げろと叫ぼうとした。が、舌が上手く回らない。
少女は、そんな俺の気が急くのをなだめるかのように、俺を見下ろし、一瞬、ニコリと、極上の微笑みを作った。そして、視線を俺の後方……せまり来る蛇へと移し、左手に持った、分厚い本を開き、そこからカードらしき紙切れを一枚取り出した。

「ドロー、ペルソナカード」
108:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 22:09:03.94 ID:gIGEqEoto

凛とした声。
ペルソナ。―――ああ、またこの単語だ。


「メギドラオンでございます」


……一瞬の出来事だった。
耳が壊れんばかりの爆音と、体が吹き飛ばされそうなほどの爆風が、俺を追い越すように、赤い空間を走り抜けて行く。
次に振り返った時、そこに、白い蛇の姿は無かった。跡形すらも残されてはいない。

「お迎えに上がりました」

呆然と虚空を見つめる俺に、再び、少女の透き通った声が掛かる。
向き直ると、少女は先ほどと同じ、天使になりかけたような微笑とともに、いまだ尻餅をついた体制の俺に、手袋に包まれた手を差し出していた。
思わず、一目惚れを引き起こしそうなシチュエーションだ。

何がなにやら分からぬままに、その手に触れる。
暖かい。


「我が主人が、あなたを呼んでいらっしゃいます。あなたを、ベルベットルームへお連れいたします」





………
109:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 22:11:01.16 ID:gIGEqEoto

「どうぞ、こちらへ」

少女は、カードを納めた書物を閉じると、天使のような笑顔を崩さぬまま、俺の手を引いて歩き始めた。成すがまま。とでも言わんばかりに、俺は無言で、その幼い背中を見失わぬよう、歩みを進める。
迷路のように入り組んだ赤い回廊を、少女は迷わずに進んで行き、途中で、いくつかの下り階段を降りた。

「あの、ここは」

「タルタロスの地下、深層『モナド』と呼ばれるエリアでございます」

滑り気を帯びた階段を降りながら、少女は、俺を振り返らずに言う。
何と言うことだ。俺は三十四階から、一気に地下まで落ちてきちまったってのか。

「ご無礼をお許しください。あなたをこちらへと導いたのは、私の意志でございます。本来ならば、私のほうから伺うべきででしたが、なにぶん、地上は空間が不安定ですので」

そういえば、先ほどからしばらくここにいるが、どこぞの道の作りが突如変化したり、壁が出現していたりといった、超常現象を目の当たりにした覚えがない。地上のタルタロスと違い、地下は空間とやらが安定しているのか。

「到着いたしました」

ふと、少女の歩みが止まる。見ると、突き当たりの壁に、これまでに見たものとは風体の異なる、青い片開きのドアが立っていた。

「ようこそ、ベルベットルームへ」

少女が俺を振り返り、変わらぬ笑顔を浮かべながら、青いドアのノブをつかむ。ガチャリ。と、乾いた音と共に、ドアが開かれる。
その瞬間、ドアの向こうから光があふれ出し、俺は思わず目を閉じた。



………
110:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 22:12:05.39 ID:gIGEqEoto

「ようこそ、ベルベットルームへ」

今しがた、少女の口から発せられたのと同じ言葉が、俺の耳に届く。
彼女の声とは違う。皺がれた、老人のような声だ。
早鐘を打つ心臓に抗うようにして、ゆっくりと瞼を開く。

先ほどまでの真紅の光景と相反するかのような、あらゆる面を濃い青色で染められた部屋だった。規則的に並べられた窓。壁の本棚。なにやら、食器類のおかれた小さな机。窓際に一人佇む、無人の椅子。
インディゴブルーのオブジェと化しているため判りにくいが、その一つ一つの形状には見覚えがあった。

「部室……」

思わず、その言葉が口を突いて出る。
そこは、青に侵食された、SOS団の部室だった。俺はその部屋の中央、団長席の向かいに置かれた椅子に腰をかけている。
そして、俺の目の前。団長席に腰をかけて、俺を見つめている、どこか奇妙な風貌の老人。

「おや、お気づきに為られましたか。失礼、私どもも、お客人にとって神聖なる場所を踏み荒らすような真似はしたくありませんでしたが」

虫眼鏡のような瞳で俺を見つめながら、老人がいやらしく笑う。どこか不気味で、悪魔的で、しかし、何かしら頼もしさを感じさせるような、奇妙な男だった。

「何しろこの度のこの異界は、特別不安定な時空上に存在しております。我々が留まれるほど安定した空間を探したところ、こちらのお部屋しか見つからなかったのです。
 おそらく、この影時間を作り出している力の持ち主が、とても不安定な精神の持ち主であるからなのでしょう」

男はひとしきり喋った後

「これは申し送れました。私はこのベルベットルームの主、イゴールと申します。そして彼女は」

「エリザベスとお呼びください」

声に振り向くと、男の腰をかけたデスクの横に、先刻のプラチナ・ガールが立ち、俺に向けて、例の笑顔を浮かべていた。
111:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 22:13:50.24 ID:gIGEqEoto

「ベルベットルームは、ペルソナを使う者達の道しるべにございます。あなたは、半年振りの、私たちのお客様でございます」

ペルソナ。
当然のごとく零れだす、その言葉。

「あなたは以前のお客様同様に、非常に特殊な能力をお持ちのようだ。中庸であり可変たる、『ワイルド』の力の持ち主……そして」

老人が一瞬声を止める。

「……あなたにはとても強力な『コミュ』、絆の力を感じますな。今までに例のない……あなたの絆の先にいるのは、『世界』の力の持ち主だ」

「ま、待ってくれ」

張本人である俺を無視して、男……イゴールと名乗った老人の話は、どんどん見知らぬ方向へ流れて行く。
コミュ。それに世界。どちらも、俺には耳に覚えのない単語だ。

「何だ、その、世界とかっていうのは」

「今はまだ、わからなくとも良いのです。いずれ時が来れば、わかるでしょう。あなたの中に感じますからな。『世界』のアルカナを持つ、とても強力なペルソナを……」

そう言って、イゴール老人は、くつくつと喉の奥を鳴らした。

「さて……あまりお時間を取らせてしまうのも何でしょう。この度お越しいただいたのは、私どものご挨拶のためですので。あるいは、またいずれお会いするときが来るかもしれません。
 よろしいですか。あなたの中には、まだ無数に、また、あるいは無限に、あらゆる姿の自分自身が存在しています。それらは時が来れば、あなたの前に姿を現すでしょう。大切なことは、受け入れることです」

「主ともども、あなた様の行く末をお祈りしております」

少女……エリザベスが微笑み、左手をすっと差し上げる。
112:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 22:14:51.41 ID:gIGEqEoto

「上へ参ります」

その言葉と同時に。青い床が音を立て、俺達を含む四角い空間が、上昇を始めた。

「ご安心を、あなたをお仲間方の下へとお返し致します。では、またお会いする機会に恵まれるまで、さらばですな」

「まもなく、地上でございます」

突如、頭上から降り注ぎ始めた光に、俺は天井を見上げる。見慣れたSOS団部室の天井が、見慣れぬ色の光を発し、まるでからくりか何かのように、真ん中から左右に分かれ、開いて行く。
その隙間から射す、まばゆい光に、俺は再び、瞼を閉じることを強いられた。



………

気がつくと、俺が腰をかけていたはずの椅子は跡形もなく消え去り―――俺は、あの中庭の中央に立っていた。

「あっ、キョンくん!」

直後、聞きなれた声が俺の愛称を呼ぶ。振り返ると、満面の笑顔を浮かべながら、こちらへ駆けてくる我が妹の姿があった。
その後ろに、朝倉と天田。それに、別行動していた古泉たちと、山岸さん。更に、見覚えのない女性二人の姿があった。古泉たちは、首尾よく事を済ませたようだな。

「大丈夫でしたか。突然姿をなくしてしまわれたそうですが」」

「ああ、まあな。戻ってくるのにちょっと手間取ったが、問題ない」

「あなたが一人で、よく戻ってこれたわね」

朝倉、痛いところを突いてくれるな。事実、あの白い蛇のシャドウに出会い頭に殺されかけもしたのだから、反論のしようがない。
113:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 22:17:41.34 ID:gIGEqEoto

「あ、ゆかりちゃん、アイギス。この人が、さっき話した……えっと、キョンさん。彼女達が、私たちの残りの仲間です」

「私、岳羽ゆかり」

「アイギスと申します」

山岸さんに仲介されて、新たに合流した二人の少女と挨拶を交わす。アイギスと名乗ったほうの女性が、どこか奇妙な体つきをしている気がするが、とりあえずは気にしないでおくとしよう。
こちらが挨拶を返しつつ、名前を名乗ろうとすると

「よろしく、キョン君」

「よろしくお願いします、キョンさん」

……もはや、他人に本名を呼ばれる機会など、一生訪れないのかもしれない。
お手上げ侍であります。



………


俺が、あの不思議空間へ連行されていた間。古泉と伊織、そして、アイギスさんたちの働きによって、一体のシャドウが退治されたという。
彼ら曰く、ボスシャドウの総数は十三体。俺達が戦ったものたちと、中庭を襲った巨人とを合わせて、現在のところ、六体まで倒したことになる。まだ半分も行っとらんのか。
で、次は。

「長門さんからの連絡待ちよ。もうすぐ、また日付が変わるわ」

腕時計を見ながら、朝倉が言う。何かおかしい。俺達が妹を救出したのが、確か零分を過ぎてすぐの事だったはずだ。
それからモナドへ落ち、あの部屋を訪れ……そんなうちに、もう一時間も経ってしまったというのか。
114:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 22:20:03.67 ID:gIGEqEoto

「……キョンさん」

「はい?」

不意に話しかけてきたのは、意外な事に、先ほど挨拶をしたばかりの、金髪の少女・アイギスさんであった。……先ほども感じたものだが。この人の体を近くで見ると(いや、別にいやらしい意味じゃないぞ)、やはり、ところどころに違和感を感じる。
彼女は、しばらく俺の顔を、無表情のまま見つめた後で、

「あの部屋へいかれましたか?」と訊ねてきた。

その言葉に、俺が何かを返す前に、

「そうでありますか」

彼女はなにやら、納得をしたらしく、勝手にうなずき、ふい。と、別の方向を向いてしまった。あの部屋。このタイミングでその名前を出すということは、やはり、あの青い部屋のことだろう。
アイギスさんはというと、俺から離れた後、中庭の隅へと歩いてゆき、そこで壁を見つめたまま、じっと何やらを考えているようだ。……やっぱり不思議な人だ。

「これは半分、長門さんへのメッセージとしてだけど、ある程度戦力が揃ったんだから、ここからは分担して、順番に休憩を取ったほうが良いわね。
 安定してるらしいこの領域内でなら、数時間前の誰かさんみたいに、うたた寝したおかげで、散り散りにされちゃったりしないでしょうし」

さっくり。朝倉の辛らつな言葉の暴力が、俺のわき腹をずきりとさせる。お前だってスヤスヤ眠ってたくせに。
などと言っているうちに、時間が過ぎたのだろう。いつの間にか、朝倉の手の中には、新しいメモが収められていた。

「……これはちょっとしたスペクタクルね」

「おや、どのような?」

専売特許を取られた古泉が、一瞬、緊張した表情となり、朝倉の次の言葉を催促する。そういう俺も、何かしら嫌な予感はしていた。あの朝倉をもってして、スペクタクルなどと言わしめる事象とは、一体どのようなことか。
できるならば、俺達にとって良い方向へと傾いた事柄であると嬉しいのだが。
しかし、次に朝倉が口を開いた瞬間。俺の淡い期待は、容易く八つ裂きにされてしまった。
115:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 22:21:25.17 ID:gIGEqEoto

「これは、私たち側の問題で、山岸さんたちには伝わりにくいかもしれないけど。一応、みんなの前で発表しておくわね」

朝倉は、一呼吸を挟んで、


「涼宮ハルヒが、もとの時空から消失したわ」


オーケイ、よく分かった。
―――つまり、この世界に神も仏もいないと言う訳だ。





つづく
116:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2014/12/31(水) 22:23:44.01 ID:gIGEqEoto
ほいや!
前編はここまでクマー

明日も同じくらいの時間から後編を投下するクマよー

歳の終わりと初めはハルヒSSで。
みなさま、良いお歳をクマー
120:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 18:00:03.23 ID:t8V4LTxho

「これは、私たち側の問題で、山岸さんたちには伝わりにくいかもしれないけど。一応、みんなの前で発表しておくわね」

朝倉は、一呼吸を挟んで、


「涼宮ハルヒが、もとの時空から消失したわ」


オーケイ、よく分かった。
―――つまり、この世界に神も仏もいないと言う訳だ。


「スズミヤって……古泉が言ってた、例の……この影時間の原因とかっていう?」

古泉からどういった説明を受けたかは知らないが、どうやら伊織は、涼宮ハルヒという存在について、多少の知識があるようだ。

「えっと……どういうこと? それって、あなた達の仲間なの?」

岳羽さんの質疑を受け、俺はちらりと古泉を見る。俺の視線に気づいた古泉は、

「もとより異能力者同士出逢った身です。この際、隠す必要もないでしょう。それに、この影時間が発生している、原因でもあるのですから。お話しますよ。できるだけ手短にね」

そんなわけで。影時間の中庭を舞台に、古泉の語りが始まった。
内容は、涼宮ハルヒという存在の、その破天荒な性質と、それによって発生したと推測される、この影時間を生み出している、エネルギーについて。
そして、涼宮ハルヒを取り巻く、古泉や朝倉、パトロンたる長門、そして、何故だか振り回される運命にある、この俺の役どころなど。古泉は、一通りの事の顛末を僅か十分ほどで語り終えた。久々の新鮮な反応がお気に召したのか、いやに楽しそうに。

「えっと……つまり、その涼宮さんは、自覚を持たない神様で、その人が作り出した、新しいエネルギーのせいで、この影時間が発生してる、っていうこと……かな?」

山岸さんが上手に情報をかいつまみ、復唱してくれる。
121:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 18:02:03.93 ID:t8V4LTxho

「ええ。最初は、影時間に適正を持つ人間は、ごく一部でした。そのごく一部の例が、あなた方、月光館学園の方々や、彼などです。ですが、日を追うごとに、一般人の中にも、適正者が、増えてきているといいます。
 丁度、彼の妹さんなどが、その例に該当しますね。尤も、彼女の場合は必然であった、という気もしますが」

話に上がった妹はというと、長い話に飽きたのか、いつの間にか、先ほどと変わらぬ位置で硬直している、アイギスさんの足元で、興味深そうに彼女の姿を見上げていた。ところで、アイギスさんは一体何をしているんだろう。

「なるほど……このままだと、そこら中の人が、僕らのように、影時間に適正を持つようになってしまう、と」

腕を組みながら、天田が言う。

「はい。そして、どうやらこのタルタロスへと足を踏み入れた者は、例外なく、この影時間の檻の中に閉じ込められてしまう様です」

「なにそれ……月高のより、よっぽどタチ悪くない?」

「お待たせしました。合体完了であります」

不意に、フリーズ状態から復帰したアイギスさんがやってくる。右手に、どこかで見た事のあるような、見覚えのあるカードを手にしている。

「ああ、アイギス……って、あんた、今の話全部スルーしてたの?」

「すみません、なかなか、魅了ブースタが消せなかったもので。ですが、精鋭を揃えました。準備万端であります」

俺達には理解不能な次元の会話が交わされる中、俺は朝倉に声を掛ける。

「で……ハルヒが消失したってのは、どういうことなんだ」

「それを説明しようと思ったら、古泉君が語り始めたんじゃない」

と、古泉を睨みつける朝倉と、失礼しました。とばかりに、頭を下げる古泉。
前々からなんとなく感じていたが、この二人は、相性があまりよくないようだな。
122:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 18:04:38.71 ID:t8V4LTxho

「まさか、ここに来たって事か」

俺は、考えうる可能性の中で、もっとも大事に発展しそうな事案を、恐る恐る提唱してみる。

「そのケースが一番厄介ね。まあ、私にしてみれば、さっさと自分のしでかしたことの大きさを理解させて、情報を改変させるのも、悪くない手段だと思うけど、革新を嫌う古泉君や長門さんにとっては、避けたい展開なんでしょ?
 でも、残念なことに、その可能性が一番高いわ。彼女は昨日……私たちの時間でいうと、一時間前になるかしら。零時丁度に、長門さんたちのいる時空から消滅。その瞬間から、閉鎖空間も発生しなくなったらしいわ」

マジか。話を聞く限り、確定的じゃないか。
もし、前のように、新世界を創ろうとしてるというのなら、古泉たちの機関はそれを察知できるはずだ。しかし、それも確認されていない。となれば、残る行き先は、影時間の檻の中のみだ。

「でもね。涼宮さんが、私たちと同じように、このタルタロスにやってきたなら、一時間の間に、何らかのアプローチがあってもいいはずでしょ? 彼女が、こんな世界を垣間見て、冷静でいるわけがないじゃない。
 きっと、ペルソナに目覚めて、ついに不思議を見つけたってはしゃぎまわってるか、子どもみたいに怯えてるかのどっちかよ。
 そして、そのどちらの場合にせよ、私たちにも感知できる、情報爆発が起きるはず。彼女の力が発動することによって、ね」

「前者なら、おそらく、涼宮さんのペルソナ能力は強大なものでしょう。山岸さんや朝倉さんが、その存在を、タルタロス内に感知できるはずです。後者の場合、彼女が助けを求めたなら、僕らが彼女のもとへ導かれるか、彼女がこの中庭へやってきているはずです」

「じゃあ、あいつはどこにいるってんだ」

「可能性は、一つよ。この世界は、そもそも涼宮さんの精神が産み出したエネルギーによって発生しているもの……彼女はこの世界を訪れたのでなく、この世界に飲み込まれた。
 ……メカニズムとしては、閉鎖空間と似たようなものよ。彼女の精神が産み出した、これまでとは違う形の異世界。その異世界は、徐々に現実の世界を侵食している。適正者を増加させるという形でね」

つまるところ、この影時間もまた、あのハルヒの鬱憤の表れだというのか。

「少し違うわ。おそらく、この世界は、涼宮ハルヒの持つ力が、彼女の許容量を超えたことによって産み出された世界。言うならば、涼宮ハルヒの精神の暴走によって生まれた世界」

すまん、もう少し分かりやすく。

「つまり。この世界は……そうですね。涼宮さんの持つ能力というものを、ペルソナに例えて考えていただけたら、分かりやすいかと思います」古泉が、再び語り始めた。
123:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 18:05:59.94 ID:t8V4LTxho

「良いですか? 涼宮さんの元には、どんな願い事も叶えてくれるペルソナが付いていました。
 涼宮さんが不機嫌ならば、閉鎖空間を作り出すことで彼女の機嫌を晴らし、彼女が宇宙人、未来人、超能力者を求めれば、その要望に応じた存在を集め、彼女を満足させていました。
 そうした超常現象を発生させるうちに、彼女のペルソナは、その力を増していきます―――ペルソナは、使うごとに強さを増して行く。皆さんも、自覚があるでしょう?」

古泉の問いかけに、頷く面々。
俺にはいまいちピンと来ない話だったが、とりあえずは何も言わずに、古泉の次の言葉を待った。

「その結果、涼宮さんのペルソナは、涼宮さんの支配を上回る力を身につけてしまったのです。力は有り余っている、しかし、涼宮さんの願望を実現させるだけでは、その力を発散しきれない。
 その結果、生まれたのが―――影時間。そして、このタルタロスと、そこに巣食うシャドウの群れ。更に、涼宮さんに似て、貪欲な彼女のペルソナは、涼宮さんに近しい人から順に、自分の生み出した世界の中へと引きずり込んでゆく……」

「迷惑な話ね。飼い犬が飼い主に似るようなものかしら」

朝倉がため息をつく。
なるほど。思考力に恵まれているとは言えない俺にも、古泉や朝倉の言いたいことが、分かってきた。

「しかし、それだけには飽き足らず。涼宮さんのペルソナは、涼宮さん自身をも、巻き込み始めたのです。自らの力が産み出した、タルタロスの檻の中へと。
 彼女の精神そのものを取り込めば、彼女のペルソナは、更に強い力を手にすることができる。あるいは、世界そのものを、影時間へと変えてしまうほどの力を……この部分は、僕の憶測ですがね」

沈黙する、一同。

「……つまり、私たちには、時間がないってこと」

声を発したのは、朝倉だった。長門から届いたメモへと視線を移し、

「連絡は、涼宮ハルヒの消失だけじゃないわ。次のシャドウの情報。影時間発生から四十分後、北高第一体育館に、恐らく二体。古泉君が延々しゃべってくれたおかげで、あと二十五分しかないわよ」

「え、体育館……ですかっ?」

は。と、山岸さんが、甲高い声を上げる。
124:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 18:08:00.65 ID:t8V4LTxho

「えっと……あ、探知できます。最短で、二十分で到着できます……ただ、シャドウの妨害を受けた場合は、未知数です。……レベル重視で行くしかない、かな」

「はい、お呼びでありますか」

「ちょっとは自重しろよ……」

アイギスさん、岳羽さんの順で、声を発する。

「えっと、アイギスと、キョン君」

「俺ですか?」

山岸さんの点呼に反抗し、俺は声を上げた。いや、抗うってわけじゃないが、レベル順というからには、戦闘能力の高い者順ということだろう。その括りの中で、ペルソナ経験の浅い俺が任命される理由が分からない。何故に?

「え、だって……あの、ハングドマンを倒したペルソナのレベルは、かなり高いと思うんですが……」

山岸さんが言う。あの磔の巨人を一瞬で消し去ってしまった、タトゥーのペルソナのことであろう。……ああ、確かにあいつは強いだろうな。しかし、俺にはペルソナを召喚し分ける能力などは、備わっていないわけなのだが……

「あとは……後衛は、ゆかりちゃんと……あの、誰か、後方支援に長けている方、いらっしゃいますか?」

「では、僕が行きましょう。こうしている間にも時間は過ぎて行きます」

名乗りを上げたのは、古泉だった。一瞬、両手に花、と考えた俺の期待は、妖怪ニヤケスマイルによって打ち砕かれてしまった。ちくしょう。

「じゃあ、その四人でお願いします。まず、本棟……昇降口から塔内へ、西側へ進んでください」

どうやら不満を言っている余裕はないらしい。
俺と、古泉と、岳羽さんと、アイギスさん。
視線を交わし、俺達は同時に駆け出した。
125:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 18:10:03.68 ID:t8V4LTxho



………

「あれ?」

ふと、自分の周囲を見回し、俺は間抜けな声を上げてしまった。

新たなパーティーを組み直し、体育館を目指し始めてから、十数分ほどが経っただろうか。
アイギス(彼女いわく、「さんづけは、こそばゆいであります」との事なので、呼び捨てで失礼する)の戦闘力は高く、もはや兵器の域であったし、岳羽さんと古泉の、絶妙な後方支援もあって、戦線は好調。
懸念されていた、ザコシャドウの妨害などなんのその、山岸さんのナビゲートに従い、俺たちはガンガン進軍していた。問題があるとすれば、精神力を補うガム状の薬の味がひどかった事くらいだ。慣れるとクセになるらしいが。
と、そんなさなかで、なぜ俺が疑問符を浮かべたのかというと―――

「む……ゆかりさんと古泉さんの姿がありません」

ほんの少し遅れて、俺と肩を並べていたアイギスも、気がついたらしい。
攻撃方法の性質上、俺たちは大きく分けて、前衛と後衛に分かれていた。攻撃を発するのに時間を要する、古泉と岳羽さんは後衛で、瞬間的に攻撃を放てる、俺とアイギスが前衛。
なので、基本的に、戦闘中、俺は古泉と岳羽さんのほうを振り向かなかった。それはアイギスも同様だったらしい。
で、ふと、戦闘を終え、二人に声を掛けようとしたら、そこには誰もいない。

「はぐれちまったのか? また、空間の歪に巻き込まれた、とかで」

「いえ、それならば、風花さんが気がつくはずです」

と、そこでもう一つ、気づく。山岸さんからの通信が、途絶えているのだ。

「……山岸さん?」

空中に向かって呼びかけてみる。が、反応はない。何もない空間に、俺の声が響くだけだった。
126:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 18:12:00.50 ID:t8V4LTxho

「どちらかというと、私たちのほうが、迷子になったのかもしれません」

と、アイギス。

「二人を探すか?」

「はい。せめて、風花さんと連絡の取れる場所を探しま―――」

と、アイギスが言いかけた時。
ドン。と、地響きのような音が、あたりの空間を震わせた。かなり至近距離で発せられた音だ。

「この感じ……まさか、シャドウか」

音のした方向に目をやると、廊下の突きあたりに、鉄製の引き戸が見えた。音が聞こえてきたのは、その中からのようだ。

「センサーに反応アリ。使徒、襲来であります」

「って、おい!」

素っ頓狂な言葉を発しながら、アイギスは、迷う素振りもみせず、突き当たりに向かって駆け出した。俺たち二人だけで戦うつもりなのか。山岸さんのナビだって届いてないっていうのに。
と、アイギスは立ち止まり、キュルル。と音を立てながら、俺を振り返る。

「キョンさんは、そこで待っていてくださっても、問題はありません」

なんだと。
温厚な俺でも、そう言われると、少しばかりカチンと来る。言葉の主が、同年代の女子とくれば、効果は倍増だ。
よし、やってやろうじゃねえか。俺の中で、影時間内で、微妙に培われてきた、闘争心のようなものが首をもたげる。
俺は何も言わず、アイギスの背に追いつく為、廊下を駆けた。それを見受け、アイギスもまた、前方へと向き直り、走り始める。
鉄の引き戸の前までたどり着き、アイギスそれを開け放った。―――さて、何が出るか。
127:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 18:14:28.19 ID:t8V4LTxho
まず、真っ先に目に入ったのは、甚大なメタボリック症候群を患った、でっぷりとしたシャドウの姿だった。
白い修道服のようなものに包まれたデカい腹を、だらしなく投げ出し、椅子に腰をかけた、牧歌的な容姿。
そして、次に、室内の様子が目に入る。あたりに散らばった、マットやら、バスケットボールやら……そこは以前、俺たちが休息を取るのに利用した、体育の用具倉庫だった。よく見りゃ、シャドウの尻の下の椅子は、跳び箱だ。

「敵、補足。戦闘モードに移行します」

ロボットアニメの観過ぎじゃないか、この金髪少女は。などと余計なことを考えながら、俺もまた、戦闘モード突入だ。

「ダンテ、来い!」

「先制攻撃を仕掛けます。召喚シークエンス、『オーディン』」

俺の体から、ダンテが放たれ、柄モノを抜きながら、シャドウへと接近する。
僅かに遅れて、アイギスも、ペルソナを召喚した。槍を手にした、青黒い肌の、人型のペルソナだ。

「切り裂け!」

俺が叫ぶのと同時に、ダンテが、十八番である、閃光を発しながらの薙ぎ払いを放つ。
羽ペンの先端が、シャドウの体表にくい込む―――入った。
と、思いきや。

ぶよん。

「おわっ!」

一瞬、強烈な反発力に襲われ、ダンテは後方へと弾き飛ばされてしまう―――おい馬鹿、俺が放ったのは斬撃だぞ。ハート様だって、斬撃は跳ね返さねーよ。

「物理攻撃は無効。記憶しました」

淡々と言葉を発しながら、続いて、アイギスのペルソナが動く。青黒い腕が、空を切ると、シャドウの頭上が発光した。
128:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 18:16:01.57 ID:t8V4LTxho

「うおっ!?」

その光量に、思わず声を上げる俺。
そして、次の瞬間、ドデカい破壊音が、俺の鼓膜を乱暴に殴りつけた―――この音は、アレだ。落雷の音だ。
確か、天田のペルソナも、電撃を放っていたが、威力が桁違いだ。食らったら、多分死ぬ。少なくとも、俺なら死ぬ。
では、シャドウのやつはどうだろうか―――と、視線をシャドウに向けた、その時。

パキィン。

何やら、気持ちの良い音がした。同時に、用具倉庫内を、電流が飛び交い、あちらこちらを焦がす。

「何だっ!?」

「すみません、反射されました」

「マジか!?」

唸りを上げて舞い踊る電流が、俺の体に直撃しなかったのは、軽い奇跡だ。跳ね返された電撃を放った張本人であるアイギスは、怯む様子さえ見せず、シャドウを見据えている。こいつの中には動揺という概念はないのか。

「―――」

電流が止んだ頃、ここまで、俺たちに気づいていないのではないかというほど、沈黙と静止を守っていたシャドウが、ようやく動きを見せた。
膝の上に置いていた両手を掲げ、何事かを叫ぶシャドウ。すると、バチバチという音を立てて、両手が光る―――まさか。

「電撃が来ます」

「またかよっ!?」

これはアレか、いわゆる、被せってやつか?
129:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 18:18:05.73 ID:t8V4LTxho

「キョンさん、私の後ろに」

こちらを振り向き、ちょいちょい、と手を拱ねくアイギス。
後ろにっつっても、アイギスの小柄な体躯に隠れた所で、電流を免れる事など、可能なのだろうか。

「早く」

「ああもうっ!」

言われるがまま、アイギスの背後へと走る俺。直後に、シャドウの手の中から電流の帯が発せられ、再び、用具倉庫内に飛び散った。

「オーディン」

掛け声と共に、再び姿を現した、青黒い人型が、シャドウとアイギスの間に立ちふさがる。
すると、どうだろうか。放たれた電流が、まるで引き寄せられるかのように、アイギスのペルソナの体へと吸い込まれていってしまったではないか。

「すげっ……」

「戦闘を続行します。ペルソナチェンジ、『スカディ』」

唸る俺を尻目に、アイギスは何処かから、青いカードを取り出し、空中へ投げる。
直後に現れたのは、闇のように深い、黒い肌を持った、女性型のペルソナ。

「電撃には、氷結であります」

その法則に、物理学的な根拠はあるのだろうか。はたまた、ペルソナ使いとしての経験から来る推測なのか。
とにかく、女性型のペルソナが手を前に突き出す。すると、空気が凍りつく、ピキピキという細やかな音と共に、シャドウの体の下から、巨大な氷柱がせり上がってきた。
メキメキメキ。と、シャドウの体が、氷の柱によって持ち上げられる。
物理的なダメージは無いようだが、その攻撃によって、シャドウの体表が凍りついた。今がチャンスだ。俺はアイギスの背中から離れ、ダンテを放つ。
130:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 18:20:02.34 ID:t8V4LTxho

「貫け!」

凍りついたシャドウに狙いを定め、ダンテが羽ペンを叩き込む。
重い手応えと共に、その一撃が、シャドウの体へと食い込んだ。ベキ、と音を立て、凍った腹を横切るように、デカい亀裂が入る。

「もう一声であります」

ペルソナを解除したアイギスが、俺を鼓舞する。言われるまでもなく、俺はシャドウの体に減り込んだ羽ペンを抜き、中段に構え直した。

「ぶっ叩け!」

シャドウの腹に向けて、羽ペンを振り抜く。直撃の瞬間、銅鑼をぶっ叩いたようなが鳴り響き、シャドウの巨体は、先ほどの亀裂を境目に、上下に分かれた。
凍ったまま、黒い霧へと変わってゆくシャドウの体。

「敵、殲滅であります」

キュインキュイン。と、手首を鳴らしながら、アイギスが呟いた。……えらくあっさりだったな。と、俺は、僅かな違和感を覚える。
それにしても……アイギス、すげえ。俺なんぞの手には負えないレベルのペルソナを、次々と使い分ける。これがワイルドという能力の、真の強さなのか。

「あまり見つめられると、照れるであります」

と、アイギスは、俺の視線に気づく―――様子も、こちらに顔を向ける動作もなく、シャドウの居た空間を見つめながら、ノーモーションでそう呟いた。

「ああ、すまん……守ってくれて、ありがとな」

「お気になさらず。私は、盾ですので」

頼もしいセリフをと共に、ようやくこちらを向くアイギス。……やはり無表情だが。
と、ここで俺は、先程、シャドウと出会った瞬間から、気になっていたことを口にしてみた。
131:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 18:22:04.43 ID:t8V4LTxho

「アイギス。長門のメモには、シャドウは二体同時に来るって書いてなかったか?」

「はい、そう記憶しております」

俺の記憶が確かなら、アイギスは、中庭での朝倉や古泉の話を、全く聞いていなかったんだがな。

「もう一体を探しましょう。それに、ゆかりさんや、古泉さんのことも心配です」

無言で頷き、俺は入口を振り返る。
……あれ? 俺、この倉庫に入ってきてから、ドアを閉めたっけ?
ついさっきの記憶を辿ろうとする俺を無視し、アイギスが引き戸を開く……すると、そこは。

「あれ? なんで体育館に出るんだ」

俺たちが出たのは、広々とした、人気のない体育館だった。
確か、この用具倉庫の引き戸は、長い廊下の突き当たりにあったはずだ。また、空間の歪というやつが発生したのだろうか。

「体育館。長門さんが指定した場所です。注意しましょう」

と、無表情で、アイギス。
見通しのいい空間に、俺たち以外の姿はないが、朝倉いわく、いつどこで出現してもおかしくないってのが、シャドウの特性らしいからな。
いつでもペルソナを召喚できるよう、意識を集中させながら、アイギスと共に、体育館の中央あたりまで歩みを進めたところで。
がら。と、音を立てて、校舎との連絡路へ繋がる引き戸が開いた。咄嗟に構えるが、現れたのは―――古泉と、岳羽さんだ。

「あ、いた、アイギス。それに、キョン君も!」

「よかった、ご無事でしたか」

俺たちの姿を視認すると、二人は急ぎ足で駆け寄ってきた。
132:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 18:24:04.24 ID:t8V4LTxho

「お二人共、無事で何よりです」

アイギスが二人を迎え、散り散りになっていた四人は、結果的に、目的地で合流を果たした。

「古泉、さっき、一体は倒した。残りがどこかに潜んでるかもしれん」

と、俺の言葉を受けると、古泉は軽く目を見開き、

「でしたら、これで任務完了でしょうか。我々も今しがた、一体片付けてきたところです」

と、微笑みながら言った。
何だ、お互いを探しているうちに、両方片付いてしまったのか。

「拍子抜けだな。しかし、長門は体育館に出るっつってなかったか?」

「長門さんの予測とは言え、多少の誤差はあるんでしょう」

ま、それもそうか。何しろ、自分が認識できない世界のことを、外から解析してるわけだしな。
……あれ? 何か違和感を感じる。

「俺たち、このあとどうすりゃいいんだ?」

「そりゃ、シャドウが片付いたんだから、風花のエスケープロードで……あれ、風花は? アイギスたちをナビしてたんじゃなかったの?」

「いえ、お二人とはぐれてから、通信が途絶えております」

はて。と、古泉と岳羽さん、俺は顔を見合わせる。
もしかすると、また、空間が不安定で、ナビができないというやつだろうか?
133:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 18:26:05.04 ID:t8V4LTxho

「……よくわからんが、この場所が悪いのかもしれんな。連絡をとれる場所に出るまで、歩いてみるか?」

「うわ、また歩くの……私、さっきのシャドウとの戦いで、まだ、痺れが取れてないんだけど……」

と、不満を漏らす岳羽さん。
体が痺れている。と、言えば、電撃だろうか。そういえば、俺たちが戦ったやつも、電撃を使うシャドウだったな。

「古泉、お前たちが戦ったのって、どんなやつだった?」

「そうですね……司教のような姿をしていました。電撃を使うので、厄介でしたよ」

「私たちも、電撃を使うシャドウと戦いました」

と、アイギスの言葉に、再び目を丸くする古泉。

「そいつ、えらくあっさり倒されなかったか?」

「……何で分かるの? キョン君」

こちらも、驚いた様子で、岳羽さんが俺を見る。
なにか不穏な予感がする。余りにも似ている、俺たちが戦った、それぞれのシャドウ。

「もしかして、そいつと、俺たちが戦ったシャドウは、同じやつじゃないか?」

「話を聞く限り、非常に似ていますね。あるいは、こうも考えられます。『一体のシャドウが、二体に別れ、同時に僕らを攻撃していた』と」

古泉が、人差し指を立てながら言う。
その仮説が正しければ……シャドウは、もう一体居る。
そして、この場所は、長門がシャドウ出現場所として指定していた、体育館。
134:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 18:28:41.62 ID:t8V4LTxho

「……古泉、注意しろ」

突然はぐれた俺たち。それぞれに襲いかかった、同じ特性を持ち、あっけなく倒されたシャドウ。

「ええ……もしかすると、僕たちは、罠に掛かろうとしているのかもしれません」

ペルソナの光を僅かに発しながら、古泉が言う。

「罠って……そんなシャドウ、いたかな……あっ」

と、岳羽さんの言葉が、途中で途切れる。

「何か、居ましたか?」

振り返り、その視線の先を追うと……そこに、壁に取り付けられた姿見があった。
そこに写る、俺たち二人の姿―――二人?

「これは……」

俺と同様、姿見に視線を向けた古泉が、不審そうに呟く……古泉って、誰だっけ?
姿見に写っているのは、二人。一人は、言うまでもなく、俺。そして、もう一人は―――


「よかった……帰って、来れたんだね」

姿見に映ったもう一人が、呟く。


そこには、涼宮ハルヒが写っていた。
135:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 18:30:01.94 ID:t8V4LTxho

「帰って、来れたんだね」

ハルヒが、もう一度、その言葉を口にする。
おかしいな。勝手にどこかに行っちまってたのは、お前のほうじゃないか。

違うか。
そうだ、思い出した。俺が勝手に、お前の前から消えちまってたんだな。

つまり、俺はあるべき場所へ帰ってこれたわけだ。
よかった、ハルヒ。お前にまた会えて。

「うん、私も嬉しい……ねえ、ずっと一緒にいられるよね?」

ハルヒが言う。いつもよりも口調が柔らかなことが、俺の欲望を増長させる。
今、ハルヒは、俺にしか見せない、内の内を見せてくれているのだ。

ああ、勿論さ。
言葉よりも何倍も、お互いの目つきが思考を伝え合う。

「……嬉しい」

言葉と共に、俺の胸に、軽い重みが伝わる。ハルヒが、俺に抱きついてきたのだ。
拒むわけも無く、それを受け入れる。背中に手を回す。
やわらかい。

「もう、どこにも行かないで」

分かってるさ。勝手に消えちまって、ごめんな。
ハルヒの僅かな重みを感じながら、俺の意識は薄れて――――
136:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 18:32:01.36 ID:t8V4LTxho


―――ガシャン。

……瞬間。
遠いかなたへ飛びそうになった俺の意識を、無理矢理に現世へと呼び戻したのは、ガラスが砕けるような、痛烈な物音だった。

「え? ……えっ!?」

俺の胸の前で、誰かが声を上げる。その声が、誰のものか、一瞬分からない。
しかし、それが―――ハルヒの声でないという、その一点だけは判る。
俺はなぜ、さっきまで、ハルヒの声なんてのを聞いていたんだ?
……視線を腕の中に移し、ようやく、俺の置かれている状況を理解する。

俺の胸の中に、岳羽さんが居た。

「……きゃあっ!?」

直後に、嬌声を放ちながら、岳羽さんが俺の腕の中から脱出する。―――ああ、そうだよな。それ正しい反応だと思う。
しかし、一体何があって、俺の腕の中に岳羽さんの体があったというのか?

「はっ」

思考を巡らせる俺の耳に、続いて聞こえてきたのは、驚いたような、古泉の声。
振り向くと、そこには―――何たることか。アイギスを抱擁した古泉の姿があるではないか。

「てめ、おい、古泉!」

つい一瞬前まで、俺もまた、岳羽さんを抱きすくめていたという事実など忘れ、叫ぶ。
その声が決定的となったのか、空ろだった古泉の眼が、風船を割ったかのように、俺の見知った古泉のそれに戻った。
137:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 18:34:05.28 ID:t8V4LTxho

「あっ……え、あ、すみません!」

古泉は、胸の中のアイギスを跳ね除けると同時に、

「えっ……な、何故、あなたが!?」

目の前に立つ、もう一人の人物に視線を向け、困惑の声を放つ。
俺は、その人物が誰なのか、一瞬理解できなかった。

「―――ペルソナ」

その人物が、燦然と言葉を発する―――その声を聞いて、ようやく俺は、そこに立つ人物の正体が分かった。
以前にも、幾度か聴いたことのある声。
古泉と俺、視線の先に居るのは―――

森園生、その人だった。


「来なさい、『ベッラ』」


俺たちの理解が追いつくのを待たず、森さんは、その華奢な肉体から、無数の髑髏柄の鎧を着込んだ、黒い肌の、女性型ペルソナを放った。
そのペルソナが、一閃。剣を振るったかのような、勇ましき音を発しながら、逞しい腕を振り上げ、握り拳を、体育館の壁、あの姿見へと叩き込む。
既に一撃が打ち込まれてあった姿見が、その鉄拳を受け、粉々に砕け散る。その瞬間、鏡の裏側から、黒い霧のようなものが吹き出し、体育館中を満たした。

「これは……こいつが、シャドウか!?」

やがて、黒い煙は、体育館のステージの上へと凝縮されていき、確かな輪郭を象り始めた。
端的に表現すると、巨大な立体型ハートマーク。おどろおどろしい、羽根のない翼が、体の両脇から飛び出している。
138:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 18:36:02.19 ID:t8V4LTxho
今、俺たちが見ていた夢のようなものは、このシャドウの作り出した、幻惑というわけか。
ともかく、姿を現したからには―――

と、俺がペルソナを召喚しようとした時。それを手で制しながら、岳羽さんが一歩、シャドウに向かって歩み出た。
何を―――そう声を掛けようとして、俺は無言の背中から発せられる圧力に、敢無く黙り込んだ。

「また……やられるなんて……」

……岳羽さん?
そう、名前を呼ぶことすらも躊躇われる。俺同様、古泉もまた、言葉を発することが出来ずにいるようだ。

「許さない……こいつだけは……」

『怒り』だ。
彼女の背中から滲み出る感情の正体に気づき、俺は息を呑んだ。

「ペル」

二歩、三歩と、歩みを進めながら、ゆらりとを召喚器を頭に宛行う岳羽さん。
今のこの人に―――触れてはいけない。

「ソナ」

ガァン。と、召喚器が音を立てると同時に、岳羽さんの体から、ペルソナの光が、間欠泉のように溢れ出す。


「―――『イシス』っ!」


体育館に、嵐が吹き荒れた。
139:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 18:38:03.42 ID:t8V4LTxho

「うわああああああっ!」

岳羽さんが咆哮すると同時に、巨大な翼を携えた女性型のペルソナが、彼女の頭上に現れ、天井を見上げ、翼を羽ばたかせた。
直後に、俺たちの体を、突風が襲う。

「うおっ!?」

思わず、転倒しかけた。立っていることすら難しいほどの風が、体育館中の大気を震わせ、室内のあちらこちらに、かまいたちが迸る。
轟々と音を立てながら、あたりの壁や床、天井までもが、岳羽さんの作り出した巨大な旋風に支配され、軋みを上げていた。
その風圧に、浮遊するシャドウの体が、少しづつ揺らぎ始める。

「……召喚シークエンス、『ノルン』」

風音に混じって、アイギスの声が聞こえてきた。岳羽さんの背後で、また新たなペルソナを召喚するアイギス。ふ、と、その視線が、俺と古泉を順番に指した。

「こちらへ」

そう言って、先ほどの電撃の時同様、俺たち二人を、自分の背後へと誘うアイギス。俺には、その表情が―――その瞳が、僅かに、悲哀に濡れているように感じられた。
一瞬、顔を見合わせた俺と古泉は、促されるがままに、アイギスの背後へ駆け寄る。すると、吹き荒れる風の圧力が、わずかに弱まった気がした。アイギスの、ペルソナの能力だろうか。

「―――」

負けじ。とばかりに、シャドウが翼を薙ぐと、そこから炎が放たれ、真っ直ぐに岳羽さんへと走る―――かのように、思えた。
しかし、実際に、放たれた炎は、もはや大気の要塞と化した、岳羽さんを覆う渦に薙ぎ払われ、霧散してく。

風圧は、まだ高まる。吹き荒れる暴風に、シャドウが飲み込まれるまで、そう時間はかからなかった。
シャドウの巨体が、風に流され、ステージの上から、体育館の天井まで流され、叩きつけられる。その際に生じたであろう轟音は、風の音にかき消され、耳には届かなかった。
天井に打ち付けられたシャドウは、新たに発生した気流に流され、今度はステージ前の床、岳羽さんの目の前へと、体を叩きつけられる。
木製の床にめり込むシャドウ。左側の翼が、中程からへし折れた。
140:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 18:40:05.83 ID:t8V4LTxho
やがて、風は収まり始めた。岳羽さんのペルソナが、天を仰いでいた面を下げたのだ。
今にも吹き飛びそうになっていた体育館の天井から、破壊された照明や、鉄骨のようなものが、ドカドカ音を立てながら、床に落ちる。

「こいつ……だけは……」

岳羽さんは、まだペルソナを解除していない。再び、ペルソナが翼を羽ばたかせると、その巨大な翼から、無数の、桃色の矢が放たれ始めた。それらの照準を一手に集めているのは、床に落ちた、シャドウの巨体。
バタバタと、マシンガンが鳴らすような音が、風音の止んだ体育館中に響き渡る。

「お前……だけは……っ!」

岳羽さんが、うわ言のように、ぽつぽつと呟く。矢の嵐は、絶える事なく、シャドウの体表を襲い続ける。

「うっ……ううっ……」

震える背中から溢れ出しているのは……俺には、怒り、そして、哀しみであるように感じられた。
彼女の感情そのもののごとく、矢の嵐は、止まない。
もはや、シャドウの体表は、黒い銃痕にまみれ、体の端が黒い霧を吹き出し始めても。
彼女の感情は、止まることはなかった。

「……ゆかりさん」

シャドウの体が、残らず霧散した後。ペルソナを解除したアイギスが、岳羽さんの後ろへと歩み寄り―――怒りと、悲しみに震える、その体を、抱きしめた。

「……うあっ……うわあああああっ……うわあああっ」

やがて、ペルソナを解除した岳羽さんは、膝を折り、床に崩れ落ち……涙を流し始めた。
そこに寄り添う、アイギス。

……触れてはいけないものに、触れちまったんだな。
荒れ果てた体育館を見回し、俺は溜息をついた。―――今の二人に、俺や古泉がしてやれることなど、無いだろう。
141:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 18:42:01.93 ID:t8V4LTxho



………

アイギスと岳羽さんが、落ち着くまでの間に、俺と古泉は、この体育館に現れた、もうひとつの異変と向き合った。

「あなたが、どうしてここに」

その質問を、隣の古泉の分もまとめて、現れた人物……森さんに向けて投げかける。
森さんは、お決まりとなったメイド服の裾をぱたぱたと叩きながら

「そうですね。言うならば、元の世界での仕事が、なくなってしまったので、加勢に参りました」

と、微笑みと共に答えた。
なるほど。ハルヒが姿を消した今、閉鎖空間は発生しない。となれば、神人狩りのために、機関の人間が時間を割かれる必要は無いわけだ。

「あなたも、長門さんの情報操作を受けられたのですか?」と、古泉が尋ねると

「いえ、私は『天然もの』です。影時間が発生し始めた、最初期からのね。彼と同じです」と、森さんは、俺へ視線を向けた。

なるほど。
しかし、ハルヒに近しい人物が、優先的に影時間への適正を得ているというなら、特にハルヒと近しい関係ではない森さんが、俺と同時期に適正を得ているというのは、いささか不思議な話だ。
……と、そこまで考え、ふと、体育館の中央で、身を寄せ合っている、二人のペルソナ使いの姿が目に入る。

「まさか、森さん。半年前の影時間からして、適正を持ってたんじゃないでしょうね」

「どうでしょうね」

どこから挑んでも食えなさそうな、鉄壁の笑顔で、答えをはぐらかされる。もう、その反応は、俺の疑問を、肯定しているようにしか見えないんですが。
142:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 18:44:04.07 ID:t8V4LTxho

「すみません、キョンさん。もう大丈夫であります」

と、アイギスが立ち上がり、俺たちに声をかけた。傍らでは、岳羽さんも立ち上がっている。泣きはらした顔を隠すように、俯いた体勢で、だが。

「そちらの方は」

「申し後れました、古泉の上司の、森園生と申します。皆様のお力になるべく、参りました。皆様のことは存じ上げております、月光館学園の皆様でいらっしゃいますね?」

「あ、どうも……」

「よろしくお願いします、であります」

メイド的動作と語調で、森さんがぺこりと頭を下げる。それに応え、様に、二人のペルソナ少女も、頭を下げた。
準備の良い森さんは、既に事態の顛末を、長門あたりから聴いて来たのだろう。
彼女の登場は、俺達にとっても好都合だった。正直、そろそろ、端的なメモだけでなく、外の状況を判っている生身の人間に、状況を聞きたかったところだ。

『あっ――、聞こえますか、アイギス?』

「はい、聞こえています」

と、やおら空から降り注いで来たのは、山岸さんの声だ。

『ごめんなさい、体育館に近づくなり、皆さんの反応が途絶えてしまって……皆さん、ご無事ですか?』

「……はい、重傷者はおりませんが、少々精神攻撃を受けました」

『! ……もしかして、あの、ホテルの時のシャドウが……出たんですか?』

「はい。しかし、問題はありません、殲滅しました」
143:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 18:48:00.59 ID:t8V4LTxho
アイギスは、何事もなかった、といった振る舞いでそう言った。
しかし、俺は、アイギスと岳羽さんには、しばらく休憩してもらったほうが良いと思う。が、彼女たちの問題に、俺が口を出す事はないだろうと、特に何も言わなかった。余計な口出しはしないに限る。俺の人生哲学だ。

『シャドウは倒せたんですね、よかった……あ、えっと……すみません、四人のほかに、そこに誰かいらっしゃいますか?』

「はい、おります。詳しい自己紹介は後ほど申し上げますが、私はあなたがたの味方です。ペルソナも持っています」

『本当ですか? あ、えっと、とにかく、今皆さんを中庭へと呼び戻しますんで、できるだけ一箇所に集まってもらえますか?』

言われたとおり、俺たち五人は体育館の中央にて、近しい地を踏みあう。

『集まりましたね? では……エスケープロード、発動します』

声と同時に、例の光の輪が、俺たち五人の頭上に現れ、一瞬にして視界を染めた。



………

中庭へ帰還した後。森さんが全員と挨拶を終えた時点で、時計の長針は零を通過していた。

「……向こうの状況は、あまり変わりないみたいね」

届いたメモに目を落としながら、朝倉がつまらなそうに言う。なかなかメモの内容を話さない朝倉に業を煮やし、俺は横からメモを奪い取った。


・森園生    → 協力せよ
・満月シャドウ → 三十分、職員室に。二体。

144:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 18:50:03.83 ID:t8V4LTxho
……相変わらず、必要最低限の情報しか書かれていない。

「連荘かよ。ま、さっさと倒しきっちまうのに越したこた無いんだけどな」

はあ。と、でかいため息を吐きながら、伊織がぼやく。確かに、いい加減動き尽くめで疲れた来た気はする。アイギスのペルソナが有する、カデンツァとかいう魔法で、ある程度は誤魔化せる物の、やはり精神的にも支えが欲しくなるところだ。
と、そうだ。精神的にといえば。

「山岸さん、岳羽さんとアイギスなんですが」

「あ……はい、なんとなく、わかってます。しばらく休んでもらおうかと」

俺が事の顛末をどこから説明しようかと悩むのを遮って、山岸さんは肯いた。

「ただ、その分、キョン君にもう少し動いてもらうことになるかも……大丈夫ですか?」

ここでもう駄目です、などとはのたまえるはずが無い。
しかし、何故また俺が必要なのでしょうか?

「あ、それは……ワイルドの人がいると、ナビゲートがやりやすいんです。最近気が付いたんですけど」

なるほど。つまり、俺かアイギスのどちらかは、メンバーに入っていたほうが好都合というわけか。仕方ない、いささか気疲れしているのは否めないが、ここは俺ががんばるしかないようだ。

「次は、十分に休憩が済んでる、コロちゃんと、キョンくんの妹さんに行ってもらおうかと」

マジですか。思わず口からそう洩れそうになる。
いや、ペルソナ戦士である月光館学園組が認める、コロマル氏もまた、立派なファイターなのであるのはわかっている。それはいいとして。

「妹は、ちょっと……」

と、俺が渋ると、山岸さんは困ったように眉を顰めた。
145:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 18:52:04.14 ID:t8V4LTxho

「そうですか……心配、ですよね」

無言で頷く、俺。
正直言って、シャドウとの戦いのさなかで、妹の身を確実守れるという保証はできない。自分の身を守るのが精一杯だ。

「大丈夫ですよ、お兄さん」

と、声を発したのは……天田だ。

「妹さん、僕と同い年なんでしょう? ペルソナを使って戦うには、十分ですよ。それに、彼女のペルソナの障壁は、純粋に戦力にもなりますし」

こまっしゃくれた物言い。温厚な俺も、少しばかりカチンと来た。

「何だ。戦力のためなら、妹も危険に晒せってのか?」

「妹さんはもう、身を守る手段も、戦う手段も持っている、と言いたいだけです」

「お前な―――」

「じゃあ、心配なら、僕も行きますよ」

お前が来たら何だって言うんだ―――と、言おうとして、俺はつい数時間前、自分が、天田と朝倉にリードされながら、ザコシャドウの群れを相手にヒーヒー言っていた事実を思い出す。

「お兄さんはご自分の身を守ることに専念してくださっていいですよ、もしもの時は、妹さんの身は、僕が引き受けますから」

「なっ―――」

「お、落ち着いてください、キョン君」と、困り顔の山岸さんが、俺と天田の間に身を擦り込ませてくる。
146:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 18:54:04.07 ID:t8V4LTxho

「俺の妹の身を、お前みたいな子どもに任せられるかよ」

小柄な山岸さんを挟んだ向かい側に向けて、俺は言い放つ。
すると、天田もまた、カチンと来たらしい。子ども、というのがキーワードのようだ。子どもキャラは大抵、子どもであることにコンプレックスを持っているものだ。

「だったら、彼女の同行を許可してあげてくださいよ。お兄さん自らがお守りすればいいじゃないですか」

「だから、それが確実じゃねえから、連れていけないと言ってるんだろうが!」

「だから、それでしたら僕に任せてくださいよ! ちゃんとお守りしてみせますから!」

「だーかーら―――」

「はいはい、無限ループって怖いわね」

白熱してきた俺と天田の間に、今度は朝倉が割り込んで来た。その姿を視界に捉えただけで、俺はヒヤッとする。実際、ちょっと冷えた。

「あのね、あなた。まず、妹ちゃんは、誰かに守られなきゃいけないほど弱くないの」

と、まずは俺の方を向いて、朝倉は言った。

「朝倉、お前には聞いとらん。大体、お前は校庭でのことを見ていただろうが」

こいつは、二体のシャドウに迫られ、怯えていた妹の姿を見たはずだ。だったら―――

「あなたこそ忘れたの? 校庭で妹ちゃんが見せたペルソナを」

……言葉が出ない。
もう何時間前のことだか忘れたが、俺たちは、倒したと思っていたシャドウに奇襲をくらい―――覚醒した、妹のペルソナに助けられた。
147:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 18:55:17.61 ID:t8V4LTxho

「見たでしょ、彼女のペルソナは、攻撃をそのまま、相手に返す。むしろ、今まで戦力に加えていなかったのがおかしいくらい、妹ちゃんは強いの。一人になった時だって、私たちが到着するまで、無事でいてくれたでしょ?」

「だから、戦力になるならなんでも利用するような姿勢が気に食わねえんだよ」

「あなた、現状を理解してる? 私たちの戦いは、世界をかけた戦いなのよ」

一本指を立て、言い放つ朝倉。

「あなたがシスコンなおかげで、その戦線に異常が発生したら困るの。はっきり言って、その場合、あなたは邪魔になるわ」

「なっ……」

「天田君、あなたも」

次に、朝倉は天田の方を向き、

「あなたが私たちと比べ物にならないくらいの経験を積んできたのは分かるし、それだけ、彼の未熟な精神が目に付くのは分かるけど、あんまり自分を過信しないの。どんなに強くても、やられる時はあっさりやられるのよ」

「む……」

めちゃくちゃ強いのに、消されるときはあっさり消された朝倉の言葉だ。そう考えると、深い。

「それに、二人共。本人の意向を全く汲もうとしないあたり、本当に子ども。どっちもね」

と、そこで気づく。俺たちから少し離れた場所で、言い争う俺達を、コロマルと共に、表情を翳らせながら見つめているのは、俺の妹だ。

「本人の意向?」

「妹ちゃんが、自分から、戦いたいって言ったのよ」
148:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 18:58:28.33 ID:t8V4LTxho
俺が視線を向けると、妹は、ばつが悪そうに視線を逸らした。

「あの、わたしも、キョンくんたちの力になりたいなって……今、ハルにゃんの力で、すごく困ってるっていうから……」

目を合わせないまま、そう言う妹。

「あのな、しかし、お前は……」

「それに、わたしだって、影時間から出たい……早く元の世界に戻って、みんなに会いたい」

そこまで言った後、妹は、俺と視線を合わせ、

「コロちゃんだって、乾くんだって、みんなのために戦ってるのに、わたしだけ、何もできないのは……やだよ」

と、いつもより低い声で、そう言った。
……そうか。思えば、こいつは、俺がこのタルタロスに捕らわれてしまったことが原因で、巻き込まれてしまったんだったな。

「……未熟な俺が言うのもなんだが、戦うのは、辛いぞ。痛いし、疲れるぞ」

「うん、しってる……それでもだよ」

「……そうか」

俺は今まで、相当身勝手な兄貴だったのかもしれない。

俺が守ろうとしていたのは、俺が勝手に思い浮かべた、か弱い妹という、偶像だった。
妹自身が何を思っているのかなど考えず、一方的に、助けるだの、守るだの……
これじゃ、俺は子どもだ。天田や妹よりも、ずっと。
妹を戦いに迎えるのには、俺にとって、正直、かなり勇気がいることだ。
だけど、妹は……俺が出そうか出すまいかとしている勇気より、ずっと大きな勇気を、幼い胸の中に芽生えさせていたのだ。
149:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 19:00:03.44 ID:t8V4LTxho

「……わかった」

俺が、今、勇気を出さないで、どうする。
俺が、妹を信じないで、どうする。
目を見つめ、俺が頷くと、妹は、表情を和らげた。

「うん、わたし、頑張るから」

いつもの……とまではいかないが、明るい笑顔を見せる妹。
俺はそれを見届けた後、朝倉と、山岸さんを振り返った。

「すまん、迷惑をかけた」と、俺が頭を下げると、

「いえ……いいお兄さんに、なれるといいですね、キョンくん」

「大丈夫よ。妹ちゃんは、あなたとはいろいろな意味で、似てないもの」

二人は、一方は笑顔で、一方は余計な一言をつけて、反応を返して来た。
……よし。ネジの巻き直しと言わんばかりに、俺はポケットに突っ込んでいたチューインソウルを口に放り込む。うえ、まっず。

「行きましょう、山岸さん。メンツは、俺と妹、コロマルと……あとは?」

「僕ですよ、お兄さん」

「ホントに来る気か、お前」

「ええ、心配ですから。乗りかかった船です」

可愛くねえガキ。一時はよく出来たやつだと思ったが、ただ性格が弄れてるだけだ、こりゃ。
150:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 19:02:02.69 ID:t8V4LTxho

「ワン!」

コロマル氏も、フルチャージであることをアピールするように、元気に吠えた。
少々、平均身長の低いパーティーだが、やってやろうじゃねえか。

「さて、それじゃあ、行ってもらおうかな。山岸さんにも少し休んでもらうから。ナビは私がやるわよ」

と、言ったのは朝倉。確かにお前も、最初の頃は、俺たちのナビをしてくれたが……山岸さんのナビゲートの正確さと比べると、正直、心細く思えてしまうぞ。

「馬鹿ね、ペルソナは成長するのよ。戦闘面だけじゃなく、サポート面の力だって上がってるわ」

なるほど。本人がそう自負するのなら、任せるとしよう。
仮に、いざ朝倉じゃ駄目だとなれば、その場で山岸さんに代わってもらうことも、無理ではないだろうし。

「頼むよ、暫定リーダー」

微笑む朝倉に背を押され、俺たちはタルタロス本棟を上り始めた。



………

『あ、そこの窓を……硝子部分に向かって飛び込んじゃって。ちょっと怖いかもしれないけど、消えちゃうから』

山岸さんのそれと比べても遜色がないくらい、朝倉のナビゲーションの精度も、かなり上がっていた。
ただ、山岸さんが、俺たちの恐怖心を煽らないよう、やんわりと伝えていてくれた事を、むき出しのハリセンボンを投げつけるように伝えてくるので、なんだ、精神力が摩耗してゆくのを感じる。
際限なく湧いてくるシャドウどもを、主に俺のダンテの体術、天田の放電、コロマルの炎でちぎってはなげ、ちぎってはなげ……
そうして、気づいたときには、職員室の扉の前へとたどり着いていた。
151:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 19:04:01.58 ID:t8V4LTxho

『時間は、三十分を少し過ぎたところよ。今のところ、通信に異常はないよね?』

「はい、大丈夫です」

天田が、ありもしないイヤフォンを弄るような動作をしながらそう返答する。ドアの向こうに、シャドウが居るらしき気配はない。しかし、体育館の時のようなケースもあるので、慎重を心がけるに越した事は無い。
引き戸に手を当て、後ろの三人を振り返る。天田とコロマルは、神妙な顔つきで肯き、妹は、なにやらワクワクしたような笑顔を浮かべていた。メンタル強いな、我が妹よ。

「いくぞ」

ガラ。俺が腕を引くと同時に、そんなチープな音と友に、目の前が開ける―――

はずが。

「……なに、これ、机?」

現れた光景を前に、流石にぽかんとした様子で、妹が呟く。
ああ、見たところそのようだ。俺にとっても見慣れた、北高備え付けの机と椅子。それらが、まるで昔のどこかの映画で見たようなバリケードのように、無造作に積み上げられているのだ。そんなおかげで、部屋の中の様子などは判りもしない。

「……新手の、嫌がらせですかね」

嫌がらせか。同じ精神攻撃の一種でも、体育館のヤツらと比べて、えらく可愛いもんだな。同時に、よりいっそう理不尽な苛立ちを感じないでもないが。

「ダンテ!」

分厚いバリケードに向けて羽ペンを薙ぐ。一瞬、触れたら爆発でもしないかと心配したが、そういった事象は起きず、バリケードは容易く吹き飛んだ。何だったんだ、マジで。

そこらに散乱したバリケートの残骸(別名、机及び備え付けの椅子である)を蹴飛ばしながら、ずかずかと職員室内へと入っていく。
俺の目に映る限り、室内に、シャドウらしき姿は見当たらなかった。連中のトレンドは、姿を隠すことなのだろうか。
ペルソナを解除しないまま、俺は背後の三人に、それぞれペルソナを召喚するよう促す。言われるまでもなく、天田とコロマルは、既に体から、青い光を発し始めていた。
152:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 19:06:02.12 ID:t8V4LTxho

「朝倉、シャドウの反応はあるか?」

と、小声で空中に問いかける―――が、反応がない。

「もしかすると、満月のシャドウの力に、妨害されているのかもしれませんね」

数度、朝倉に通信を試みたところで、天田が口を開いた。

「前の影時間の時も、こうだったのか?」

「いえ、以前は可能でした。満月の日は、風花さんが近くまで接近していましたし、今回と状況は少し違いますが」

と、頭を振ったあと、

「でも、僕が見たことのあるシャドウの中で、姿を隠すようなシャドウは、もう居ないはずです」

と、断言する天田。
経験豊富なペルソナ戦士がそこまで言うからには、今回のシャドウは、その事例に該当しない……つまり、天田の見たことのないシャドウなのだろうか。
朝倉のナビが有効なら、残されたシャドウの中で、その条件に見合うシャドウと、その特性を、月光館学園組にうかがうこともできるが、あいにく通信は滞っている。
残るは……

「コロマル、何かわからないか?」

「クゥン?」

ですよねー。
結局、今までどおり、いきあたりばったりだ。こんちくしょう。
……と、その時。
―――これは一種の奇跡と言っても良いだろう。俺がたまたま視線を向けていた、天井の一点に、とある変化が生じた。
153:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 19:08:06.74 ID:t8V4LTxho

ぴき。

端的に表現すれば、亀裂だ。いびつな模様の欠かれたパネルが敷き詰められた天井に、突如、亀裂が入ったのだ。
まさか、バリケードを破った際の衝撃で、ヒビが入ったのか、いや、無いだろう。天井でなく、この部屋の床が抜けるほうがまだ話がわかる。

床が抜ける。
そうだ。床が抜けたら、下の階層の天井が抜けるわけだ。

「避けろ!」

俺が叫ぶとほぼ同時に、コンクリートの粉塵を空中に撒き散らしながら、巨大な白い兵器が、混沌とした職員室の中央に降臨した。

「うわっ!」

声を上げたのは、俺と天田が同時にだった。間一髪のところで、全員、降り注いだ兵器の総重量を、一身に背負う役目からは遁れられたようだ。
その代わりに、丁度その空間に転がっていた、バリケートの残骸たちは、金属部分はひしゃげ、木製の部分は見事なまでに粉々になりと、散々な有様だった。

「なにこれ、戦車!?」

妹が叫ぶ。その通り。俺達の眼前に現れたのは、一台の戦車だった。しかし、一介にそれと知られているものと比べると、いささか、サイズが小さいような気がする。
戦車は、我々の予想範囲をはるかに超えた、柔軟な動作で蠢き、カラカラと笑い声を上げ始めた。

「こいつですね……まずいな、僕が見たこと有る奴じゃないや……」

天田が小さく舌を鳴らし、そうぼやく。俺の推理は、どうやら当たってしまったらしい。俺を含めた四人の体から、同時にペルソナの光が発せられる。

「行け、ダンテ!」

先手必勝。俺は先陣を切り、ダンテを召喚した。
154:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 19:10:01.86 ID:t8V4LTxho
見るからに屈強そうなシャドウの装甲に、閃光と共に、ダンテのペン先を叩き込む。
一瞬のインパクトの後、ジーンと、俺の腕に痺れが走る―――予想はしていたが、硬い。こっちの柄モノが刃こぼれを起こしそうだ。
シャドウは、ダメージを受けた様子などなく、砲身をあちらこちらに振り回しながら、カラカラと笑い続けている。

「援護します、カーラ・ネミ!」

天田の声と共に、その体から巨大なペルソナが出現し、両手に位置するパーツを、シャドウに向けた。電流が弾け、帯となり、放たれる。バチバチと音を立てながら、電撃がダンテを追い越し、シャドウを襲った。

「ワオーン!」

続けざまに、今度はコロマルが吠え、ペルソナを繰り出す。三つ首の犬の姿のペルソナ。三つあるうち、一つの頭の口から、炎の球が発せられ、一直線の軌道を描きながらシャドウの体を覆う。
しかし、二つの魔法攻撃を一身に浴びて、なお、シャドウは景気よく笑っていた。確か、戦車は、車と同じで、落雷を食らっても、内部にダメージはないと聞いた事がある。そういった原理が働いているのか?

「―――」

余裕たっぷりに笑い続けていたシャドウが、ようやくまともな攻撃を放った。一瞬、考え込むように、砲身を一点に向けたあと、その砲口から、紫がかった霧のようなものを噴射し始めたのだ。

「何だっ?」

勢いよく噴射された霧が、職員室中の空間を支配し始める。同時に、鼻をつく、悪臭。

「まずい、毒です!」

口元を押さえながら、天田が叫んだ。あれか、毒霧ってやつか。しかし、害毒性はムタの比じゃない。コロマルに至っては、鋭い嗅覚が災いし、バリケードの残骸にうもれて横たわっていた。
充満する紫の煙が目に染みるのを感じながら、俺は薄目で周囲を見渡す。まず、この霧を何とかせねば。

「だ、ダンテ!」

呼吸をこらえつつ、ダンテを放つ。向かう先は……屋外へ通じる、窓側の壁。
規則正しく並ぶ窓ガラスに向かって、ダンテは羽ペンを薙ぎ払った。
155:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 19:12:02.65 ID:t8V4LTxho
一閃、爆発音にも似た破壊音と共に、十数枚ほどの窓ガラスが、一度に砕かれた。幸いなことに、外は風が強い。狭い空間を、空気が移動する音がして、タルタロスの外へと、毒霧を含んだ空気が零れだしてゆく。

「ぷはっ」

数秒後、もうある程度毒が薄まったと判断したのか、天田が足りない酸素を求めて、呼吸を再開した。
ほぼ同時に、俺と、妹も、すっかり欠損した酸素を補うために、あわてて横隔膜を動作させる。

「この野郎……ボッコボコにしてやる」

姑息な奇襲に加えて、姑息な攻撃手段をくらい、俺の温厚さは遥か彼方に飛んでいった。闘志がメラメラと湧いてくる。それに呼応するように、ダンテの羽ペンが閃光を放ち始めた。

「くらいやがれ!」

沸き立つ情念を吐き出すように叫ぶ。ダンテが一直線にシャドウへと接近し、たっぷり助走を付けての薙ぎ払いを、砲身部分に向けて叩き込んだ―――
と、思った瞬間。

スポン。

砲身が、土台ごとすっぽ抜けた。

「何っ!?」

標的を失い、敢無く空を切るペン先。
何が起きた―――職員室内に、何かが羽ばたくような音が響く。音を発しているのは、たった今、戦車からすっぽ抜けた、砲身だ。
白い仮面を被った、小人の様なシルエットが、砲身を抱え、まるでハチドリが飛ぶかのように、空中に浮遊しているのだ。

「分離した……!」

天田がそう告げると同時に、俺は状況を理解する。
そうだ、思い出した。職員室に出るシャドウは、『二体』だった。
156:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 19:14:01.13 ID:t8V4LTxho
戦車の中から現れた、第二のシャドウは、うろたえる俺をあざ笑うかのように、空中でくるくると回った後、天田と妹が居る方向へとすっ飛んで行った。

「まずい、そっちに行ったぞ!」

そう叫ぶと共に、二人を振り返ると、天田がペルソナを召喚し、迫り来るシャドウに向け、電撃を放っていた。
発光と共に、不規則な光の帯が、砲身シャドウの小さな体に叩き込まれる。ダメージは通ったようだが、浅い。シャドウは僅かに身を竦ませた後、抱えた砲身の砲口を天田に向け、そこから、小粒な弾丸を放った。

「ラウレッタ!」

弾丸は、妹のペルソナが作り出した壁に着弾し、直後、似たような形のエネルギーとして、反射された。が、砲身シャドウは素早く空中を移動し、反射エネルギーの直撃を回避する。
俺もそちらへ加勢しようと、ダンテを構える―――と、それを遮るように、天田が一言、叫んだ。

「後ろです、お兄さん!」

言われるがまま、振り向くと―――あの戦車型のシャドウが、機体をウィリーのように持ち上げ、俺の体へと伸し掛かろうとしている、まさにその瞬間だった。

「うおっ!?」

咄嗟に飛び退く。直後、俺の立っていた空間に、シャドウの前輪が叩きつけられ、轟音が鳴り響いた。シャドウは、しくじった。とばかりにキャタピラを唸らせると、再び、前輪を持ち上げ、まるで直立するような体制で、俺の前に立ちふさがった。

「このヤロ……ダンテ!」

俺は、直立したシャドウの土手っ腹―――黄色い仮面がへばりついている―――に向けて、ダンテの剣閃を放つ。が、ガキイ、と、硬い音を立てながら、羽ペンは止められてしまう。
ちくしょう、斬ってもダメ、電流もダメ、こいつは、今の俺たちの編成と、相性が悪すぎる。
戦車は再び、全体重をかけて俺を叩き潰そうと、体を傾かせてくる。幸いなのは、攻撃がワンパターンな上、大振りなため、回避することは難しくないと言う事くらいだろうか。

「カーラ・ネミ!」

シャドウの伸し掛かりを回避し、天田たちのほうへ視線を飛ばすと、丁度、天田の繰り出した放電攻撃が、シャドウの脳天を打った所だった。
あちらは、まもなく片付きそうだ。まもなくコロマルも回復するだろう。戦車をどうにかするのは、その後……というのが、得策だろうか。
157:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 19:16:01.45 ID:t8V4LTxho

「今度はっ!」

続けざまに電撃を放つ天田。シャドウもこればかりは回避できないらしい。何しろ光速だ。
放たれた一撃を、再び脳天に受け―――シャドウは、抱えた砲身を床に落とし、ブスブスと音を立てながら、やがて自らも地に落ちた。よし、まず一匹。残るは、こちらだ。

「天田、こっちを頼む!」

「はい―――」

と、俺の呼びかけに、天田と妹が駆け出した、その時だった。

「―――」

俺の目前で、戦車シャドウが、キャタピラを空回りさせ、声とも稼動音ともつかない、奇妙な音を発したのだ。何だ、次は何をしてくるつもりだ?
身構え、戦車の動向をうかがう……しかし、戦車は動かない。数秒静止したのち、また、何事もなかったかのように、体を持ち上げ、直立した。
……何か、嫌な予感が、俺の背筋を走った―――直後。

「わっ!?」

妹が、声を上げた。俺は、戦車の行動に注意をはらいつつ、声の下方向を振り返る。すると、そこに、あの砲身シャドウの姿があった。先ほど真っ黒に焦げた事を、忘れてしまったかのように、フルチャージで空中を浮遊している。

「復活した……!」

俺の近くまで接近していた天田が、たった今、自分が駆けてきた軌道を振り返りながら、呟く。
復活。まさか、この戦車が、復活させやがったのか。

「すみません、お兄さん!」

俺に一言をかけた後、再び砲身シャドウの方へと駆けてゆく天田。
158:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 19:18:02.34 ID:t8V4LTxho
つまり、何だ。この戦車の方を先にぶっ倒さねばいかんというわけか。
策はないわけではない。こいつの装甲は、ダンテのペンでは貫けないが、一箇所だけ、弱点と呼べそうな点が思い当たるのだ。

「行くぞ、ダンテ」

砲身シャドウを天田と妹に任せ、俺は戦車シャドウと対峙した。
シャドウは懲りずに、俺に伸し掛かり攻撃を仕掛けてくる。いい加減、この部屋の床、抜けるんじゃないだろうか。サイドステップでそれを回避し、俺はダンテを放つ。狙うは、戦車が再び直立するまでの、この短い時間。
先ほど、砲身シャドウと分離した事で、ガラ空きとなった、もともと砲身があった部分。その一点を狙い、ダンテは羽ペンを逆手に構え、戦車シャドウの体表に飛び乗った。
シャドウの体が、狼狽えるように体を震わせる。思ったとおり、その部分には装甲がなく、くり抜いたように、シャドウの体内へと続いているようだった。逆手に握り締めた羽ペンを振り上げ、ペン先を突き立てる。
シャドウは、ギュルギュルと音を立てて、キャタピラを戦慄かせた後、ビクンと大きく体をのたうたせた後、やがて動力を失い、沈黙した。
よし、今度こそ、一体撃破。
動かなくなったシャドウの体から羽ペンを抜き、天田と妹のいる方へと視線を向けると、片膝を地に着け、ペルソナを召喚する、天田の姿が目に入った。

「おい、大丈夫か、天田!」

「平気です、少し消耗しているだけで……でも、まだ……」

話しながらも、ペルソナを解除せず、電撃を放ち続けようとする天田。しかし、精神力が尽きつつあるためか、電圧は下がりつつあるようだ。

「くっ」

「乾くん!」

ついに、天田のペルソナが解除された。砲身シャドウが、今がチャンスとばかりに飛び回る。しかし、攻撃を繰り出す様子はない。
……まさか。

ギュルルルル。

怪音が響き渡り、俺は戦車のシャドウが居た方へと向き直る。
元気いっぱいにキャタピラを唸らせ、立ち上がる戦車シャドウ。―――おい、どういう冗談だ。これは。
159:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 19:20:01.14 ID:t8V4LTxho

「こいつら、お互いを……」

天田が、表情をこわばらせながら言う。―――ああ、そういうボスキャラって、よく居るよな。同時に倒さなきゃ、復活するやつらとか。ベホマ使う魔王とか。現実に遭遇すると、こんなにも面倒で、こんなにも厄介なのか。

同時に倒す。
それが答えか?
しかし、天田の精神力は尽きてしまった。俺は砲身シャドウの敏捷性についていける自信はないし、妹はカウンター専門だ。
残るは……

「ワン!」

俺の考えを遮るようにして、天田の傍らで横たわっていたコロマルが声を上げ、体を起こした。
そうだ、コロマルのペルソナなら―――俺の頭の中で、いくつかのパーツが、音を立てて組み立てられてゆく。
そうして浮かび上がったのは、この二体のシャドウを封殺するための、『包囲網』の図。

「……なんとかなるかもしれん」

俺が呟くと、砲身シャドウを挟んだ向こう側で、天田が不思議そうな顔をした。

「……コロマル、こっちへ!」

動き出した戦車シャドウに向き直りながら、俺がそう叫ぶと、コロマルが相槌を打つように、ひとつ吠えた。
素早い動きで、砲身シャドウの脇をすり抜け、俺のもとへ駆けてくるコロマル。それを目で追うように、砲身シャドウが、こちらへと向き直った。

「よし、やれ、コロマル!」

俺が叫ぶと同時に、コロマルは床を蹴り、ペルソナを召喚しながら、室内を飛び回り始めた。炎を纏ったコロマルのペルソナが、あたりの空間に炎を灯し始める。俺は肌にその熱を感じながら、前後に迫る二体のシャドウを足止めすべく、ダンテを召喚した。
問題は―――『包囲網』が完成するまで、俺がこいつらを、一手に担えるか、というところだ。
160:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 19:22:00.71 ID:t8V4LTxho

「キョンくん!」

「悪い、天田を頼む!」

妹に、短くそう伝え、俺は二体のシャドウを交互に見た。直後、砲身のシャドウが、俺に向けて弾丸を放つ。同時に、戦車のシャドウが、俺を押しつぶそうと倒れ込んでくる。俺は窓際の方向へと飛び、二つの攻撃を回避する。
戦車は、障害物の多い室内で、よりによってキャタピラなんぞを履いているものだから、回避した俺をすぐには追撃できず、ギュルギュル言っている。砲身のほうは、すぐさま照準を俺に合わせ、またも射撃を試みようとしていた。

「ダンテ!」

両方のシャドウを視界の中に収め、俺は砲身シャドウに向けて、ダンテの刺突を見舞う。戦っているうちに、コイツの弱点もわかってきた。基本動き回っていて、素早いので攻撃が当たり難いが、射撃を放つ瞬間だけは動きが止まる。狙うは、そこだ。
攻撃を食らったシャドウは、砲身を床に残し、一直線に部屋の隅へと飛んでいった。

「ワオーン!」

と、そこに、コロマルが炎を吐きつける。バタバタと翼を羽ばたかせ、その場から飛び立つシャドウ。
しかし、移動した先にも、炎。
そう、コロマルの働きによって、もはや職員室内は、ちょっとした火災現場と呼んでいい様相を呈していた。

「ラウレッタ!」

妹のペルソナが、自分と天田の前に、炎を遮る、桃色の障壁を作り出す。

「キョンくんも、こっち!」

と、妹が叫ぶ。しかし、そういう訳にはいかない。俺には、時間稼ぎという役割があるのだ。
砲身シャドウは、取り落とした砲身を拾い上げようとしているが、炎に阻まれて上手く拾えないらしい。
その間に、俺は、ようやくこちらを向いた戦車シャドウと対峙した。
ようやく、伸し掛かり攻撃は効果がないと見たのか、今度は突進を仕掛けてくるつもりらしい。キャタピラを唸らせながら、助走をつけるように、僅かに後退する戦車シャドウ。
やがて、十分な助走を付け、炎の中、進撃してくる戦車。俺は闘牛の要領で、それを回避する。ドデカイ音を立てながら、壁に突っ込む戦車。
161:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 19:24:04.46 ID:t8V4LTxho

「ワン!」

コロマルが一声鳴き、砲身シャドウが俺に迫っていることを伝えてくれた。ようやく拾い上げた砲身を俺に向け、弾丸を放つシャドウ。
ダンテが羽ペンを振るったが、わずかに遅く、弾丸はダンテの右肩へと着弾した。痛烈な痛みが、俺の右肩にも伝わってくる。

「無茶です、お兄さん!」

どうやら天田は、俺が何を狙っているのか、予想がついたらしい。障壁の向こう側から、俺に向かって叫んだ。―――ああ、無茶だよ。しかし、現状で、こうする以外に、こいつらを倒す方法が思いつかないんだ。
コロマルのペルソナの炎が、視界を埋め尽くしてゆく……耐え難い熱を体に感じながら、俺は、俺の狙い通りの行動を、シャドウがとってくれることを願った。
周囲を覆う炎に、砲身シャドウが、飛び回りながら、炎のない場所を探す。が、室内はもはや大火事だ。炎が及んでいないのは、妹が張った障壁の向こう側のみ。
やがて、砲身シャドウは、無為に飛び回るのをやめ、ある一点を目指して、一直線に飛び始めた。シャドウが向かった先は―――相棒である、戦車シャドウの中。
ぽっかり空いた穴に体を突っ込み、初めにこの部屋に現れた時と同じ姿となる、二体のシャドウ。

熱いし、息苦しい。しかし、思わず笑が出た。。
炎の海で、逃げ場を失った砲身シャドウ。避難する先は、熱が内部まで伝わることはないであろう、戦車の装甲の中。
そして、その状態なら、一度に叩ける。加えて、炎の熱で、戦車の装甲も柔くなってきている事だろう―――問題は、その装甲を、俺が、ぶち抜けるかどうかだ。

「ペルソナ……」

合体したシャドウの前に立ち、ペルソナの召喚を試みると、青い光に包まれた俺の視界の中に、一枚のカードが現れた。
ペルソナを、初めて召喚した時に見たものと似た、タロットカードらしきカード。その表面には、『ⅩⅤ』の数字が刻まれている。
自分の中から、今までに感じた事のない、新しい力が湧いてくる―――
そうか。
―――こいつは、俺のペルソナなのか。

指先でカードに触れ、溢れ出す、その力の、名前を呼ぶ。


「来い―――『ネミッサ』!」
162:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 19:26:03.76 ID:t8V4LTxho
真っ黒なフェイクレザーの衣装を身にまとった、銀髪の女性。それが、俺のペルソナ……ネミッサの姿だった。
俺の体から放たれたその姿が、両手を頭上へと掲げると、俺の周囲の空間に、握り拳の形をした、わずかに透明がかった、エネルギーの塊が現れた。
それも、無数にだ。


 ―――『戦の魔王』


脳裏に声が響くと同時に、一斉にエネルギーが解き放たれ、シャドウの装甲に食らいついた。ダンテの羽ペンを弾き返した、強固な装甲が見る見るうちに、拉げて行く。
キャタピラが外れ、ベコベコになった戦車から、砲身部分が、緊急脱出。と言わんばかりに飛び出そうとする。しかし、降り注ぐ拳の雨の中を掻い潜ることは出来ず、小人の姿のシャドウは、顔面に拳を叩き込まれ、壁に向かって吹っ飛んで行った。
徹底的に殴り潰され、車体が黒い霧に変わり始めた頃、ようやく、拳の雨は止んだ。初陣を圧倒的勝利で飾り、俺の中へと還ってゆくネミッサ。
宣言通り、ボッコボコにしてやったぜ。どうだ、恐れ入ったか。

「キョンくん……すごーい!」

部屋の隅のほうから、甲高い声が、俺を褒めたたえた。桃色の壁の向こうで、妹が目をキラキラさせている。
そして、その傍らで、ぽかんとした表情を浮かべていた天田は、俺の視線に気づくと、

「……今の作戦は無茶ですよ。うまくいったから、良かったですけど」

と、視線を下に落としながら、ブツブツと呟いた。へっ、うるせー。終わりが良けりゃ、全て良いんだよ。

「……ま、ただ突く、殴るだけだった頃よりは、ずっといいです」

ようやく微笑みを見せる天田。

「それに、なんだかリーダーらしくなってきました。以前のリーダーや、アイギスさんと比べたら、まだまだですけど」

にこやかな上から目線が癇に障るぜ。
いいから、お前はチューインソウルでも食ってろ。SAN値補給だ。
163:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 19:28:03.88 ID:t8V4LTxho

「ワン!」

と、勝利に貢献してくれたコロマルが、俺のそばへと駆け寄って来る。
お前もよくやってくれた。お前の炎がなけりゃ、詰んでたかもしれん。メラメラと燃え盛る炎の海を見回し、俺はコロマルの頭を撫でてやった。
……ところで、そろそろ炎の方を何とかしてくれないか? 俺の体が、そろそろヤバイ。
俺が頼むと、コロマルは少し首をかしげたあと、

「ワン!」

と、もう一度吠えた。
するとどうだろう、職員室内を埋め尽くしていた炎の海が、残らず消えてしまったではないか。アヴドゥルさんもびっくりだ。

「時間は……あと十分で零時ですね。朝倉さんからの連絡を待ちましょう、シャドウを倒したんだから、繋がるはずです」

天田の言葉に従い、俺達はひと時、荒れ果てた職員室内で、僅かの間だが、休息を取ることになった。
見ると、ダンテが空けた、壁の大穴から見える空に、例の金太郎飴的満月が浮かんでいる。

「綺麗だねー、ほらほら、乾君も見て」

「……あんまり、良い思い出は無いですけどね」

「クゥン」

影時間に浮かぶ満月か。
これまで倒してきたシャドウは、全部で十体。あと二体のシャドウを始末すりゃ、この光景ともおさらば出来るわけだ。
すんなりと、事が進んでくれるのを祈っておくとしよう。

あー、火傷した。
こりゃ、帰ったらカデンツァだな。
164:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 19:30:01.78 ID:t8V4LTxho



……

かくして、職員室に現れた二体の満月シャドウを見事撃破した俺たちは、山岸さんの力によって中庭へと舞い戻り、改めて、無事に事が進んだことを伝えた。

「戦車って事は、あの、地下ん時の奴だな」

と、ペットボトルのミネラルウォーターから口を離して、伊織。

「ごめんなさい、私たちちゃんとナビできていれば、もっと早く倒せたんですよね」

「いえ、気にしないでください」

「そうよ、シャドウに妨害されちゃうんだから、私たちに非はないわ」

「朝倉、お前はもう少し気にしてもいいんだぞ」

さて。時刻は例によって、まもなく零分。新たな影時間の始まりであり、長門からの定期連絡が届く時間でもある。

「後二体か。どうせなら、一気に出てきちゃってほしいわね」

朝倉が、まるで他人事のように言ってくれる。最近、戦闘に参加してないからと言って、なんと無責任な奴か。
やがて、差し出された、朝倉の手の平に、折りたたまれたメモ用紙が現れる。

「……」

メモに視線を落とす朝倉の表情が、一瞬こわばったのを、俺は見逃さなかった。
165:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 19:32:04.60 ID:t8V4LTxho

「……どうしたんですか? もしかして、また、よくないことが?」

心配そうに山岸さんが尋ねる。朝倉は、神妙な顔つきで俺たちを見た後、

「山岸さん、ちょっと、協力してもらえる?」

「は、はい? 何を……ですか?」

朝倉の突然の申し出に、山岸さんが、頭上にクエスチョンマークを浮かべる

「影時間への適正を持った一般人が、今になって、急増してるらしいの。もしかしたら、興味本位で、タルタロスに迷い込んでるような輩が、いないとも限らないわ」

「わ、わかりました。二人で力をあわせれば、ある程度の範囲をサーチすることが、できると思います」

「じゃ、ちょっとごめんね」

そう断りを入れた後、朝倉の両手が、山岸さんの両手に触れる。

「ベアトリーチェ」

「ユノ」

二人がほぼ同時に、自分のペルソナを召喚する。
考えてみれば、山岸さんのペルソナを実際に目にするのは、これが始めてかもしれない。赤色を貴重とした、女性型のペルソナだ。よかった、なんかガチムチとかそういう意外な路線じゃなくて。

「……」

二人は言葉を発さず、目を閉じたまま、微動だにしない。
おそらく、今、二人の意識は、ペルソナの力を伝い、このタルタロス中へと張り巡らされているのだろう。
166:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 19:34:01.80 ID:t8V4LTxho
一分ほどは、その状態が続いただろうか。俺たちは固唾を呑みつつ、二人のサーチが終わるのを待った。

「……一応、なのですが」

ふと。二人のサーチ中、背後から森さんに声をかけられた。

「影時間の間、この北高に続く周辺の経路を、適正のある機関がらみの人員で封鎖しているんです」

相変わらず、彼女らの機関とは、なんとも根回しの良い組織だ。
それならば、誰か無害な一般人が、このタルタロスへ巻き込まれてしまうことは無いと思っていいのですか?

「そう思いたいところですが、何分、機関も、人員が豊富ではありませんので、確実にとは言えません。周辺の住民に怪しまれることを懸念して、封鎖するのは本当に影時間の間だけです」

となると、やはり、誰かがタルタロスに迷い込むとしたら、俺や妹のように、夜の北高からタルタロス直行コースが濃厚か。

「可能性はゼロとは言えません。今は彼女たちに委ねましょう」

森さんの視線が俺から外れ、目の前で手を握り合い、目を瞑ったまま宙を仰いでいる二人を見つめる。俺がその視線の先を追った瞬間。二人の頭上に浮かぶペルソナの姿が消えた。青白い光が止み、ゆっくりと、二人が目を開ける。

「……風花、どうだったよ?」

伊織の言葉で我に返ったように、山岸さんの表情が、焦りに染まる。

「た、大変です。一人、私たちとは別に、このタルタロス内に……」

その言葉を聞いた俺は目を見開き、朝倉を見る。朝倉は、先ほどと同様、神妙な表情のまま、

「現在の居所は、校門前。たった今、迷い込んできたっていう感じね」

久々の救出任務か。俺は溜息を吐きかけて、やめた。今は、やれやれなどとボヤいている時ではない。
167:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 19:36:02.60 ID:t8V4LTxho

「その闖入者と、と通信は出来ないんですか?」

俺が訊ねると、山岸さんは首を横に振り、

「すみません、試してはみたんですが、上手くいきませんでした。どうも、ペルソナ能力に目覚めていない人には、通じにくい傾向があるので……」

なるほど、つまり。

「いざ、救出に向かいましょう。お二人は、引き続きサーチをしながら、もし、ターゲットが移動するようなことがあれば、連絡してください」

口を開いたのは、アイギスだった。
どうやらアイギスは、今回のクエストに参加する気のようだが、彼女もまた、体育館での一件で、少なからずのダメージを受けているようだった。あれからまだ、体感時間としては小一時間ほどしか経過していないが、大丈夫なのだろうか。

「ご心配なく、もう充電完了です」

俺の思考を読み取ったかのように、アイギスはそう宣言する。その目は、爛々と燃える炎を映すかのように輝いていた。
本人がこう言うのだから、きっと気持ちの整理も付いたのだろう。アイギスは、まるで旧日本軍の兵隊のように、型の決まりきった敬礼をした後、

「キョンさん、森さん、順平さん。ご同行を願えますでしょうか」

と、的確に、三人のペルソナ使いを指名した。

「あー、そだな。ゆかりっちは、もうちょい、休んどいて貰うとして……んじゃま、行っちゃうかね」

「ご一緒させていただきます。前線は私にお任せください」

最前線を自ら希望するメイドさんというのも、また随分レアなものだ。しかし、彼女の話を聞いた限りでは、森さんのペルソナは、ゴリゴリの、体術系専門のルソナであるというのだから、仕方がない。ちなみにアルカナは『刑死者』だそうだ。あ、ちなみに妹は『星』な。
そして伊織。伊織もまた、攻撃力には定評がある。アイギスはもはや、言わずもがな。おまけに回復だって出来る。
なるほど、『ガンガンいこうぜ』が似合うパーティーの出来上がりだ。俺のペルソナも脳筋だしな。
168:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 19:38:01.13 ID:t8V4LTxho

「朝倉さんと一緒にナビゲートします、出発してください」

山岸さんの言葉を合図に、俺たち四人は駆け出した。
……闖入者が、どこの誰かは知らないが、できるなら、俺たちが到着するまで、無事でいてくれ。



………

かくして。アイギスを先頭に、森さん、伊織、俺とが続き、タルタロスの混沌とした経路を駆け抜けてゆく。
月光館学園組に、『前のタルタロスはここまで厄介じゃなかった』と言わしめるだけあって、本棟内の作りは果てしなく難解であり、ひどく可変的なものだ。山岸さんと朝倉のナビゲートに従い、できるだけシャドウとの戦闘を避けながら、校門を目指した。

『そこ、通路を右に折れると、昇降口に出るはずです。くれぐれも、中庭側でなく、正門の方へ向かってください!』

このメンバーで、北校内の造りに詳しいのは俺だけだ。

「左側だ」

廊下を駆けながら、前方を走る三人に叫ぶ。三人は、俺の声に応える事こそせずとも、昇降口に辿り着くや否や、指定したとおりに、左側の押し戸に向かって軌道を変えてくれる。
ガン。と、硝子と金属によって造られたドアが、音を立てて開け放たれる。

久方ぶりに目にする、北高の正門前の風景。つい十数時間ぶりに見たその光景は、まるで、もう何十年も離れていた風景のように見えた。
そして……その見覚えのある世界の中で、極端な違和感をかもし出している、イレギュラーなオブジェ。

昇降口からまっすぐ伸びた道の先に、巨大な円形のルーレットが置かれている。カジノで使われるような、赤と黒の二色のマス放射状に広がっているやつだ。
そのルーレットのすぐ隣に、真鍮で出来た犬の玩具ような姿のシャドウの姿があった。
更に、注目するべくは、そのルーレットの中心に立てられたポールだ。高さは五メートルほどはあるだろうか。ルーレットを回すためのつまみとしては、随分と大きすぎる。
そのポールの先端のあたりに、光の輪のようなもので、体をくくりつけられた、俺にとっては馴染みのある、女性の姿があった。
169:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 19:40:21.61 ID:t8V4LTxho

「朝比奈さん!」

たかだか十数時間ほどお目にかかっていなかっただけだというのに、その姿は、遠いかなたに分かれてしまった人に再び会えたかのように輝いて見える―――いや、輝いているのは朝比奈さんじゃない。
彼女の体をポールにくくりつけている、あの輪が光っているのだ。

「あいつぁ、『フォーチュン』つったっけか。どんなのだっけ?」

『駅前で戦ったやつですよ。ほら、あのズルいルーレットの』

俺の理解の届かない会話を繰り広げる、山岸さんの声と伊織。

「あー……あれ? 風花、シャドウ来てるのに、できてるじゃん、通信」

『私の力を足した分よ』

ふと、脳内に響き渡る声が、別の誰かのものに換わる。こっちは、朝倉の声か。

「朝倉、朝比奈さんはありゃ、無事なのか?」

『死んではいないわね。今のところ……この後どうなるかは、あなたたち次第かな』

よかった。ここから見る限りでは、目立った外傷もない。おおかた、このシャドウを目の前にして、失神してしまった、とかだろう。
しかし、何故、朝比奈さんはシャドウに捕われているのだろうか?
俺が一番初めに出会ったシャドウのように、獲って食おうとするならまだしも、シャドウが朝比奈さんの身柄を拘束し、わざわざ俺たちに見せびらかすような真似をする意味が、果たしてあるのか?

「あのシャドウが、彼女に危害を加えようとしているのは、確かです」

森さんが言う。そうだ、今は余裕をかまして推理などをしている場合じゃない。
伊織が召喚器を構え、森さんが靴を鳴らし、俺とアイギスはカードを取り出す。特に合図も無しに、俺たちはルーレットの横に立つシャドウ目掛けて駆け出した。
170:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 19:42:03.07 ID:t8V4LTxho
と―――その時。
俺たちとシャドウとの間の空間に、突如、光を帯びた、人型の何者かが割り込んできた。

「うわっ!」

伊織が驚いて声を上げる。俺たちの前に現れたのは、足下を花束で包み込んだ、女性の姿をした、新たなシャドウだった。

『あっ、そうだ……皆さん、今現れたのは、『剛毅』のシャドウです。前もそうでした、そいつがいると、『運命』のシャドウへの攻撃はカットされてしまいます!』

山岸さんが注意を呼びかけるよりも一瞬早く。ルーレットの傍らの、運命と呼ばれたシャドウが、天空を仰ぎながら吼えた。
その瞬間、そのの体が、いくらか半透明になったような気がする。いや、実際にそうなったのだろう。
なるほど、確かに、あれでは普通の攻撃は有効ではなさそうだ。

「っと、そうだ……まずは、こっちを先にやるんだったっけな!」

『できるだけ急いで。後から来たほうは、力が高いから注意して』

山岸さんと朝倉の声を交互に聞きながら、俺はペルソナカードを空中へ放つ。

「ダンテ!」

俺の体から、青い光と共に、羽ペンを構えたダンテが放たれ、目前の、剛毅なるシャドウへと斬りかかる。
剣閃がシャドウの体に食い込もうとする直前に、剛毅は動いた。手にした短い杖のような柄モノで、空中を切る。すると、シャドウの足元の大地から、周囲の大地を伝って、衝撃波のようなものが走った。

「うおっ!」

足元に走った衝撃に、俺はお決まりのように転倒しかけ、ダンテのペン先が、空を切る。
ダンテの斬撃が空振った直後、一瞬の隙を突くかのようにして、剛毅は杖を振りかざし、ダンテの体に向けて振り下ろした。
咄嗟に、左手を突き出し、その杖を受け止める。左腕に、重みと衝撃が伝わってくる……朝倉の言うとおり、こいつはいわゆるところの、脳筋だ。腕力がハンパじゃない。
171:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 19:44:02.96 ID:t8V4LTxho

「そこを動くなよ……トリスメギストス!」

背後から聞こえた伊織の声は、俺へのものか、剛毅シャドウへのものか。とにかく、伊織の放ったペルソナの刃が、俺の背後から、剛毅の体表へと放たれる。
が、動くなと言われて、動かないやつはいない。迫り来る刃を視認すると、剛毅はあっさり、俺との力比べを切り上げ、迫り来る刃に向かって杖を振るった。
その動作は、速い。そして、正確だ。無数に放たれた剣閃の一つ一つに、手の中の柄モノをぶつけ、無効化している。

「背中をお借りします」

「は?」

突如、俺の背後で、森さんの声。その直後、俺の背中に、ドン、ドンと、二発の衝撃が走る。

「痛って!」

「はっ」

最後に、俺の右肩にもう一発、衝撃。それと共に、今度は、頭上で森さんの声がした。
見上げると……満月に照らされた森さんが、空中を舞っていた。その傍らに、髑髏柄のペルソナを携えて。

「ベッラ!」

ちょうど、剛毅の頭上へ差し掛かったところで、森さんは、地表のシャドウに向け、ペルソナの握り拳を放った。
伊織と超高速な鍔迫り合いを繰り広げていたシャドウが、その攻撃に反応し、柄モノを森さんのペルソナへと放つ。
衝突。

「隙有り!」

一瞬、ガラ空きとなったシャドウの前身に向けて、伊織はペルソナを放った。滑り気のある音がして、シャドウの胸のあたりに、一筋の傷が刻み込まれる。
が、浅い。シャドウは森さんのペルソナの重量を弾き返すと、再び前方へ向き直り、伊織のペルソナに向け、杖を振るった。
172:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 19:46:02.31 ID:t8V4LTxho

「うぐっ!」

剛毅が放ったのは、ちょうど、ダンテの薙ぎ払いと似たような、閃光を帯びた斬撃だった。それを、真正面から受け止める伊織。衝撃が、伊織の体を後方へと弾き飛ばす。
すると、必然的に、シャドウの攻撃の矛先は、俺の方へ向けられる。一瞬気負いするが、すぐに払拭し、俺はペルソナを召喚した。―――ここで逃げたら男じゃねえ。

「ネミッサ!」

放ったのは、先刻、俺の中に目覚めた、二体目(中庭でシャドウを倒したやつをカウントするなら、三体目だ)のペルソナだ。
敵は、素早い伊織の攻撃を、確実に受け止め、弾き返していた。そんなやつに、ダンテの大振りの攻撃を放っても、効果は薄い。優先すべきは手数。ネミッサはうってつけってやつだ。
シャドウに接近しながら、ペルソナのエネルギーを、拳の形に集中させる。剛毅の体にこいつを叩き込むことは難しいかもしれないが、また、森さんが援護をしてくれる可能性もある―――
と、そこまで考えて、ひとつ気になる。
アイギスは? 何やってんだ?
―――と、思考が戦闘から外れた、その瞬間が命取りだった。

ゴオオ。

「なっ!」

『キョンくん、あぶない! ヒートウェイブが来ます!』

気がついたときには、俺の目前に、シャドウの姿。
今にも柄モノを振りぬこうとするその体勢。まずい―――今からじゃ、防御が間に合わん。そもそも、ネミッサにこれといった防御能力はない。
結果、直撃。せめてもの防御行動として、俺は攻撃を喰らう寸前、目の前でネミッサの両腕を重ね、その一点で攻撃を受けた。

その咄嗟の防御が幸いしてか、俺の体が弾け飛ぶことはなく、伊織と似たような具合に、体が後方へと吹き飛ばされるだけで済んだ。

「くっ!」

なんとか大地を捉えている踵部分で、地面に直線を描きながら、俺は否応なしに後ずさらされる。
173:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 19:48:04.43 ID:t8V4LTxho

ごん。

「痛て!」

突如、俺の後頭部が、硬い何かに叩きつけられた。
同時に、後退を続けていた体が、その何かによってせき止められる。
校門に叩きつけられたのか? いや、そこまではまだ少し距離がある―――俺の背後にあるのは、何だ?
と、振り返ろうとした俺に、澄んだ声がかけられる。


「全リミッター、解除であります」


それは、アイギスの声だった。
俺の体を、背後から抱きとめるようにして、アイギスが立っていた。
その全身から、やや赤みがかってすら見える、蒸気を噴き出しながら、だ。

「ちょ、アイちゃん!?」

伊織の声に呼ばれたことを意にも介さぬ様子で、アイギスは俺の体を解放し、剛毅へと視線を向ける。

『えっ、アイギス? この反応は……オルギアモード!?』

続けて、風花の声。
なんの予備動作も、助走もなく、アイギスは地を蹴り、シャドウへと接近した。とんでもない速度だった。すぐ傍らにいた俺すら、その移動に気づくのに、時間がかかったくらいだ。

「掃射」

短く、そう発言した後、右腕を車道に突き出すアイギス。……それから起こったことは、正直、俺の理解をはるかに超える出来事だった。
174:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 19:50:04.07 ID:t8V4LTxho
アイギスの右手―――その指の先が、ぽろ。と、取れたのだ。
同時に、そこからタタタ。と、タイプライターを打つような音を発せられる。
指先が示している先は、剛毅シャドウ。直後、剛毅がわずかに身を攀じる―――何かしらのダメージが入ったのだ。
そのダメージの源となっているのが、アイギスの指先から発せられた、無数の弾丸であるということに、俺はようやく気づく。

ぶわ。と、音を立てながら、剛毅は手の中の杖を振るった。はじめの一撃同様、地表を這って広がる、衝撃波のような攻撃だ。
アイギスは、襲い来る衝撃波を、タン。と軽く、足で地面を蹴ることで、難なく回避した。
多分、三メートルは跳んだ。

「『ガラテア反物質砲』、起動。砲火」

空中で、今度は左手を、剛毅へと向けながら、呟くアイギス。同時に、今度は左手首が、まるごと外れた。

ドオ。

耳を打つ、轟音。同時に発せられた強い閃光に、俺は思わず目を閉じ、光が止むと同時に、アイギスの姿を探し、視線を空中に泳がせる。
―――いた。闇色の空高くに、今の砲撃の反動でそこまで達したのだろう、アイギスの姿があった。

「レフトウエポン、換装。『メギドファイア』、起動」

空を舞うアイギスは、空中で、自らの左腕、その肘から先をもぎ取った。捨て放たれた、アイギスの肉体だったものが、ドス。と、重たい音を立て、地面にめり込む。
腹部を覆っている白い装束を引き破り、そこから何かを取り出すアイギス―――このあたりで、俺にも、アイギスという存在が何者であるのか、その正体が、分かり始めた。

機械なんだ。
俺が幾度か感じた、アイギスから発せられる、人間とは違う波長。
それらすべては―――アイギスが、人ではなく、機械である。そう考えれば、繋がる―――。

ドザッ。

そんな音を立てながら、アイギスは空中から、俺の目前の大地へと降り立った。
175:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 19:52:01.15 ID:t8V4LTxho

キュイン。

耳につく音を立てながら、一瞬、アイギスは、背後の俺を振り返った。
そして―――

「早く、彼女を助けて……護ってあげてください」

と、短く告げると、シャドウへと向き直り―――
自らの腹部から取り出した、あらたなパーツを、先のない左腕へと填め込んだ。
そして、新たに完成したその『兵器』の砲口を、シャドウ―――先ほどの砲火を受け、体を地に落としている―――に向けた。


「砲火」


もう一度、あの、閃光と轟音が、俺の視覚と聴覚を支配した。


冷たい空気の中に、爆風と、爆音の余韻だけが響き渡っていた。
閉じていた目を開けると……目の前には、膝を折り、地に手を着く、アイギスの姿。―――その向こうにあった、シャドウの姿は、既に消滅している。

「アイギスっ!」

俺同様、突如始まったアイギスの進撃を見守っていたらしい、伊織が駆け寄ってきて、その肩に手をかける。

「熱っつ!」

と、次の瞬間、手を離す。
アイギスの体は、異常な程の熱を発していた。たった今の猛攻―――山岸さんは、『オルギアモード』とか言っていた―――の影響なのだろう。
176:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 19:54:03.99 ID:t8V4LTxho

『アイギス、どうして……だって、あなたはもう……』

山岸さんの声が、脳内に響き渡る。―――あなたはもう、どうだって言うんだ?
と、アイギスが、閉じていた目を、ぱか。と開いた。

「うおっ」

眼球が、ギラリ。と、周囲を見回す―――その視線が、俺と重なり合う

「私のことはいいから、早く……あの人を」

わずかに口を動かし、呟くアイギス。
そうだ―――ここまできて、ようやく思い出す。剛毅と呼ばれたシャドウは消滅したが、まだ、運命とやらが残っている。
そして、そいつに捕われた、朝比奈さんも。

「アイギス、お前……朝比奈さんを助けるために、こんな無茶なこと……」

俺が訊ねかけると、アイギスは再び、透き通った瞳を俺に向け

「そんなことは……いいんです……早く、彼女を……でないと……」

少しづつ、アイギスの声が途切れ途切れになってゆく。
―――まさか、冗談だろ? このまま、眠っちまうんじゃないだろうな?

俺の中に芽生えた不安を煽ぐように、アイギスは目を細め……それでも、言った。

「でないと……後悔……することに……―――」

そう言い残して―――アイギスは、動かなくなった、
177:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 19:56:06.11 ID:t8V4LTxho

「アイギスっ……」

伊織が、目を閉じた彼女の名を呼ぶ。
俺は―――脳内で、何度も、アイギスの言葉を、反芻していた。

後悔。
そうだ、俺たちは、朝比奈さんを助けるために、ここまで来た。
朝比奈さんだけじゃない。彼女や、俺の妹のように、このタルタロスの迷宮へ誘われ得る、全ての人を助けるため―――護るために。

アイギスは、きっと、知っているんだ。
自分が護りたかったものを、護れなかった時の、その痛みを。
だから、自分の身を呈してまで―――俺に、その痛みを覚えさせないために、こんな無茶な真似をした。
俺のために―――

「……すまん、アイギス」

目を閉じたアイギスに、一言を残し、俺は―――傍らに、朝比奈さんを捕らえたポールを携えた、シャドウへと向き直った。
……アイギスだけじゃない。俺は、何人もの人々に助けられて、護られながら、ここまで来たんだ。
朝倉にだって、古泉にだって……山岸さんにだって、伊織たちにだって、妹にだって―――

誰かが護って来てくれたから、俺は今、ここにいるんだ。
その俺が―――朝比奈さん一人、護れなくて、どうするってんだよ。

「やってやろうじゃねえか」

俺の見据える先は、一点。
俺たちが倒すべき、十二体のシャドウ―――その、最後の一体。

気づくと、俺の体は―――今まで幾度か覚えた事のある、昂ぶりで満ち溢れていた。
178:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 19:58:03.66 ID:t8V4LTxho

ガコン。

闘志を滾らせる俺の視線の先で、そんな音を立てながら、俺の視線の先のシャドウが、頭を天空へと向け、吠えた。
それと同時に、ゆっくりと、その傍らのルーレットが、回転し始める。

「へっ……えっ?」

時を同じくして、朝比奈さんが意識を取り戻したらしい。
回転するルーレットの軸へと捕われた朝比奈さんは、ルーレットが回転するのに合わせ、回転することを強いられる。

「朝比奈さん、今助けますから、少し待っていてください!」

「な、なんですか、これっ!? どうなってるんですかっ!?」

混乱を撒き散らす、朝比奈さん。ルーレットの回転は、かなり速くなっている。これほど高速で回転させられていたら、周りがどうなっているかなどわからないだろう。

「伊織、ありゃ、何なんだ」

「ルーレットだよ……止まった目で、俺たちに不利な事が起きるんだ」

歯噛みしながら、立ち上がる伊織。
しかし―――俺たちが、ルーレットを止めようにも。

「でも、なんで……前は、あの女を倒したら、あいつが実体化したんだって! なのに、なんでまだ透明なままなんだよ!」

と、伊織が叫ぶ。
半透明なまま―――つまり、俺たちの攻撃は、あのシャドウや、ルーレット、朝比奈さんには届かない、と言う事だ。

なんだそれ、チート?
179:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 20:00:04.88 ID:t8V4LTxho
やがて、ルーレットは、何かを思い出したかのように、ピタ。と、回転をやめた。

「ふえええっ!?」

余りにも唐突に止まったため、朝比奈さんの体が、遠心力で外側に引っ張られる。しかし、彼女の体を括っている光の輪が、それを許さない。

『ルーレット、止まりました、赤い目です!』

山岸さんの声が、俺たちに降り注ぐ―――それを遮るようにして、天空が唸り声を上げた。俺の中で、嫌な予感が冴える。
直後に、発光と共に、天空から稲光が舞い降りてきた。俺たちの立つ大地を、無数の雷が襲う。

「わわわっ!」

逃げ惑う俺と伊織。幸いにも、雷が俺たちの体に直撃する事はなかった。
……あれ、そういえば、森さんは? と、周囲を見回すと、オーバーヒートしたアイギスの体を抱えた森さんの姿が、昇降口近くにあった。
オーケイ、アイギスのことは任せた。俺は何も言わずに、視線を再び、シャドウと朝比奈さんの方へと向ける。
落雷が収まったのを確認すると、運命シャドウは再び天を仰いだ。ルーレットが、再び回転し出す。

「ふえっ、またっ!?」

ぐったりとしていた朝比奈さんが、再可動し出したルーレットを見下ろし、声を上げる。

「この野郎!」

苦し紛れに、伊織がペルソナ放ち、シャドウへと、剣撃を降らせる。が、刃は虚しく空を切るのみ。

『まずいわよ、このままだと、彼女の体がもたないわ』

朝倉の声が、脳裏に響く。
だが、攻撃が当たらない、触れもしないのだから、状況を打破する手立てなど浮かぶはずも……
180:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 20:02:03.49 ID:t8V4LTxho

「せめて、あの子だけでも、実体だったらな……」

と、朝比奈さんを見つめ、眉を顰める伊織―――その発言が、俺の中で、何か引っかかった。

朝比奈さんが、実体だったら?

……そうだ。一つだけ、手段がある。
あのシャドウと、同じ次元から、攻撃を食らわせられ得る存在が、この場に、一人だけ居るではないか。
今、シャドウと朝比奈さんは、いわば別次元に居て、俺たちが干渉することはできない。なら、向こうの次元にいる者同士だったら? 攻撃することが、可能なんじゃないか?

問題は……果たして、唯一、条件を満たしている、その人が、有効な攻撃手段を、持っているかどうかだ。

『ルーレット、止まります、また、赤い目です!』

ルーレットが停止すると同時に、俺たちの周囲に無数の旋風が生じ、俺たちの体を切り刻もうと舞い踊る。

「うわ、風はやばいっつーの!!」

吹き荒れる風に、伊織がおののく。いつぞやの岳羽さん程ではないが、俺たちにダメージを与えるには十分な威力の風だ。

「これを!」

声を発したのは、森さんだ。アイギスの体を、昇降口の床に横たえたメイドさんが、スカートのポケットから何やらを取り出し、俺たちの方へと駆けてくる。
手にしたアイテムを、空中へ投げる森さん。小さな手鏡のような形をしたそのアイテムが、空中で光る。すると、俺たちの体を包み込むように、障壁が発生し、旋風によるダメージがカットされる。さすが、準備がいいぜ。

「くそ、どうすりゃ」

苛立ち紛れに呟く伊織。このままではジリ貧で、俺たちの精神力が尽きるか、朝比奈さんがくたばっちまうかの未来しか見えない。
やるしかない。俺が考案した作戦は、博打のようなものだが、何もできずシャドウに弄ばれているよりはマシだ。
181:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 20:04:02.01 ID:t8V4LTxho

「伊織……召喚器を貸してくれ」

「は? 召喚器?」

俺の突然の申し出に、伊織が目を丸くする。

「ああ、召喚器だ」

少し、迷うように目を泳がせた後、左手にぶら下げた召喚器を、俺に手渡す伊織。
よし、次は……

「森さん!」

「心得ています」

俺と伊織が会話している間に、俺たちに接近してきていた森さんが、俺が何かを言う前に、微笑みながらそう言った。……マジでこの人は何者なんだ。俺が何を考えているのか、一瞬で理解したってのかよ。読心術の心得でもあるのか?

「念のため、歯を食いしばってください」

と、言いながら、ペルソナを召喚する森さん。……躊躇している暇はない。チャンスは、ルーレットが停止している、今しかない。伊織の召喚器を両手で握り締め、俺は朝比奈さんを見据えた。

「ベッラ!」

森さんのコールと共に、俺の体が、ふわ。と空中に持ち上げられる。森さんのペルソナの両手が、俺の体を掴み上げたのだ。
直後、俺の体は中空へと放たれる、浮遊感に全身が支配され、一瞬、上下左右がわからなくなりかけた。緩い放物線を描きながら、ルーレットにくくりつけられた、朝比奈さん目掛けて、飛んでゆく俺の体。

「朝比奈さん!」

俺が名前を呼ぶと、二度の回転ですっかりヨレヨレになった朝比奈さんが、は。と、空中の俺を見て、混乱した表情を見せた。
182:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 20:06:04.53 ID:t8V4LTxho

「えっ……は、はえ!?」

続いて、素っ頓狂な声を上げる朝比奈さん。
最高到達点を通過した俺の体は、前へと進みながら、重力に引き寄せられ始めた。俺と朝比奈さんの距離が、見る見るうちに縮まってゆく。チャンスは一瞬だ。俺は両手で握り締めた召喚器の引き金に指をかけ、それを朝比奈さんに向ける。

「え、ええっ、キョン君っ、何をっ」

「すみません、朝比奈さん!」

そりゃ、突然、拳銃を向けられたら、誰だって驚くだろう。後で十分に謝らなければ。
俺はほんの一瞬。召喚器の銃口が、朝比奈さんの顔面に差し掛かった瞬間に、その引き金を引いた。

パリン。

「きゃあああっ!?」

朝比奈さんが絶叫すると同時に―――聞き慣れた、何かが割れるような音が聞こえた。同時に、俺の体が、前方から発せられた衝撃波に煽られ、後方へと吹き飛ばされる。
遠ざかる朝比奈さんの体が、青白い、ペルソナの光を発しているのが見えた。その頭上に浮かぶ……黄金色のドレスを纏った、女性の姿。
俺の望みは、どうやら成就されたらしい。

ぽす。

「お疲れ様でした」

と、地上へと引き寄せられる俺の体を、森さんが受け止めてくれた。いわゆる、お姫様抱っこの構図だ。俺、六十キロはあるんだけどな……

「なるほど、こう言うことか」

駆け寄って来た伊織に、手の中の召喚器を返却する。さて―――問題は、ここからなのだ。朝比奈さんのペルソナが、果たして、どんな能力を持っているか。
183:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 20:08:05.39 ID:t8V4LTxho

「な、何ですか、どうなってるんですかっ!? 助けてぇ、キョン君!」

青い光の中で、困惑する朝比奈さん。ああ、俺も最初は、何が起きているのか分からなかったっけな。

「朝比奈さん、今はとにかく、あなたの頭の中に、浮かぶ通りの事を念じてください!」

「は、はいっ!」

ひと呼吸おいた後、

「……わ、私を助けて―――『カミルラ』!」

朝比奈さんがその名前を呼ぶと同時に。彼女の頭上のペルソナが、両手を振り上げ、空中に掲げた。

『あっ……え、うそ!?』

どうか、有効な攻撃手段を、持っていてくれ。と、俺が祈っていると、脳裏に、山岸さんが慌てふためく声がする。

「どうしたんですか? もしかして、あれ、攻撃とか出来ないペルソナなんですか?」

もしそうだとしたら絶望的だ。結局のところ朝比奈さんの拘束を解くことも出来ず、引き続きあのシャドウになぶられ続ける。何の解決にもならない。

『いえ、えっと、オラクルが発動します!』

「なっ、マジかよ! 何でこんな時に!?」

『私の、じゃなくて……多分、その人のペルソナです! こんなオラクル、はじめて……』

『オラクル』という、俺には耳に覚えのない単語に、伊織が反応し、声を荒げる。
184:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 20:10:38.62 ID:t8V4LTxho
程なくして、朝比奈さんのペルソナの頭上に、赤い球体が発生した。
球体は、どこぞの元気凝縮エネルギー弾のごとく膨れ上がっていき、やがて、デパートの屋上に昇るアドバルーンほどの大きさとなった。
何かと思った刹那、その光の玉の一部が割け、その隙間から、ギロリと巨大な瞳が現れたではないか。

「何だ、あんなの見たことねえぞ」

伊織が戸惑いの声を上げた直後。瞳が、くるくると回転し、運命シャドウに視線を定めた―――それと同時に、瞳から閃光が迸り、運命シャドウの頭上に降り注ぐ。
ぼおおお。と、低い悲鳴が、辺りの空間を震動させた。

「何だありゃ、何でオラクルが敵に効いてるんだよ!?」

目の前で起きている現象は、どうやら、伊織たちの知るオラクルというものとは、随分と異なった事態であるようだが、そもそものオラクルがどんなものかも分からない俺には、余計に見当が付かない。
ほんの数秒の後、朝比奈さんの頭上の、赤い球体が消え、シャドウへの攻撃が止む。シャドウは、かなりのダメージを受けたようだが、まだ生きているようだ。しかし、これ以上今のような攻撃をくらったらまずい。と、判断したのだろう。

ぼおお。

運命が一声を上げると、朝比奈さんとルーレットを別次元に残し、シャドウの体が実体となった。朝比奈さんのペルソナの攻撃から逃れたつもりなのだろうが、お気の毒なことに、こちらの次元には、俺たちがいる。

「今だ、トリスメギストス!」

「行きなさい、ベッラ!」

実体化したシャドウの体に向けて、伊織が斬撃を、森さんが打撃を、それぞれ放つ。シャドウの体が、二人の攻撃を受け、わずかに歪む。
直後、ダメージを受け、能力を維持することが出来なくなったのか、ルーレットが消滅し、透明なままだった朝比奈さんの体が、束縛から解放され、落下し始める。

「きゃああっ!?」

「朝比奈さん!」

高さは約五メートル。今にも地面に叩きつけられそうな、朝比奈さんに向かって、俺は走った。
185:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 20:12:09.68 ID:t8V4LTxho

ぽす。

なんとか間に合った。俺の両腕に、びっくりするほど軽い、朝比奈さんの体重が掛かる。

「ふえ……キョン君」

何が起きたのか、未だに分かっていない様子の朝比奈さんは、泣きはらした目で俺を見た。
髪はぐしゃぐしゃ、目は真っ赤、顔は真っ青。まったくもってボロボロだ。そんな朝比奈さんの姿を見て、俺は―――運命シャドウに対して、たとえようのない怒りを覚える。
俺の憧れの人を、こんなにしやがって。

「ペルソナ」

腕の中に、朝比奈さんの小柄な肉体を収めたまま、俺はその、単語を口にする。体の奥から、溢れ出してくる高揚感。―――俺はもう、その感覚の正体を訝しむことはない。
やがて、視界の中にカードが現れる。ナンバーは、『ⅩⅧ』。

「―――『カグヤ』!」

カードが弾けると共に、俺の体から、和服を身に纏った、長髪の女性が現れ、舞い踊るかのように、一回転、体を翻した。
次の瞬間、発生したのは……光だった。
カグヤの立つ大地から、周囲の空間に向けて、白く透き通った光が迸ったのだ。

「うおっ!?」

やがて、光は、シャドウや、伊織、森さんの立つ大地までもを飲み込んだ。足下を包む光に驚き、伊織が声を上げる。
運命のシャドウの体が、光に触れた瞬間。キィン、と、甲高い音が、あたりの空間に響き渡った。声を上げる暇もなく、シャドウの体が、光の中で、砂の粒へと変わってゆく。
浄化の光ってやつか―――俺は、三体目のペルソナの姿を見つめながら、安堵の息を付いた。

アイギス、ありがとうな。
これで―――クエスト、達成だ。
186:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 20:14:04.21 ID:t8V4LTxho



………

「大丈夫です、多分……オーバーヒートして、一時的に動けなくなっているだけで」

中庭のベンチに、アイギスの体を横たえ、山岸さんは言った。アイギスの正体―――ロボットである、という事実―――を知らなかったのは、なんと俺だけだったらしい。
古泉や朝倉は、休憩中に、既に、月光館学園組が解決したという事件の顛末を聞かされていたとか。それ以前に、目で見てわかる、とも言われた。
決して俺がハブられていたと言うわけではなく、俺が体育館の時から、出ずっぱりで戦い続けていたために、聞かされる機会が無かっただけだ。そう信じたい。
アイギスを山岸さんに任せ、俺たちは、朝比奈さんに、タルタロスに迷い込むまでの経緯を訊いた。

「あの、えっと……よくわからなくて、あたし……放課後、部室に行ったのまでは覚えてるんですが」

もつれる舌を必死で正しながら、朝比奈さんが言葉をつむぐ。

「そしたら、えっと……遠くから、鎖を引きずるような、音が聞こえたんです。何だろうって思ってたら、なんだか眠くなってきて……
 それで、目が覚めたら、もうすぐ零時ぐらいで、びっくりして、家に帰ろうとしたんです。そしたら、校門の前で、突然……あたりがヘンになって、学校が……その、すごいことに」

すごいこと。たしかに、これはすごいよな。改めて、そびえ立つタルタロスの外壁を見上げ、納得する。

「それで、どうしようって思っていたら、突然あの、怪物が来て……気が付いたら、縛り付けられてました」

「鎖の音、というのが、気になりますね」

話を聞いていた古泉が、ぽつりと呟く。

「それに、それほど長いあいだ、眠り続けていたというのも奇妙です」

「作為的な何かを感じるわ。でも、タルタロスに朝比奈さんを呼び込むことで、誰が得をするのかしら」と、朝倉。
187:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 20:16:03.48 ID:t8V4LTxho

「……もしかして、敵対勢力でもいんの?」

伊織が呟く。
敵対勢力。俺がその単語を聞くと、真っ先に、橘京子たちの団体や、天蓋領域が思い出される。しかし、今回の件にヤツらが関わっているとは……思える根拠もないが、思えない根拠もない。といったところか。

「この現象は、涼宮さんの力によって起きているのですから、何かしらのアプローチをかけてきてもおかしくはないでしょうね」

森さんが言う。確かに、佐々木や九曜あたりは、即座に影時間に対応できそうなイメージがある。橘の組織が影時間の存在を探知すれば、まず間違いなく、誰かしら適性を持った人間を探し、そいつを差し向けてくるだろう。

「ですが、恐らく、彼女たちと、朝比奈さんがここにやってきてしまったことは、無関係です」

古泉が、一本指を立てながら言う。

「色々と引っかかるんです。タルタロスが発生する直前まで眠ってしまっていたことや、申し合わせたように、シャドウが朝比奈さんの前に現れた事。
 ……あなたのケースを聞いた時も思ったのですが、まるで、影時間に呼ばれているようだと、感じませんか?」

影時間に呼ばれる。
影時間を作り出しているエネルギーの源が、朝比奈さんを呼び寄せたということか。
つまり、それは……

「涼宮さんの力、です」

……ハルヒ。
そうだ。失念していたが、ハルヒは今、行方不明の真っ只中なのだ。
思い当たる行き先は、このタルタロス内しか考えられないのだが、山岸さんと朝倉のサーチをもってしても、それらしき反応は見つからないようだ。

「あ、あの、何がどうなってるのか、わからないんですけど……さっき、私、どうなっていたんですか? あの怪物は、いったい……それに、そちらの皆さんは……?」

と、そうだった。アイギスの件が先立って、朝比奈さんを月光館学園組に紹介するのを忘れていた。
188:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 20:18:01.39 ID:t8V4LTxho
まず、朝比奈さんと初対面の、月光館学園組の面々に彼女を紹介し、次に、朝比奈さんのこんがらがった頭に、なんとか現状を理解してもらった(理解しきれたのかは分からないが)。
そして、彼女の持つペルソナの特性を、山岸さんに解析してもらい、解説してもらう。

「朝比奈さんのペルソナは、『太陽』、カミルラといって、私と同じ、ナビゲーション専門のペルソナのようです。アナライズの力はかなり高いと思います。多分、鍛えれば、私のユノよりも、正確なサーチが出来るんじゃないでしょうか」

つまり、ナビゲーターがもう一人、仲間に加わったというわけだ。
安心した。朝比奈さんを戦線に立たせるという展開は、避けたいと思っていたからな。しかし、朝比奈さんにナビをしてもらう。と言うのも、なにやら言い知れぬ不安感に見舞われるのだが……

そんな一連のやりとりをする間に、零時計の針はまた、零時に差し掛かろうとしていた。現在、五十五分。

「とはいえ、シャドウはこれで、全て倒したわけなんですよね?」

「はい。一応、これで、影時間から出られるようにはなる……と、いいんですけど」

山岸さんが不安げに目を伏せる。と、そこに朝倉が口を挟んで来る。

「ま、長門さんが言うんだからそうなんでしょ」

なんと元も子もないことを。

「でも、少しおかしいの。長門さん、始めの頃は、メモ以外のメッセージも送ってくれたんだけど、今はまったく同期ができないのよね。何かあったのかしら」

ふと、思う。朝比奈さんがタルタロスに呼ばれたというなら、長門はどうなのだろう。
あいつもまた、ここへ呼ばれていてもおかしくないと思うのだが。

「長門さん、ですか? 最近、あんまり顔をあわせてないんですけど……特に変わったことは、無かった気がします」

朝比奈さんが言う。

「涼宮さんが、居なくなってしまったっていうことを聞いてから、ほとんどお話してなくて……部室にも私しかいないので、あまり行かなくなってましたし、詳しくはわからないんです」
189:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 20:20:36.93 ID:t8V4LTxho
おそらく、俺たちのサポートで忙しかったんだろうな。
とにかく、あと五分もすれば、この影時間が終わるはずだ。完全に消滅するとは言い切れないが、少なくとも、影時間の檻からは脱出できるだろう。
現実に戻ったら、長門に話を聞いて―――

俺が、珍しくポジティブな思考を働かせていた、その時だった。
いつぞや、上空から磔のシャドウが現れた時のような、爆音が、当たりに鳴り響いた。

「うわっ!?」

同時に、直立の体勢を保てないほどに強い震動が、中庭の大地を襲う。

「何、どうしたっての!?」

「なに、これ……大きなエネルギーが、近づいてきてます……な、中庭の中心!? 地下から、この中庭の中心に……に、逃げてっ!!」

山岸さんの声を聞き、俺たちは一斉にその場を離れる。
とはいえ、タルタロスの中へ逃げ込む、というのも危険だ。俺たちは、タルタロスの外壁に張り付くようにして、出来る限り、中庭の中心から離れた。俺が、妹と共に壁際へとたどり着き、中庭を振り返ったのと、ほぼ同時に。
大地が割れ―――『それ』は現れた。


「……何、これ」

さすがの妹も、この天変地異を前にしては、絶句する他ないらしい。
震動が収まった時。さっきまで、中庭が存在していたはずの空間に……天空へと伸びる、赤い塔が聳え建っていた。
それは、中庭の地面を突き破り、たった今、地底から生えてきたのだ。

「な、何だよこれ。タルタロスが二個とか、冗談にもなんねーぞ」

唖然とした様子で伊織が呟く。
伊織はまるで、現れた巨塔とタルタロスを見比べるように―――
190:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 20:22:18.68 ID:t8V4LTxho

「……無い」

―――と、思いきや。赤い塔を見た後、背後のタルタロスを見上げたところで、固まってしまった。

「は? 何が、無いって……タルタロスが、無くなってる」

それに吊られるように、岳羽さんが上空を見上げ、そう呟く。
あわてて、その場の全員が、タルタロスが聳え建っていたはずの空間を見上げる。
そこに……あの混沌とした建造物の姿は、無い。どれほどかぶりに見る、俺も良く知る、北高の校舎が在った。

「……これ、元に戻れたってことじゃ……ない、わよね」

朝倉が呟く。当たり前だ。いくら校舎が元の姿に戻っても、中庭にこんなもんが聳え立つ北高など、俺は知らん。
……零時計を見ると、長針は、零のわずか右を指している。
まだ、影時間は続いているのだ。

「……モナド」

ふと、声。
その出処を目で追うと、そこには、ベンチからわずかに体を起こした、アイギスの姿があった。

「お前、もう大丈夫なのか?」

「モナドに似ています。この塔は」

アイギスが口走った、その名前には、俺にも心当たりがある。
数時間前に迷い込んだ、あの赤い空間。エリザベスという少女曰く、あの空間は、タルタロスの地底に存在していたはずだ。
そのモナドが、地上に出てきたと言うのか?
だとしたら、何故?
191:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 20:24:01.64 ID:t8V4LTxho

「……もしかして、僕らがシャドウを倒したから」

ぽつり。と、天田が呟く。

「僕らのときは、満月のシャドウを倒したことで、逆に『ニュクス』というものを呼び寄せてしまったんです。……ある人に騙されて、利用されていたんですよ」

「そんなわけない!」

天田の言葉を遮るように叫んだのは―――朝倉だった。

「長門さんが、やつらを倒せって言ったのよ。じゃあ、何、長門さんが、私たちを利用したって言うの?」

「落ち着け、朝倉!」

「そうだ、長門さん……時間はっ」

朝倉は、俺の手から、零時計をもぎ取る様に奪い、その文字盤を見つめ……

「……うそ」

まるで何かを取り落としたかのように、ぽつりと、言葉を零した。両手のひらを何度も見つめ、スカートのポケットを探る。

「……無いわ、メッセージも、何も……どうして、何も言ってくれないのよ」

朝倉のこんな表情を見たのは、初めてだ。
大事にしていた何かを、目の前で壊された子どものような表情。
そんな朝倉を前に、俺もまた、大事な何かが崩れてしまったような感慨に陥っていた。……長門が、俺たちを利用した?

「思えば……彼女と朝倉さんが同期を取れなくなったときに、気づくべきだったかもしれません」と、 古泉が口を挟む。
192:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 20:26:03.32 ID:t8V4LTxho

「考えられるのは一つ。いつかから、僕らにメモを送っていたのは、長門さんではなくなっていた、ということです」

古泉は、神妙な真顔を浮かべながら、中庭中に散った俺たちに向かって、言う。

「僕や朝倉さんを、影時間へ送り出した時点では、彼女は間違いなく、僕らの知る彼女でした。しかし、その後のことについては知る由もありません。
 彼女からの連絡で、シャドウを倒すように言われるようになった時には、僕らにとっての『長門さん』は、既に『長門有希』ではなかった。拘束されたか、あるいは洗脳されているか、詳しいことは分かりませんが」

誰かが長門に取って代わって、俺たちを利用してたってことか。
しかし、長門を拘束なり、洗脳なり出来て、満月シャドウの出所が分かって、俺たちにメモを送れる……
そんな万能なやつが、果たして長門以外に、居るだろうか?

……そして、何より。
俺たちは、シャドウを倒すことで、何をさせられていたのか?

「わかりません。ただ、察するに……何かの封印を解いてしまった、というところでしょうか」

眼前に立ちはだかる、モナドの塔を見上げながら、古泉は言った。

「……塔から、無数のシャドウの気配がします。それと、何だろう……かなり高いところに……人の、反応?」

いつの間にか、ペルソナをを召喚していた山岸さんが、不可解そうに首をかしげながら言う。

「……やっぱり、人です……どうして、そんなところに……一体、誰が」

芝居じみた、先の読める展開だな。と、俺は思った。
俺たち以外に、この迷宮の中に存在し得る人間。

そんな奴―――一人しか居ないじゃないか。
193:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 20:28:03.25 ID:t8V4LTxho

「何にしろ。行くしか無いでしょう」

古泉が言う。俺も、その意見に異論はない―――会わなくちゃならない奴がいるからな。

「はあ……しかし、いつまでも塔との縁は切れないもんかね」

肩を竦めながら、伊織がため息をつく。

「厄介な塔と、騙されることに関しちゃ、俺ら、一冊本が書けちまうぜ」

「あ、あの、もしかして、これの中に行くんですか……?」

皆が戦闘態勢に入る中、一人、この空気に慣れていない、朝比奈さんが、困惑の声を上げる。

「あなたは、私と一緒にここに残ってください。ここから、皆さんのお手伝いができますから」

「そ、そうなんですか? 私でもできますか、それ?」

「えーっと、多分……」

なんとなく破調が似てるな、この二人。まあ、山岸さんと共同ナビゲートならば、朝比奈さん単体のそれよりは、随分と安心が出来る。

「中の状態は未知です。戦力は可能な限り高めて行きます」

アイギスが言う。

「つまり、全員突撃であります」

なるほどなー。
194:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 20:30:01.70 ID:t8V4LTxho



………

塔の内部は、アイギスの言ったとおり、あの地下のフロア……モナドの内装と酷似していた。
北高タルタロスと違い、こちらは、フロアごとの内装は酷く混沌としているものの、俺たちを含めたまま空間が入れ替わる、などというスペクタクルに見舞われては居なかった。
問題は、出現するシャドウたちだ。簡単に言えば、こいつらは非常に強い。かつて、一つの影時間を終わらせた戦士を五人も含む、総勢十人がかりでも、苦戦を強いられるレベルだ。進むのは決して容易ではなかった。
それでも、なんとか敵を退けつつ、十階ほどまで上ってきた所だったろうか。

『皆さん、注意してください! フロア内に、強力なシャドウの……あ、あれ、シャドウじゃなくて、これは……』

不意に、脳内に響き渡る、山岸さんの声に、俺たちの進軍が止まる。

「風花? シャドウじゃないなら、何が出るってのよ?」

『えっ……と……! これ、ペルソナです! 信じられないけど……ペルソナが単独で行動してます! こっちに、来ます!』

「何だって!? おい、風花……」

「順平さん、あれ!」

「はっ? うわ、あいつは!?」

伊織たちの視線が、ある一点に釘付けになる。
その視線の先……通路の突き当たりの部分に、漆黒のボロ切れを纏い、剣を携えた、死神の如き姿の『何か』がいた。

「ありゃ何だ、伊織」

「『死神』だよ! とっ、とにかくとんでもない奴だ! つか、なんで!? そんなに長く居なかったろ、俺ら!?」
195:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 20:32:03.25 ID:t8V4LTxho
その慌てぶりの異様さに、さすがの俺も、現状がかなり危険な状態であることを悟った。

『そ、それが……だから、シャドウじゃないんです! それ、誰かのペルソナなんです! 多分……上に居る人の!』

誰かのペルソナだって? ―――なるほど。たしかに『あいつ』なら、こんな仰々しいのを背負ってても、おかしくは無いかもな。

「ペルソナだろうと何だろうと、アレはアレなんでしょ!? また階段の前にでも居座られたら……」

「……また、誰かを犠牲にするしかないんじゃないですか? まともにやったって、勝てないんですし」

「俺はもう死んでも嫌だぜ!?」

伊織、岳羽さん、天田が、やいのやいのと騒ぎ始める。……いまいち話が読めないが、とにかく、とんでもないヤツに出会ってしまったらしい。
その問題の死神とやらだが、そいつはなにやら、こっちを向いたまま動こうとせず、ぷかぷかと、同じ位置に浮遊している。

「……あの突き当りの先が、階段なんでしょうね。多分」

嫌に落ち着いた天田が、ため息混じりに呟く。

「大丈夫だって、順平! 前だって散々やったじゃない、やられたって、風花に連れ戻してもらえるから!」

「そうですよ、でないと進めないんですから、諦めてください!」

「いや、ホント勘弁だって! なんで俺が……おい、ちょっと待った!」

どうも、人身御供にされそうになっているらしい伊織が、突然、何かに気がついたように、死神へと向けた目を丸くした。伊織の背中を押していた、岳羽さんの手が止まる。

「何よ、男でしょ、当たって砕けなさいよ!」

「そうじゃねえ! ……あれは、あの死神じゃない」
196:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 20:34:01.50 ID:t8V4LTxho
伊織が、死神を指で差しながら、言葉を紡ぐ。

「死神じゃない、って……」

伊織が示す先に視線を投げ、岳羽さんの声が詰まる。
やがて、伊織が言った。

「どうして―――あのペルソナが、ここに居るんだ?」

あの。と言うのが、どの事なのかは、俺にはわからない。
しかし、そのペルソナが、今、目の前に存在しているというのは、伊織たちにとっては、信じがたい事らしかった。

「来ます」

状況を静観していた森さんが、ぽつりと呟く。死神が、ゆっくりと、こちらに向かって動き出したのだ。
無言のまま、俺はペルソナカードを取り出す。古泉と朝倉、妹が、ペルソナの光を放ち始めた。

「……必要ありません」

と、臨戦態勢に入った俺達を、声で制したのは、アイギスだった。

「アイギス?」

「あの死神に……敵意はありません」

いつもの無表情のまま、死神を見つめるアイギス。そうこうしている内にも、死神は、俺たちの元へ、着々と近づいて来る。

「……あなたを呼んでいます」

もう一言、呟きながら、キュイン。と、アイギスが俺を見た。
197:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 20:36:03.17 ID:t8V4LTxho
やがて、死神は、俺たちの目前に迫ってきた。
しかし、月光館学園組は、よほど驚いたのか、誰ひとりとして戦おうとはしない。目の前のそいつを、敵と認識すらしていないようだった。
死神が一歩、こちらへ近づいて来る度に、チャラ。と、鎖がぶつかり合う音が、モナドの塔内に響いた。
そして、死神は立ち止まり、髑髏にも似た双眸で、俺たちを見つめた。

声は出ない。ただ、全身から冷たい汗が噴出している。二つの空洞は、まるで時を止められてしまったかのように、俺たちを見つめ続けている。
しかし、奇妙なことに。その視線(?)から、俺たちの命を奪おうとする意思が、まったく感じられないのだ。
鈍感には定評のある俺が言ったんじゃあ、信用されにくいかもしれん。しかし、これは本当だ。恐らく、ほかの面々も、それを感じているからこそ、戦う体勢に入ろうとしないのだろう。
こいつは決して、俺たちに危害を加えようとはしていない。

それは数分間ほどであっただろうか。
やがて、死神は、切られていたスイッチを入れ直されたかのように動き出し、次の瞬間、まるでスクリーンに映した映像が消えてしまうかのように、俺たちの目の前から消えてしまった。

「……今の、何だったの……? どうして……どうして……あのペルソナは、彼の……」

呆然としながら、岳羽さんが呟く。しかし、おそらくその質問に答えられるものは、この場にはいないだろう。
十人が十人とも、呆気に採られた表情で、ぼんやりと中空を見つめていた。

『……あっ、あの、ペルソナの反応が消滅しました……撃破、したんでしょうか?』

忘れていた頃に、山岸さんからの通信が届く。

「い、いえ、俺たちは、何もしてないんですけど」

『えっ……そうなんですか? てっきり、キョン君かアイギスが倒したのかと……』

アイギスならまだしも、俺にそんな度量があるはずもない。
頬を伝う冷や汗を拭いながら、俺は山岸さんに、事の顛末を、簡単に説明した。

『……不思議です、今まで、そんな事一度もなかったのに』
200:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 20:40:02.08 ID:t8V4LTxho
山岸さんは一瞬、考え込むように沈黙したが、すぐに、

『とにかく、ご無事で何よりです。また死神が出現しないとも限りませんし、先に進みましょう』

と、言った。
どこかしらキツネに抓まれたような気持ちを引きずったまま、俺たちは、たったいま逃げ帰ってきた道を改めて辿り、先ほど死神の居た突き当りを左に曲がった。案の定というべきか、そこには新たなフロアへと続く階段がある。
とにかく、過ぎたことをどうこう振り返っても始まるまい。この塔があとどれほど続くのかは知らないが、おそらく、俺たちは未だ全体の半分も上っていないだろう。

『例の人の気配は、少しづつですが、近づいています。もうすこし近づけば、場所も特定できると思うんですが』

突如として現れたモナドの塔に、突如として現れた謎の人物の反応―――俺には、その正体不明の人物が誰であるか、大体のめぼしは付いている。
おそらく、古泉や朝倉、森さんも、それは同じだろう。

「引き続き、ナビをお願いします」

空中に向かって一言を投げかけ、俺は階段を上り始めた。



………

それから、どれほどの時間が経っただろうか。
おそらく、零時計がもう一回りするほどの時間は経過したのだと思う。
もう数十度目となる、階段を駆け上がる作業を終えたとき。俺たちの目の前に、それまでとは違う光景が広がっていた。

「これは……何でしょうか」

全面を赤い壁に覆われた、何もない、床と壁のみの空間。
そこには、天井すらなく、変わりに、真っ暗な闇が、果てしなく高くまで続いていた。
201:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 20:42:04.90 ID:t8V4LTxho

「頂上……なのか? おい、風花?」

『あっ……い、いえ。かなり上層ではあるようですが、頂上ではありません』

頭の中で、山岸さんが言う。しかし、目視できる範囲に、階段や、上階へと続く経路は見当たらない。

『えっ、これ……何?』

と、不意に、山岸さんの声がゆれる。

「どうしたんですか、風花さん?」

『そ、そのフロアに……皆さん以外に、一人! 人間……いや、ペルソナ? わかりません、こんな反応、初めてです!』

その一言を合図に、それぞれが周囲に視線を張り巡らせる。
……探すまでもない。その反応の持ち主は、いつの間にか、俺たちの目の前に立っていたのだから。

「うそ」

朝倉の口から、そんな言葉が零れだす。
ああ、俺もウソだと思いたい。

まさかこいつが、俺たちの前に立ちはだかる日が来るなんて、思いたくなかった。


「……エラー」


長門有希が、そこにいた。
202:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 20:44:02.96 ID:t8V4LTxho
一見すると、そいつは俺の記憶の中のそいつと、なんら変わりない姿で、俺たちの前に立っていた。冷たい口元も、どこか眠たそうな瞳も、俺にとっては見慣れた、そいつの当たり前の表情だ。
しかし、違う。そこにいるのは、俺の知るそいつではない。
そいつの中に、俺の知らない何かが入っている。

「有希ちゃん?」

沈黙で張り詰めた空間に、火のついたマッチを投げ込むように、妹がその名前を口にする。長門は、誰も存在しない空間を見つめながら

「エラー」

と、もう一言呟いた。
それは、長門の理性が発している、俺たちへのメッセージなのだろうか。

「……長門、何が起きてるんだ」

俺は、目の前の冷たい表情の内側に、ほんの少しでも、俺の知る長門の要素が残っていることを信じ、その小さな体躯に向けて、訊ね掛けた。
その声でようやく、長門の瞳が、俺の視線と重なる。

「……私の中に、ある、要素、イレギュラー」

覚えたての日本語を持て余した、異国人のような口調で、長門が言葉をつむぐ。

「思考、それ、奪い、シャドウ、涼宮ハルヒの、力、鍵、貴方、倒させ」

でたらめに散らばった、パズルのピースのような言葉たちが、俺たちの元へ転がり込んでくる。バラバラなその単語の連なりから、辛うじて、一つの事実が読み取れる。
やはり、あの満月のシャドウを倒すことは、俺たちにとって正しい道ではなかったのだ。しかし、それを倒させるように仕向けたのは……

「……『あなた』だったのね、私たちを、騙してくれたのは」

朝倉が、膨れ上がる怒りを滾らせながら、目の前に立つ、そいつに向けて、声を投げかけた。
203:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 20:49:15.94 ID:t8V4LTxho
その、直後。

長門が、笑った。

「約十件の不要なプロセスを確認」

今の今まで、ぎりぎりのところで意識を持ちこたえていてくれた長門が、ついに力尽きたのだろう。
目の前に居るそいつは、もう長門ではない。長門の姿をした、何か。俺たちと敵対する、正体不明の何かだ。

「消去する」

その一言と同時に、長門の体を、見慣れた青白い光が包み込んだ。

「召喚、『サマエル』」

長門の頭上に現れた、そいつを前に、俺たちはまず、そのペルソナとしての、体躯の巨大さに息を呑まされた。
天田のカーラ・ネミや、岳羽さんのイシスも、ペルソナとしては派手で、巨大な外見をしている。しかし、長門のペルソナは、それらをはるかに上回る。
全長は二十メートルを下らないだろう。三対の巨大な翼を、目一杯に広げれば、横幅も十五メートルはありそうだ。
流れる血液を、そのまま皮膚へと変えたような、真紅の体を持つ、巨大な竜。それが、長門のペルソナだった。

『ひあっ! き、聞こえますか、キョン君、みなさんっ!』

不意に、頭をよぎる場違いな声。朝比奈さんだ。

「どっ、どうしたんですかっ!?」

『すみません、あの、山岸さんのペルソナの力じゃ、そこまで届かなくて……わ、私のペルソナなら、できちゃったみたいでっ!』

何と言うことか。中身は異なるとはいえ、まさかのVS長門戦を、朝比奈さんの単独ナビゲーションのもとに行えというのか。
それ、かなりやばくね?
204:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 20:50:01.96 ID:t8V4LTxho
長門の頭上のペルソナが動き出したのは、丁度、朝比奈さんの声が止んだ瞬間だった。
巨大な体を、まるで小さな虫のようにのた打ち回らせ、長門のペルソナが吼える。すると、体の前に光の輪が発生し、それが薄い膜のようなものとなり、長門と、そのペルソナの姿を包み込んだ。

「キョン、やっちまっていいんだな」

俺に視線を向け、伊織が言う。俺は黙って頷き、ペルソナカードを取り出した。
―――今、助けてやるからな、長門。

「ネミッサ!」

「トリスメギストス!」

「ウェルギリウス!」

俺と伊織、そして、古泉が、同時にペルソナを召喚した。三体のペルソナが、長門を包囲するような形で、一斉に攻撃を浴びせる。攻撃が体表へと達する直前に、長門のペルソナは、螺旋を描くように体をのたうたせ、三対ある翼のうちの一対で、まず、俺のペルソナの拳を受け止めた。
先ほどの光の膜の効果なのか、拳に伝わってきたのは、皮膚を殴った手応えとは異なる、まるで、水で満たされたビニールの水槽を殴りつけたような、奇妙な感触だった。
長門のペルソナは、続けて、古泉のペルソナが放った矢の雨に向け、翼を羽ばたかせた。同時に、そこから、古泉のものとよく似た、矢の雨が放たれ、古泉のそれとぶつかりあい、相殺する。
そして、最後に、伊織が放ったペルソナの刃は、真正面からぶつけられた、長門のペルソナの尾によって阻まれ、伊織のペルソナごと、後方へと弾き飛ばされる。

「クソ、なんだよ!」

歯噛みしながら叫ぶ伊織。俺も似たような気持ちだった。もっとも、端から数で攻めて勝てる相手だとは思っていなかったがな。しかし、ここまで完璧に防御されると、苛立ちも覚えるというものだ。

「行きます!」

次に召喚器を鳴らしたのは、天田だ。現れたペルソナの体表から、光速の電流が迸る。

「ペルソナ、レイズアップ、オーディン」

更に、アイギスがペルソナを召喚し、天田の放電に、落雷を被せる。
205:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 20:51:03.13 ID:t8V4LTxho
稲妻の音が、モナドの塔内にこだまし、電流が、長門のペルソナを襲った。それを受け、長門が僅かに、体を竦ませる。同時に、長門のペルソナも、痛みに喘ぐように体を捩る。

『あっ、入りました!』落雷の余韻に紛れ、降り注いでくる朝比奈さんの声。

『今なら、長門さんは、その……痺れてます、動けません!』

「追撃します、ペルソナチェンジ、『スルト』」

「ワオーン!」

アイギスの体から、黒い肌の、燃え盛る炎を手に携えたペルソナが現れ、コロマルの体から、三つ首の猛犬が召喚される。言うまでもなく、今度は火攻めだ。周辺の気温が上昇し、二体のペルソナが、同時に、長門に向け、炎の帯を放つ。

「サマエル」

迫り来る爆炎を前に、長門は再び、ペルソナの名を呼んだ。

『あっ、何か、来ます! とても……熱くて、黒いものが!』

朝比奈さんがそう告げると、ほぼ時を同じくして、長門のペルソナの口元に、小さな人魂のようなものが発生した。それは見る見るうちに膨れ上がり、最終的に、黒い火球となった。
ペルソナが体を震わせると、火球は、彗星のように、空中に軌道を描きながら、長門の周囲を舞い踊るようにゆらめき、やがて、長門を覆う炎の壁となった。その壁面に、アイギスとコロマルが放った炎が叩き込まれる。
これは、無効化されたのか? と、俺が疑問を抱いた直後。長門を包む黒い炎は、突如、炎の礫を周囲へと散らばらせながら、回転を始めた。長門の頭上で、赤い竜が、螺旋を描いて踊り狂っている。

『熱くて、黒いものが、広がっています! 消さないと……』

朝比奈さんのナビは、概ね間違ってはいなかったが、全てにおいて事後報告なので、頭が痛くなるところだ。一手遅れのナビが告げたとおり、長門を中心とした、漆黒の炎の海が、モナドの塔内に完成しつつあった。

「ラウレッタじゃ、防ぎきれないよ!」

と、妹の声が告げた。
炎を何とかしたかったが、この分では、アイギスのペルソナも、朝倉のペルソナも、能力を発揮出来はしないだろう。
206:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 20:52:03.71 ID:t8V4LTxho

『ど、どうしたら―――えっ、あ、山岸さ―――』

と、不意に、天の声が止む。そして、直後

『キョンくん、聞こえますか? 私です、山岸です。その炎は、闇の―――』

一瞬、混線の中に聞こえた、その単語を、頭の中で反芻する。
闇。
闇には、光。
光といえば―――

「カグヤ!」

朝比奈さん曰く、熱くて黒いものの熱に、全身が悲鳴を上げる中、俺はペルソナカードを放った。
現れた十二単衣を纏った痩身が、剛毅&運命戦で見せた時同様に、ふわりと空中で舞う。同時に、大地を埋め尽くす、浄化の光。狙い通り、黒い炎が、光に触れた部分から消滅してゆく。
見る見る内に、あたりの空間が、元あった冷たさを取り戻す……いや、元よりも冷たくなっている。現在進行形で、冷却が行われていた。

「ベアトリーチェ!」

「ペルソナチェンジ、スカディ」

朝倉とアイギス、二人の声が重なる。長門の足元から、いつぞや見たものとよく似た、二つの氷の柱が迫り出してきた。長門の体が、その氷柱によって、大地から持ち上げられてゆく。本体が足場を失ったためか、頭上の龍の動きが、わずかに乱れた。

「ベッラ!」

「トリスメギストス!」

そこに、森さんのペルソナが、熱気を孕んだ拳を叩き込み、伊織のペルソナが、無数の刃を放つ。
龍の体表に、一文字の傷が走った。
207:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 20:53:03.16 ID:t8V4LTxho

「今なら行ける……イシス!」

岳羽さんが召喚機を打ち鳴らし、突風とともに、無数の真空の刃が放たれた。ざく、ざくと音を立て、長門のペルソナの体表に傷がついて行く。

「く……」

龍の体の下で、長門が、息とも声ともつかない音を吐き出す。ダメージが通っているのだ。

「もう一度、行きます!」

先ほど、長門のペルソナに隙を作った功労者である天田が、再び召喚機を構えた―――天田の体が、青い光を吹き出し始めた、その時だった。

「―――サマエル」

長門が、三度、その名を呟いた。
ペルソナが体を戦慄かせ、全身から、奇妙な、形容しがたい色を帯びた光を放射し始める。

『これは……キョンくん、皆さ―――』

朝比奈さんの声が、半ばで途切れ、俺たちの体は、放たれた光によって包まれることを余儀なくされた。
頭の中で、誰かの声がする。


 ―――『神の悪意』


俺のペルソナの声ではない。それは、長門の声にとても良く似た、何者かの声だったように思える。
その声が脳内に響いた直後―――俺の体は、俺の意思では動かなくなった。
頭がくらくらし、体中が痺れたような感覚が、全身を包み込む。そして直後に、体の中に、巨大な鉛を詰め込まれたような、凶悪な吐き気が俺を襲った。
208:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 20:55:08.88 ID:t8V4LTxho
溜まらず、その場にうずくまる。胃の中身をぶちまけそうになるのを、寸でのところで堪える。
なんだ、こりゃ。

「アイ、ギス」

すぐ隣にいたアイギスの名を呼ぶ。しかし、アイギスは答えない。視線をそちらへ向けると、アイギスは苦しそうに、両手で胸を押さえながら、地面に力なく倒れている。
やられてしまったわけではない。しかし、どうやら眠ってしまっているようだ。
何だ。俺たちは、何をされたって言うんだ。
続いて、アイギスをはさんだ向こうに居たはずの岳羽さんを見る。彼女もまた、苦しそうに胸を押さえながら、顔を真っ赤にし、必死で呼吸をしている。が、眠ってしまっている様子はない。
更にその向こうには、朝倉の姿が見える。朝倉はというと、やはり同様に、苦痛に顔をゆがめながら、長門に向けて、なにやら口をぱくぱくと動かしている。
何なんだ、この凶悪な攻撃は。

「エラー、消去」

ふと、長門の声がする。
それは、地獄から沸き上がってくる、死神の声のように聞こえた。


「メギドラオン」


ああ、その単語は。
俺の記憶に、このモナドの塔と共に、強く残っていた言葉だ。



………

熱く、痛い。体の中で、ペルソナが喚いている。
……流石に、今のやつは効いたな。最早、頭がクラつく、などというレベルではない。立っていることも難しく、俺は冷たい床の上に、全身を投げ出していた。
209:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 20:56:02.15 ID:t8V4LTxho

ちくしょう。これで終わりなのか。

必死の思いで、首だけを起し、俺は長門を見る。
力なく、それでも二本足で立つ長門は、焦点の合わない瞳で、空中を見つめていた―――やっぱり、違う。こいつは、長門じゃあないんだ。
長門も精神は、もう、やられちまったんだろうか。もしかしたら、俺たちがやられちまった暁には、この長門のように、わけのわからん意志に精神を食われ、よくわからん、凶悪なペルソナもどきを背負わされる羽目になるんだろうか。
長門―――お前は、今、どこに居るんだ。

終わりか、これで。
俺たちは、何と戦っていたかもわからないまま、ここでやられちまうのか。
あいつにも―――ハルヒにも逢えないまま。

まさか、ハルヒも、この長門のように、やられちまってるんだろうか。
だとしたら、辻褄も合うな。イカレちまったハルヒの意思で、俺たちはこの影時間に引き寄せられ、そこで、無駄な戦いをした挙句、このわけのわからん塔の中で殺されちまう。
このまま?
長門の頭上で、再び、あの赤い竜が、体を震わせている―――その様が、やけにスローモーションで見える。

……ハルヒ。お前が望んだ事なのか?
お前が望んだから、俺たちは、ここで終わっちまうっていうのか?
違うよな、こんな結末は。
どんな滅茶苦茶な奴に頭をやられたって、お前がこんなのを望むはず、ないよな。
しかも、妹や、森さん……アイギスや、伊織たちをも巻き込んで。

なあ、ハルヒ。
そうなのか?
違うだろ?

そうだ。まだ、俺は、その答えを聴いてないんだ。
ハルヒに逢って、本当のことを聞かなきゃいけないんだ。
やられて―――たまるかよ。
210:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 20:58:18.47 ID:t8V4LTxho


「ペルソナ!」


渇いた喉から、その単語を放つ。
体から溢れ出す、青白い光。それと共に……青白い彫刻のような何かが、俺の視界に踊り込んでくる。
同時に現れる、『ⅩⅩ』のカード。

ああ、そうか。


 ―――我が手を取れ


こいつもまた、俺のペルソナなのか。


「―――『メサイア』!」


俺がその名を呼ぶと同時に、メサイアの体が光の塊に変わり、やがて、風船が割るかのように、弾け飛んだ。
その欠片が、俺の体に。更に、すぐ隣の、アイギスと岳羽さんの体に降り注ぐ。余った分は、空中を舞い、どこかへと飛んでゆく。多分、このフロアのどこかに居る、皆のもとへ向かったのだろう。

ふと、気づく。頭の痛みも、吐き気も、体の痺れも無い。体を起そうとすると、いとも容易く起き上がることができた。
隣を見ると、同じように、アイギスと岳羽さんが体を起している。長門の姿の向こうでも、続々と、ペルソナ使いたちが、我に帰ったかのように立ち上がり始めていた。

「……エラー」

とても小さな、長門の声がした―――あの、おぞましい声じゃない。俺の知っている、長門の声だ。
211:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 20:59:03.03 ID:t8V4LTxho
長門は空ろな瞳で、一点を―――俺の目を見つめたまま、ぼんやりとその場に立っている。
その頭上に、体をくねらせる赤い竜。

倒せる。
両足で地面に食らい付き、立ち上がる。体が軽い。自分の思ったとおりの言葉が、口をついて出る。

「ペルソナ!」

目の前の悪夢に向けて、俺の中にある、力の全てを解き放つ。
俺の体から、いつか見た、体中にタトゥーを刻み込まれたペルソナが現れ、漆黒の天井を見上げ、吠えた。


 ―――地母の晩餐


いつか聞いた物と、同じ声。
そして、いつかそうなったように―――大地が、割れた。





………

もともと何も無い空間だった、ということもあり、目覚めたとき、その場に広がっていた荒廃した空間に、違和感は覚えなかった。
その空間を囲うように、仲間たちの姿があり、その中心に、同様に倒れた長門の姿があった。

「長門」

その名を呼びながら駆け寄る。あの赤い龍の姿は、どこにも無い。
212:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 20:59:32.24 ID:t8V4LTxho

「有希!」

俺とほぼ同時に、長門の元にやってくるのは、朝倉だ。
長門の体を抱き起こす役目は、朝倉に譲ってやることにする。

「有希、有希!」

力ないその体を揺さぶりながら、何度もその名前を呼ぶ。数度目に、朝倉がその名前を呼んだとき、長門が、目を開けた。

「……朝倉……涼子」

「有希、大丈夫?」

「召喚シークエンス、オルフェウス」

と、アイギスが、二人のそばへ駆け寄り、回復を施す―――しかし、長門の傷が癒える様子はない。

「長門」

恐る恐る。といったように、俺は長門に声をかける。長門は、俺の顔と朝倉の顔を交互に数度見比べたあと

「……この、先に」

と、呟いた。
この先。俺はその言葉を聞き、周囲を見渡す。仲間たちの姿とは別に、部屋の一部に、天井の闇へと上る光の帯を放つ、正方形の台があるのが見て取れた。

「居る、涼宮ハルヒ……私は、食われ、貴方たちに、涼宮ハルヒの力を……やつに食わせる、術を、犯させた」

こいつは紛れも無い、俺たちの知る長門有希だ。瞳は空ろであり、言葉は力ない。しかし、もう、誰かに意識を乗っ取られたような存在じゃない。
213:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 21:00:04.57 ID:t8V4LTxho

「あの光の先に、ハルヒが居るんだな」

「そう」

と、僅かに肯きながら言ったあと

「……涼宮ハルヒも、また……心を食われ……の……奴隷に」

長門の言葉はあまりにも僅かで、掠れていて、聞き取ることが出来ない。
長門。お前をあんなにしちまったのは、一体どこのどいつなんだ。
教えてくれ、長門。

「……奴……は…………混沌……ハルヒ……助け……」

『混沌』―――。
その言葉を残した直後、長門は役目を終えた天使か何かのように、音も立てず、静かに目を閉じた。

「有希?」

朝倉が、その名を呼ぶ。

「ウソでしょ、有希! 起きてよ、ねえ、有希!」

幾度もその名前を呼ぶ。しかし、長門は目覚めない。

「ウソよ、こんなの……有希……有希っ!」

朝倉が、力なく崩れた長門の体を抱き、その名前を叫ぶ。
214:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 21:01:01.28 ID:t8V4LTxho

「キョン、その子は……」

言葉を濁らせながら、伊織が言う。

「俺たちの、仲間だよ」

「そ、か……」

一瞬の伊織との問答を終えた俺は、新しく発生した、上部への経路を見上げる。
この先に―――ハルヒが居る。


『来なさいよ』


ふと、頭の中に、そんな声が聞こえた気がした。
……言われんでも、今行くさ、


道はたった一つ。
俺たちに、もう、選択肢などは残されていないのだから。





………
215:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 21:02:09.58 ID:t8V4LTxho


「最初に、この塔に来たのは、いつだったかしら。もう、随分ここに居るから、どれぐらい前だかわからなくなっちゃったわ」


漆黒のカーテンに開けられた巨大な穴のような満月が、冷たい大気に満ちた、モナドの塔の屋上を、青白く照らしている。その月光を背負うようにして、涼宮ハルヒが、俺たちの前に立ちふさがっていた。
幼い子どもに、物語を読み聞かせるような、柔らかく、慈愛に満ちた声で、ハルヒは言った。

「影時間に、初めて気付いた日。私は、どうして良いか分からなくて、まず、真っ先に、学校を目指したの。あの日の夢のように、学校に行けば、全てが元に戻るかもしれないと思って」

逆光の所為で、ハルヒがどんな表情を浮かべているか、いまいち読み取ることが出来ない。俯いたその顔は、泣いているようにも、笑っているようにも見えた。
解読不可能の表情のまま、ハルヒは次々と言葉を紡ぐ。

「そこでね、『あいつ』に会ったのよ。あいつは、私に全てを教えてくれたわ。私の持つ力のことも、この影時間の正体も。私が望めば、手に入らない物なんてこの世にはない。『あいつ』はそれを教えてくれたの」

俯いていたハルヒが、ゆらりと面を上げ、俺たちを見た。
―――笑っている。

「でもね。私は未熟だから、その力を使いこなすことが出来ない。私が本当に全てを手に入れるには、私は強くならなきゃならない。あいつはそうも教えてくれた。私は当然、それを求めたわ。望むもの全てを手にできる存在に、私はなりたかった。
 だから私は、あいつを受け入れたの。一つになったの。そうして、タルタロスが生まれた。あの塔はね、私の心の中の世界。シャドウを倒すことで、私は私の心のもっと奥へと入って行ける。……シャドウを倒す為の力も、あいつが授けてくれた」

そう言うと、ハルヒは、右手をスカートのポケットへと挿し込み、そこから、一枚のペルソナカードを取り出した。

「心が開けるたびに、私の力は強くなった。ペルソナも増えていったわ。私は毎日毎日、影時間が来るたび、タルタロスに来た。上の連中なんかつまらないから、私はずっとモナドに居たわ。
 それは誰にも知られない、私だけの時間だった。でも、そこに何故か―――あんたが入り込んできた」

そこまで話した後、ハルヒの、温度のない瞳が、俺の顔面へと向けられる。

「あんたたちが、私の邪魔をしに来たんだと思って、どうしてくれようかと思ったんだけど。でも、どうやらあんたたちは、シャドウたちを倒して、私が力を手に入れて行くのを、手伝ってくれてるみたいだった。
 だから、私はずっとモナドに身を潜めて、あんたたちが、全てのシャドウを倒してくれるのを待ってたの。もう面倒だったから、影時間の外に出るのも、やめちゃったわ。そうしたいと思ったら、できちゃったのよ」
216:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 21:03:02.06 ID:t8V4LTxho
そこまで話し、ハルヒは両手を腰ほどの高さに上げ、手のひらを上へと向けた。

「すべてのシャドウが倒された今、私は、深層・モナドと一つになった。キョン、あんたたちの手助けのおかげで、予定よりずっと早くにね。それと、そっちの……あなたたちのことは、いまいち知らないけど。何にしろ、助かったわ。ありがとう」

ハルヒが、アイギスたちの顔を見回した後、微笑む。悪意のかけらも感じない、純朴な微笑が、逆に気味悪く感じられる。

「もう……全てを、知った、というのですか、あなたは」

古泉が掠れた声で呟くと、ハルヒは視線をそちらへと向けて、微笑みを浮かべたまま、

「私の力も、古泉君や有希が何もなのかも、全部分かったわ。そりゃ、びっくりしたわよ。それなりに。でも、私はそれよりも、自分の力の全てを手に入れたかった。そうすれば……或いは、全てを、『なかった事』にだって、できるかもしれないじゃない」

ふ、と。ハルヒの浮かべている笑顔の性質が、僅かに変わった気がした。―――何もかもを、なかった事に。それが、ハルヒの求めている世界の形なのだろうか。何かを悼むような視線を、空中に泳がせるハルヒ。

「有希は……有希には、何をしたの!」

俺の左後ろで、朝倉が吼える。体から青い光を滲み出させながら、今にもハルヒに掴みかかりそうな剣幕だ。しかし、それをしないのは、深層心理で分かっているからだろう。ハルヒは、俺たちが容易く勝てるような相手じゃない。

「さあ、私は知らないわ。ただ、あいつがね。有希は厄介だから、手を打つとは言ってたわ。何をしたのかは知らないけど、私も、有希が味方になるのは嬉しかったし。ま……あんたたちに、やられちゃったみたいだけど」

「違う、有希を傷つけたのは、あなたよ!」

朝倉が、刃のような言葉を投げつける。それを受け、ハルヒは、呆れた様に溜息をつき、

「安心しなさいよ。もうすぐ、こんな世界、なかった事にしてあげるから。今度はね、もっとまともな世界に書き換えてやるわ。古泉君も、みくるちゃんも、有希も、出鱈目な存在じゃない世界。
 ……おかしいわね。あんなにも欲しがってた、不思議な事すべてが、こうして手に入れてみると、いらなくなっちゃったんだから」

ハルヒの言っていることは、本当なのか?
俺は、薄ら笑いを浮かべる、ハルヒの顔を見つめながら、つい先刻、長門が、俺たちに残した言葉を思い出す。
217:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 21:04:02.13 ID:t8V4LTxho


 ―――ハルヒもまた、心を食われている。


 ―――『混沌』に。


混沌。
ハルヒの言う『あいつ』というのが、その混沌という奴なのだろうか。ハルヒはそいつを受け入れ、一つになったと言った。
しかし、そいつは、一体何のために、ハルヒに真実を教えたのだろうか。それだけでは飽き足らず、俺たちや、伊織たち。長門までもを巻き込んで、ハルヒの力を強めることを促した……それによって、そいつに、何の得があるのだろう。

「やらなきゃいけない事は、あと、ひとつ……このモナドの塔から、あんたたちの存在を消してしまえば、私とモナドの間を遮るものは、何もなくなる。そして……私は、世界を作り直すの。あんたたちにも、悪い話じゃないでしょ?」

ハルヒがそこまで話し終えると、世界は、周囲に吹き荒れる風の音だけを残して、止まってしまったように思えた。誰も口を開こうとはせず、ただ、憂いを帯びた表情を浮かべるハルヒを、十人の視線が射抜いていた。
そうして訪れた、数秒ほどの沈黙の後で、ハルヒは再び口を開いた。

「もう、この世界は、おしまいなのよ。私は全てを知ってしまった……もう、何も知らなかった頃には戻れない」

ハルヒの表情から、微笑みが消え、悲痛な小声が、俺の鼓膜にかろうじて届いた。

「全てを作り直すしか、手段はないのよ。これから先の未来なんて、誰も幸せになれないって、分かりきってる。それが、あんたには分からないの?」

ハルヒは、僅かに伏せた瞳に俺を映しながら、痛みを堪えるような語調で話しながら、最後に、俺に視線を向けた。
その視線を受け、俺は、考える。
―――ハルヒが、全てを知ってしまった
果たして、これから、世界はどうなるのだろう。
世界の全てが、涼宮ハルヒに委ねられる―――それが一体どんな未来を産み得る事態のか、考えようとしても、まるで誰かが、そこに立ちふさがっているかのように、想像することができなかった。

「私の力が、全てを壊してしまう前に……私は、世界を作り直すの。それが―――私の、みんなへの、償い」
218:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 21:05:01.38 ID:t8V4LTxho
償い。
ハルヒの口にしたその単語が、俺の頭の中で、何度も繰り返される。
たしか、それは、罪を犯した人間に課せられるものだったはずだ。
そうか。今、ハルヒの心を動かしているのは―――罪悪感なのか。

きっと、ハルヒはこう考えたんだろう。
自分が、無意識下の力によって、何かを起こす度に、古泉や長門、朝比奈さんらが、それらを解決するために、尽力させられていた。
ハルヒにとって、世界が当たり前に回るように、常に根回しをし続けていた、周りに連中に対して、申し訳ない事をした、と。
それを強いていた自分は、罪にまみれていたのだ、と。

そして、その償いとして、企てたのが―――世界の再生。
初めから、何もなかったことにする。古泉も、長門も、朝比奈さんも、なんの力も持たない、ごく普通の人間である世界の創造。
言わば、あいつらを……世界を、『涼宮ハルヒ』から解放してやることが、自分の力を知ってしまったハルヒに出来る、最大の償い。

「そうよ」

ハルヒは、俺の思考を読み取っていたかのように、言葉を発した。
力を持ってしまった者に課せられるべき、『代償』を、受け止める事。それが、力を知ってしまった者の、抗うことの許されない、宿命。
しかし、それを受けるというのは、即ち―――

「私は、私ができる限りのことを、するの」

ハルヒが、す。と、天を見上げ、呟く様に言葉を紡ぎ始めた。
そして―――


「全てを、当たり前に変えて、巻き戻して、そして―――私は、消えるの」


と、表情を失いながら、言った。
219:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 21:06:01.30 ID:t8V4LTxho

「消える、って……」

ぽつりと、俺の後ろで、伊織が呟く。

「いや……おかしいだろ、なんで、アンタが消えなきゃいけないんだよ」

「私は、この力を手放すことはできないのよ」

す。と、無表情の見つめる先を、足元へと移しながら、ハルヒは言った。

「力を失うことも、自分の記憶を消すこともできない。誰かに委ねることもできない。この力……『涼宮ハルヒ』の呪縛から、世界を解放するには……私が、この世界からいなくなるしかないの」

まるで世間話でもするような、平坦な口調。

「私は、世界を作り直す。私なんて、元々いなかった世界を創る。そして、この力を抱いて、消える。そのために……私は、このモナドと一つになる」

不意に、ハルヒの手の中にあったカードが、弾ける。同時に、ハルヒの体から溢れ出す、青白い光。

「私の考えが理解できたなら、この塔から降りなさい。邪魔をするなら……無理矢理にでも、消えてもらうわ」

き、と、ハルヒの視線が、鋭くなる。
その視線を受けた俺が、無言でペルソナカードを取り出すと、周囲の仲間たちも、それに倣うように、臨戦態勢に入った。

ふざけんなよ、ハルヒ。
償いだの、開放だの、勝手な事ばっかり言いやがって。
そんなもん―――知ったことかよ。

お前が消えようとしているのを、黙って見ていられるか。
待ってろ、今……目を覚まさせてやる。
220:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 21:07:01.99 ID:t8V4LTxho

「ペルソナ!」

ハルヒの口から放たれたその単語が、屋上の大気を震わせる。呼び声に呼応し、現れたのは、赤い衣装に身を纏った、道化師のような姿のペルソナだった。

「行きなさい、『アポロ』!」

ハルヒのペルソナが、右の拳を握り締めると、周囲の空間が一瞬、陽炎のように歪み、直後、ペルソナの拳が、閃光を帯び、やがて、炎を纏い始めた。

『みっ、皆さん、今の涼宮さんのペルソナは、炎のペルソナです! 攻撃がきます―――とても強くて、重い力です!』

降り注いだ、朝比奈さんの声を受け、最初に動いたのは―――森さんだった。細く引き締まった脚でモナドの屋上を蹴り、ペルソナの光を身に纏いながら、ハルヒとの距離を縮めてゆく。そして、ハルヒの前に立つ赤い道化師へと向けて、髑髏柄のペルソナを放った。

「ベッラ!」

現れた、森さんのペルソナが、左の拳を振り上げ、ハルヒのペルソナが放った攻撃に、拳をぶつけ合わせるように振り下ろした。一瞬のインパクトの後、力が拮抗する、ギリギリという音が、離れた場所からでも聞いて取れるほど、激しく鳴り響いた。

「古泉!」

「はい!」

ハルヒのペルソナとの力比べを繰り広げながら、森さんが古泉の名を呼ぶと、既に臨戦態勢に入っていた古泉が、傍らに、薄緑色のペルソナを携えながら、駆け出した。直後に、赤い光の矢の雨が放たれ、森さんの背中へと差し掛かる。
その矢が、今にも体表に食らいつきそうになった、その瞬間、森さんはタン。と、大地を足で蹴り、ハルヒのペルソナの頭上へと飛び上がった。
同時に、拳を繰り出していた森さんのペルソナが解除され、矢の雨の標的は、必然的に、ハルヒのペルソナへと移る。更に、空中の森さんが、眼下の赤い道化師へと向けて、今度は右の拳を振り下ろす。
頭上と前方からの、同時の攻撃。しかし、攻撃が食らいつこうとした瞬間、ハルヒはポケットから、新たなカードを出し、それを空中へと放った。
同時に、道化師のペルソナの姿が消え、二人の攻撃は標的を失い、空を切る。

「来なさい、『ヴィシュヌ』!」

ハルヒの体から、新たなペルソナが繰り出される。漆黒のマントに身を包んだ、青鬼の如き姿のペルソナだった。
221:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 21:08:00.98 ID:t8V4LTxho
そのペルソナが、仰々しく両腕を振りかざすと、あたりの空間に、風が吹き始めた。初めは僅かな風だったが、それはすぐに、真空の刃を伴う、ハルヒの体を中心とした旋風となり、俺たちの体を一度に襲った。

『か、風です! えと、吹き飛ばされないようにしてください!』

「ラウレッタ!」

叫んだのは、妹だった。現れた桃色の両腕が、俺たちとハルヒとの間に、薄い光の障壁が発生する。吹き荒れる風が、障壁によって阻まれ、押し返される。真空の刃が、乱れ舞うように、あたりの空気を切り刻んでゆく。

「召喚シークエンス、ノルン」

アイギスがペルソナカードを放ち、黄金色の女神の姿をしたペルソナを伴いながら、吹き荒れる風の中に突攻する。風を吸収しながら、ハルヒと、そのペルソナへと接近するアイギス。お互いのペルソナが、射程距離に入ったあたりで、アイギスは更に新たなペルソナカードを放った。

「ペルソナチェンジ、『アテナ』」

現れる、巨大な盾を手にした、戦乙女の如き姿のペルソナ。アイギスは、前進する体を止めないまま、ペルソナの持つ盾を前方へと突き出し、そのまま、ハルヒに突撃した。

「ヴィシュヌ!」

ハルヒが再び、そのペルソナの名前を呼ぶと、あたりに吹き荒れる旋風の風力が僅かに緩み、青鬼のペルソナの右腕が光を帯び始め、次の瞬間、その手の中に、巨大な斧のような武器を作り出された。
それが、ハルヒのペルソナの両腕によって、天高く振り上げられ、迫り来る、アイギスのペルソナの大盾に向け、振り下ろされる。ガァン。と、重く、それでいてよく通る、奇妙な音がした。

「く……」

声を漏らしたのは、アイギスだ。その身を覆うペルソナの大盾が―――ハルヒの放った攻撃によって、破壊されたのだ。そして、盾をかち割った光の斧は、今、アイギスのペルソナの体表へと、その刃を食入らせている。

「アイギス!」

岳羽さんがその名叫び、妹の張った障壁から飛び出す。その体を、吹き荒れる旋風が襲うが、風の刃によるダメージを受けている様子はない。しかし、圧倒的な風力が、彼女の体を転倒させた。
それを見たハルヒのペルソナが、アイギスのペルソナに食い込んだ斧を引き抜き、倒れた岳羽さんに向かって、手の中の斧を投擲した。
旋風の中を、真っ直ぐに突き進む、ハルヒの斧。
222:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 21:09:01.09 ID:t8V4LTxho

「ゆかりちゃんっ!」

妹が叫び、岳羽さんと斧の間に、新たに障壁を作り出す。その障壁によって阻まれ、光の斧が弾き返される。しかし、それによって、初めに張られた、魔法を無効化するための障壁が解除された。辺りを吹き荒れる嵐と、かまいたちが、俺たちを襲う。

「うおっ!」

風に弱い伊織が、声を上げたのが聞こえた。風は、いつぞや岳羽さんが巻き起こした竜巻に匹敵するほどの風力を有していた。立っていることすら難しい。
なんとか両足を地面に食らいつかせながら、俺はハルヒを見た。視界の中で、ハルヒがまた新たに、ペルソナカードを取り出す。―――待て。これ以上、何をする気だ。

「行け、『アルテミス』!」

マントの青鬼が消え、現れたのは、鏡のような鎧に身を纏った、女神の姿をしたペルソナ。女神が両手を天に翳すと、俺たちを吹き付ける風の温度が低下し始める。

『ひえっ、氷です! 空気が、凍りついて、みんな凍っちゃいます! 溶かさないと……』

朝比奈さんの声がそう告げた頃には、俺たちを取り巻く風の中に、無数の氷の結晶が混じり始めていた。風に吹かれた全身が、徐々に凍りついてゆく。思わず目を閉じると、瞼までもが凍りついてしまいそうなほどだ。

「ワオーン!」

朝比奈さんの声を遮るようにして、何処かから、風音に紛れて、コロマルの遠吠えが響き渡った。吹き荒れる風に、炎を噴きつける、コロマルのペルソナ。
それは、とても、ハルヒの元へ、攻撃として届くほどの火力ではなかったが、俺たちの体が凍ってゆくのを遅らせる程度の効果はあった。

「くっ……カーラ……ネミっ!」

凍結から逃れた天田が、大地に自らのペルソナを叩きつけながら、稲妻を迸らせた。吹き荒れる風の中であれども、光速の電流は、真っ直ぐにハルヒの体へと伸びてゆく。

「うあっ!」

ハルヒが声を上げ、一瞬、周囲の気温が上がった。ダメージが通ったのだ。
223:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 21:10:02.83 ID:t8V4LTxho
時を同じくして、屋上に吹き荒れる風が、弱まってきたのを感じた。先ほどのマントのペルソナが去ってから、時間が経った為だろう。今なら、ペルソナを召喚できる。

「行け、ネミッサ!」

ハルヒの傍らに立つ、鏡の女神に向けて、無数の拳を解き放つ。

「くっ、ヴィシュ―――」

ペルソナを解除し、新たに召喚しようとするハルヒ。しかし、拳がハルヒのペルソナへと叩き込まれる方が、僅かに早かった。

「くはっ……」

喉から息を漏らしながら、目を見開くハルヒ。……このチャンスを逃すわけには行かない。

「トリスメギストス!」

ハルヒを挟んだ向こう側から、俺の放つ拳に被せるようにして、伊織が斬撃を放った。刃は、ハルヒのペルソナの、鏡の装甲に、無数の傷を作り出し、僅かにだが、亀裂を入らせた。

「やっちまえ、ネミッサ!」

風はもはや、行動するのに何ら問題をきたさないほどに弱まっている。俺はネミッサの拳を、更に、ハルヒのペルソナに向けて叩き込む。肉を殴りつける、生々しい感触が、俺の両手に伝わってきた。

「ヴィ……シュヌ……!」

拳と刃の嵐が止むと、ハルヒは体をふらつかせながら、それでも強かに、ペルソナカードへと手を伸ばした。再び、マントの青鬼が現れ、あたりに旋風を作り出そうとする。しかし、それを阻む、別の風が、既に、屋上内に吹き始めていた。

「もう、好きにはさせない……! イシス!」

岳羽さんが、ペルソナを召喚していた。その巨大な翼が、せわしなく空を煽ぎ、ハルヒの介入を許さぬ、分厚い風の要塞が、屋上を支配していた。
真空の刃に切り裂かれ、身を震わせるハルヒ。
224:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 21:11:08.58 ID:t8V4LTxho

「く……は……」

ペルソナが受けたのと同様の傷を、全身に刻み込まれ、ハルヒはついに、膝をついた。その手の中のペルソナカードが地に落ち、霧散する。

『す……涼宮さん、体力が、もう……』

朝比奈さんの声が届くよりも早く、俺たちの攻撃の手は止まっていた。これ以上、攻撃を加える必要はないと、誰もが察したのだ。

「こんなの……私は……ゆるさない……」

「……ハルヒ」

俺が声をかけると、ハルヒは、俯いた顔を上げた。
その視線が、俺へと突き刺さる―――いつもの、ハルヒの目。どこまでも真剣で、自分の信じた事を貫く、涼宮ハルヒの目だ。

「どうして……わからないの……もう、この世界に、未来なんて……ない……」

絶え絶えに言葉を紡ぐハルヒ。その手が、ポケットに伸びるのを見て、何人かが身構える―――

「……なあっ、もういいだろ!」

と―――叫んだのは、伊織だった。

「何だよ、これ……何でこんなことになってんだよ! いいじゃねえか、もう……十分だろ……」

後に行くに連れて、細くなってゆく伊織の声。

「こんな、ボロボロになるまで、世界の皆のこと、考えて……だったんだろ……古泉も、長門ってやつも、朝比奈さんだって、もう、アンタに罪を償ってほしいなんて、考えてねえよ!」
225:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 21:12:01.19 ID:t8V4LTxho
俺は、黙ったまま、古泉に視線を向けた。神妙な面構えで、ハルヒの姿を、痛々しそうに見つめている。

「違う……もう……許されないの……私は……」

ハルヒが言うと、伊織は目を見開きながら、

「だから! 許すとか許されないとか、誰にだよ! アンタにそんな事言える奴、誰がいるってんだよ!」

「―――全てよ!」

伊織の声を弾き返すように、ハルヒが叫ぶ。その、フラフラになった体で、大地を踏み、立ち上がりながら。

「もういい……私の言うことが……理解、できないなら……もう……躊躇なんてしない……」

ハルヒが、ゆっくりと、ポケットからペルソナカードを取り出す。

「ペル……ソナ……!」

青い光が、再び、ハルヒを包み込む―――その時。

『―――み、皆さん、逃げてくださいっ! これは―――死神、死神がっ!』

舞い降りてきたのは、朝比奈さんの声ではなく、山岸さんの声。
そして―――


「行きなさい―――『タナトス』!」


ハルヒの声と共に―――俺たちは、闇に包まれた。
226:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 21:13:03.02 ID:t8V4LTxho



………

冷たい風の吹き荒ぶ、モナドの塔の屋上。
そのだだっ広い空間に、直立しているのは、俺と、ハルヒの、二人だけだった。
血の色の床の上には、古泉や朝倉、アイギス、伊織たちが倒れ伏している。皆、かろうじて呼吸はしているようだが、目覚める様子を見せる者は誰もいない。

「どうして」

俺は、数十メートルほど離れた地点に立つ、傷だらけのハルヒに向け、言った。

「あんただけは……最後に倒してやろうって、思ってたの」

ハルヒは、僅かに血の筋が垂れた唇を動かし、言葉を紡ぐ―――その傍らに、あの、死神のペルソナが浮遊している。

「あんたは……私が、生かすって……一度は、決めた相手だから……」

ぜーぜーと、苦しそうに呼吸をしながら、ハルヒは、俯いていた面を上げ、俺に視線を向けた。

「あんたに、ペルソナを与えたのは、私。私のペルソナ……『ダンテ』の一部を、あんたに与えたの……あの日、あんたが『マジシャン』に、殺されそうになった時」

ハルヒは、一体何を言っているんだ?
俺が、殺されかけた時―――そう聞いて、思い出されるのは、最初に出会った、あの無数の手によって構成されたシャドウの件。
そこで、俺は思い出す。あの時―――確かに、俺の耳に、ハルヒの声が届いていたことを。


 ―――アンタのことは、生かしておいてあげる―――
227:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 21:14:00.88 ID:t8V4LTxho

「俺を助けてくれたのは……お前だったのか」

「あんたの『ダンテ』は、私の心の海から生まれた者……だから、ちゃんと、返してもらおうと思ってね」

ぐい。と、口元の血を拭い、死神のペルソナを解除するハルヒ。そして、スカートのポケットから、新たなペルソナカードを取り出す。

「これが、本当のダンテ。十二体のシャドウの血を吸った、私の、最後のペルソナ」

そのカードが、空中へと放たれ―――ハルヒの体が、ペルソナの光に包まれる。ゆっくりと、ハルヒの体から現れたのは―――俺の知るダンテのそれよりも、いっそう赤い肌を持ち、背中に二本の羽ペンを携えた、ダンテによく似たペルソナだった。

「名付けるわ、今……これが、私の、『モナドダンテ』よ。そして、モナドに残っているのは、あんただけ。あんたが力尽きれば……私のペルソナは、完成する。私の力の全てが、私の物となる」

ひと呼吸、間を空けた後、

「私はその力で、世界を再生させ、この世界から消える……安心して、そこに倒れているみんなも、元に戻る……あるべき場所に還る。ただ、私がいなくなるだけ」

「……それが認められないから、俺たちはここにいるんだ」

俺がそう言うと、ハルヒは再び俯いた。―――何かを、考えているんだろうか。

「……何度も言わせないで……他に選択肢なんか、ないの」

その言葉と同時に、ハルヒの傍らのペルソナが、二本の羽ペンを抜き、構える。

「あんたのダンテを出しなさい」

ハルヒがそう言うと、俺が意識するよりも早く、俺の体から、ダンテが現れた。まるで、俺の体が、ハルヒの意思で動かされているかのようだった。

「これで、最後よ……行け、モナドダンテ!」
228:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 21:15:02.55 ID:t8V4LTxho
ハルヒが咆哮すると同時に、ハルヒのペルソナは、足下を蹴り、こちらへと向かって駆けてきた。
それを迎え撃つべく、僅かに遅れ、俺のダンテが羽ペンを構える。
ハルヒのペルソナは、両の手に携えた、俺のダンテのそれよりもわずかに小ぶりな羽ペンを、眼前で交差させ、全体重をかけて、俺に斬撃を放ってきた。
ダンテは、両手で握り締めた羽ペンを右から左に薙ぐ形で、その剣撃を受け止める。
攻撃は―――決して重くない。当たり前だ、ハルヒは既に、満身創痍なのだから。

「やれっ!」

両手に力を込めると、いとも容易く、二本の羽ペンが、ハルヒの手の中から弾き飛ばされ、あたりに転がった。
そのまま、ハルヒのペルソナの喉元へと、ペン先を突きつける。

「ハルヒ」

その体勢のまま、俺はハルヒに声をかけた。痣だらけの顔で、それでも、真っ直ぐに俺を見つめるハルヒ。

「……これで……終わりよ……」

唇が動き、消え入りそうな呟きが、俺の耳に届く。同時に、ハルヒのペルソナが、解除される。

「あんたなら……そうしてくれるって、思ってた……優しいからさ……」

……俺には、わかる。ハルヒが、俺に何を求めているのか。
ハルヒが世界を再生させる事なく、全てに終止符を打つ、たった一つの方法―――しかし、それは、俺にとって、余りにも過酷な―――


「私……この世界から、消えるためなら……あんたに殺されても、いいよ」


―――ハルヒが求めていたのは、誰かに許されることなんかじゃない。
自分が―――『涼宮ハルヒ』が、『涼宮ハルヒ』から解放されることだったんだ。
229:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 21:16:01.61 ID:t8V4LTxho

「キョン……お願い……」

宝石のようなハルヒの瞳から、涙が滲み出してくる。まるで、今まで押し殺していた、真実の感情が、溢れ出しているかのように。
涙は、ハルヒの顔を、あっという間に、くしゃくしゃにした。

「私を……たすけて……キョン……」

ハルヒには―――逃げ場がないのだ。
自分の持つ能力を知り、それによって、知らず知らずに犯していた罪を知り―――生き続けることさえ、長くはできなくなった。
生きていれば、きっと、何かを起こしてしまうから。

「キョン……」

泣きじゃくりながら、俺の名を呼ぶ、ハルヒ。
その、ボロボロの体に、俺は歩み寄り―――その体を、抱きしめた。

「泣くな……」

制服のブレザーに、ハルヒの涙が染み込んでゆく。
影時間から出なくなって、しばらくが経過したためか、ぐしゃぐしゃに荒れ、伸びた髪の毛の上から、その頭を撫でくり回す。

「俺がいてやる。古泉だって、長門だって、朝比奈さんだって……お前が何を起こそうと、そばにいてやる」

ハルヒにとって、それが苦痛であることは、分かっている。
それでも、俺には―――ハルヒを殺すことなど、出来ない。

「お前が集めたメンツだろうが……最後まで、責任とれよ。お前が死んだら……俺たちは、どうすりゃいいってんだ」

「キョン……私―――私、消えたく……な―――ー」
230:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 21:17:00.76 ID:t8V4LTxho
ハルヒの言葉は、突然、何かに遮られるように、途切れた。
俺とハルヒの二人しか存在しない、このモナドの屋上で、いったい、何がハルヒの言葉を遮ったのか。

「―――ひっ」

異常を感じ、俺はハルヒの表情をうかがう。目が強く剥かれ、何かにおびえるように、その表情は、強ばっていた。

「ハルヒ?」

「な、何、これ……やだ、何、誰……あた、あたしの中に、中から、来るっ……」

胸を押さえ、焦点の会わない視線をそこらに振り回しながら、ハルヒが喘ぐ。俺は―――目の前で何が起きているのか、それを考えることが出来ない。
ハルヒの中に居るもの?


ああ、そうか。
そいつが、ついに、出てくるのか。


「かっ、は―――っ―――……」


やがて、ハルヒの声は止み―――
代わりに、俺の目の前で、ハルヒの口から、その声が溢れてきた。


「……君たちのお陰で、事は随分、首尾よく進んだよ」


出やがったな。
231:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 21:18:02.03 ID:t8V4LTxho

「テメエは、何者だ」

俺のその言葉を聴くと、そいつは、ハルヒの顔で、何やら満足そうに笑い

「くっくっく、やはり、今度こそは、あの憎きフィレモンの邪魔も入らなかったようだ」

意味の分からない単語が、そいつの口から飛び出す。
ハルヒの顔で、珍妙なセリフを吐かれることに、軽い苛立ちを覚えながら、もう一度、

「テメエは……何者だ」

「ふむ」

一呼吸を置いた後、そいつは言った。


「這い寄る混沌、ニャルラトホテプ」


ニャルラトホテプ。
遠い昔に、何かの小難しい本の隅に、そんな名前を見たような気もする。

「お前が―――ハルヒに、全てを話したのか」

「良いだろう、ここまで私の計画に貢献してくれた御礼だ。貴様には、我が計画を教えてやろうか」

ハルヒの姿をしたそいつが、俺の腕の中から退き、月を見上げる。
俺は、いつの間にか冷や汗でまみれていた手を、ブレザーの裾で拭いながら、ハルヒの姿をしたそいつが話し出すのを待った。
232:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 21:19:01.00 ID:t8V4LTxho

「……私は、この宇宙を生きる者たちの、普遍的無意識の化身。遥か古代より、人の営みを見続けてきたものだ。全ては、人という生き物が、完全たる存在になる時のために。私は、弱き者を、奈落の底へと引きずり込む役目を持つ」

ふと、気づく。最初はハルヒの声であったそいつの声が、徐々に濁った何かに変わり始めている。

「しかし。私はもはや、人が完全な生き物へなれる日などが来るとは思っていない。遥か古来より、人は影を積み重ね、愚かな、醜い生き物へと変わってきた。
 もう、人間という生き物は、終わってしまっているのだよ。これ以上、進化の可能性などはありえない」

進化の可能性。その単語が、俺の頭に引っかかる。そうか。こいつは、長門の親玉と似たような存在だってわけか。

「この人の世には滅びが必要だ。私は過去に幾度となく、その滅びを齎そうとした。しかし、その度に、愚かな人間たちが……自分の影も知らぬ者たちが、フィレモンに唆され、私の邪魔をした。だが、今回は違う。私は見つけたのだよ。人の世に、確実な滅びを与えることのできる力を」

そう言って、ハルヒの姿をしたそいつは、ハルヒの手を、ハルヒの胸元に当て、気の遠くなるような薄笑いを浮かべた。
―――その滅びとやらを、ハルヒの力を使って、齎そうって言うのか。

「この女の力を手にするために、私はこの女の精神を、影なる時間、そして、そこに聳える混沌の塔として具象化させた。私がすこし唆してやったら、この女は、喜んで私を受け入れたよ。
 私はこの女の精神と同化し、この女が、自らの普遍的無意識へと、足を踏み入れてゆく、その過程を共にした。そして、今……私とこの女は、女の持つ力の全てを手にした。
 後は、この女という個体が消え去ればいい。全ての力は、我が手に移り、世界に滅びの時が訪れる。……まさか、最後の行程までもを、貴様らが担ってくれるとまでは思っていなかったよ」

「……涼宮さんを、騙したということですか」

不意に聞こえた声に、俺と、ハルヒの姿をしたそいつとが振り返る。振り向くと、古泉と、その体を支えるアイギスの姿があった。

「騙した? それは違うな。この女もまた、滅びを求めていたではないか」

ぐつぐつと喉の奥を鳴らしながら、そいつが言う。

「自らの力の大きさに耐え切れず、この女は滅亡を求めたのだ。望みを現実へとかえる、その力に、自分が飲み込まれてしまうことを恐れた。
 この女は聡明な人間だ。自らの愚かさ、弱さを知っていた。私はこの力を使って、この女が望んだとおり、滅びを齎してやるのだ」
233:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 21:20:01.18 ID:t8V4LTxho

「……あんま勝手なこと、言わねーでくんねーかな」

更にもう一つ、俺の後方から声がする。

「簡単に、滅び滅びっつーけどさ……一応この世界、俺らが死ぬ気で頑張って救ったわけよ。それを、あっさり、滅ぼすとか言われて……黙っていられるほど、人間出来てねーんだよ」

伊織と、その傍らに、天田の姿もある。

「人の愚かさとか、弱さとか……どいつもこいつも、そんなことばっかり!」

更に、聞こえてきたのは、岳羽さんの声だ。

「彼が守ってくれてるこの世界……私が百回死んだって、滅ぼさせてなんかやらない!」

豪語する岳羽さんの向こうで、朝倉と森さんが体を起すのが見えた。

「世界を救った数では、私どもも負けているつもりはありません」

「覚悟することね……有希にまで手を出した罪は、海より深いわよ」

「ユキ? あの情報統合思念体の端末のことか」

朝倉の言葉に、そいつ……ニャルラトホテプが反応する。

「愚かな個体だった。人の愚かさを知る身でありながら、人の情などを最後まで捨てなかった。貴様ら、愚かな人間たちに感化され―――」

「やめて!」

甲高い声が、濁った声を遮る。
234:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 21:21:01.14 ID:t8V4LTxho

「ハルにゃんのことも、有希ちゃんのことも、悪く言ったら、あたし、許さないから!」

俺の妹が―――桃色のペルソナを傍らに、猛々しく吠えていた。

「くっくっく……いいだろう」

ニャルラトホテプが、両手を広げ、満月を見上げる。
―――その、直後。
ハルヒの全身から、猛烈な勢いの漆黒の煙が噴出し、影時間の空に浮かぶ満月を覆い隠した。同時に、ハルヒの体が力なく崩れ落ちる。

「涼宮さん!」

ハルヒ―――。
俺と古泉、そして、アイギスが、床に落ちたハルヒのもとへ駆け寄る。

「レイズアップ、オルフェウス」

「メサイア!」

俺とアイギス、二人分の回復の光が、ハルヒの体を包み込む。先の戦いの傷は癒えたようだが、意識を取り戻す気配は無い。


『まずは貴様らから、滅びを与えてやろう』


おぞましい低い声が、天空から降り注ぐ。
見上げると、そこには……全身に無数の白い斑点を持った、漆黒の巨人の姿があった。
閉鎖空間に現れる、光の巨人と良く似た輪郭。その胸の部分が、奇妙に盛り上がり、何かを象る。
それは……ハルヒの顔だった。
235:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 21:22:01.46 ID:t8V4LTxho

『み、皆さん、これ、何が……どうなっているんですかっ!?』

不意に。頭の中に声が響く。朝比奈さんのものじゃない、山岸さんのものだ。

『モナドの塔の前に、とても大きな巨人の足が……あっ、それと……時間が、時間が動いてます!』

慌てて、零時計を見る―――終わらない零時を回り続けていたはずの長針が、止まっているのだ。

「ウソだろ、でも、影時間は終わってねえぞ!」

空と月、大気を見比べながら、伊織が言う。それを見受け、巨人は、ハルヒの顔の口の端を歪めさせながら、

『見たまえ、世界は終わり始めた。シャドウたちは街へ溢れ、人々を脅かしているだろう』

「何だと……?」

その言葉に、古泉が顔をゆがませる。

『わからないのかね。空白の時に閉じ込められていた影時間は、今、世界と一つになった。物を言わぬ棺となっていた人間たちも目覚め、今、この影の空の下に居る。世界がシャドウで埋め尽くされるまで、どれほどの時間が掛かるだろうな?』

ハルヒの顔を模したそいつが、笑う。

『シャドウとは、人の心に在る影の化身。人は己の影が作り出した魔物に食われ、潰えるのだ。これほど愉快なこともあるまい』

地獄の底から響いてくる、地鳴りのような、悍ましい笑い声だった。

「ハルヒ―――悪い、少し待っててくれな」

目を閉じた顔にそう語りかけ、床の上に、ハルヒの体を横たえる―――目前に、九人の背中と、巨人。
236:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 21:23:01.15 ID:t8V4LTxho


「ペルソナ!」


数人の掛け声が重なり、視界が青白く染まった。モナドの屋上から、ニャルラトホテプへと向けて、無数のペルソナが放たれる。

「トリスメギストス!」

「ワオーン!」

コロマルのペルソナが、天を見上げ、吠える。すると、伊織の放つ刃が、わずかに赤みがかった、膜のようなものに覆われ、空中に赤い帯を残しながら、ニャルラトホテプの体表へと叩き込まれた。
ジュウ。と、肉が焦げる音とともに、ニャルラトホテプの腕が切り刻まれてゆく―――次に動いたのは、古泉と、天田だ。

「ウェルギリウス!」

「カーラ・ネミ!!」

現れた二体のぺルソナは、一方は無数の矢を、一方は電流を迸らせる。二つのエネルギーが、絡み合いながら、巨人の胸、ハルヒの顔を模した、それがある部分へと着弾する。巨人の右腕が、それを振り払うように薙ぎ払われる。塔へと接近したその腕に、食らいつく者がいた。

「ベッラ!」

放たれた森さんのペルソナが、巨人の右腕へと両足で食らいつき、その体表を駆け上ってゆく。巨人が、それを振りほどこうと、左腕を振るうと、今度はその左腕へと飛び移り、更に高くへと登ってゆく、逞しき姿。
その森さんを援護するべく、ペルソナを召喚したのは、アイギスと朝倉だった。

「ベアトリーチェ!」

「スカディ」

二体のペルソナが現れると同時に、周囲の気温が低下する。もはや馴染み深ささえ覚える、絶対零度の温度だ。
237:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 21:24:01.42 ID:t8V4LTxho

「イシス!」

アイギスと朝倉が冷やした空気を、岳羽さんのペルソナが巻き起こした、旋風が煽った。

「ラウレッタ!」

吹きすさぶ風が、俺たちに危害を加えぬよう、発生する、我が妹の障壁。絶対零度まで冷やされた大気を投げつけられると同時に、ニャルラトホテプの体表が、徐々に硬質化してゆく。そこに、森さんは、渾身の拳を放った。
ビキ。という、重く、鈍い音とともに、森さんの拳が入った位置から下腹部に向けての、巨人の体に、亀裂が入る。

「やったっ!」

その光景を前に、岳羽さんが快哉の声を上げる―――しかし、それが、ニャルラトホテプにとって、些細なダメージでしかないことを、俺は感じ取っていた。

『遊びは、終わりにしてやろう』

頭の中に、声が響き渡る―――ニャルラトホテプの声だ。
その声が止むと同時に、ハルヒを模したの像の前に、二つの光輪が重なり合ったような、奇妙な形状の光が浮かび上がる。

『! 何、これ……とても強いエネルギーが、に、逃げて!』

響き渡る、山岸さんの声。しかし、一体、どこに逃げろというのか。
何しろ、そのエネルギーとやらは、俺たちでなく。
この―――モナドの塔の外壁に向けて叩きつけられたのだから。


『刻の車輪』


轟音とともに、足元が崩れ始める。
238:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 21:25:00.26 ID:t8V4LTxho
おいおい、マジかよ。見る見るうちに満月が遠くなり、視界に瓦礫が混ざり始める。俺たち、何階に居たっけ。あ、屋上か。屋上って、何階だっけ?とにかく、地面までの距離がハンパじゃないのは確かだ。

あたりは、見る見るうちに崩れてゆく。瓦礫と、空と、そこから覗く月光だけが、俺の視界を埋め尽くしていた。
塔の残骸が散らばっているばかりで、そこに仲間の姿は見当たらない。体はどんどん落下してゆく。天を仰ぐと、既に月はどこにも見えなくなってしまっていた。


「キョン!」


不意に―――俺を呼ぶ声がする。
重力に支配された体を無理矢理捻じ曲げ、声のした方向へ振り向く。
そこに在る、見慣れた顔。

「ハルヒ!」

まるで魔法の呪文を唱えるような気分で、そこに居た者の名前を呼ぶ。

「キョン、助けて―――怖いよ!」

塔が崩れる衝撃で、さすがに目を覚ましたらしい。そこにはハルヒが居て、俺と同じように、落下に身を任せながら、こちらに向けて手を伸ばしていた。―――空を泳ぐ。とはこんなことを言うのだろう。
俺は揺れ動く体を必死で鞭打ち、俺に向けて伸ばされたハルヒの手を握り締めた。しかし、それ以上どうすることも出来はしない。今や、ハルヒには神の力も何もないのだ。

体は止めど無く落ちてゆく。今、地上どれぐらいだろうか。分からない。俺の感覚なら、もうとっくに地面に叩きつけられていてもおかしくないんだが。
ハルヒは俺の手を両手で握り締めると、この場に似合わない、鳥の鳴くような声で言った。

「ごめんなさい、キョン、私、あいつに騙されて―――!」

先ほど、ニャルラトホテプが、ハルヒの体を借りて話をしていた間の記憶があるのだろうか。或いは、この状況から、全てを悟ったのか。
両目から、大粒の涙を零しながら、ハルヒは、何度も何度も、ごめんなさい。という言葉を発した。馬鹿野郎、そんな場合じゃないだろうが。
ハルヒの流した涙が、まるでシャボン玉のように、周囲に浮かぶ。それらが、俺たちを包み込む青白い光に反射して、輝く―――
239:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 21:26:12.72 ID:t8V4LTxho

「えっ……」

ハルヒが、ふと、声を上げ、辺りを見回す。
そして、ようやく、俺も気づく。

―――落下が止まっている。
辺りの瓦礫も、空中に浮かんだまま、それ以上落ちて行こうとしない。
まるで、魔法をかけられたかのように、だ。

「これ……何?」

ハルヒが呟く―――俺たちの足元には何も無い。
ハルヒの力ではない。ならば、一体誰が、こんな芸当をやってのけたのか。


ああ、答えは一つしかなかったか。


「……空間をロックした。しかし、長時間は保たない」


俺達の頭上に、いつの間にかやってきていたそいつが、言う。


「行って」

240:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 21:27:03.11 ID:t8V4LTxho

「有希ぃ―――!」

その名を、ハルヒが叫ぶ。
長門……俺達の前で目を閉じたお前が、どうして。

「影時間と世界が同期したことで、情報統合思念体とのリンクを行えた。近隣のヒューマノイドインターフェースが集結し、この空間をロックしている。……時間が無い。これから、貴方達を、ニャルラトホテプの元へと飛ばす」

傷らだけの制服こそそのままであるが、目の前に居るのは、間違いなく―――長門だった。

「チャンスは一度きり。ニャルラトホテプは、涼宮ハルヒの力を完全に支配できてはいない。彼女の力の最後の鍵は、今も生きているから」

深海の色を地上へ引きずり出してきたような、深い瞳が、俺を見つめている―――


「あなたが、そう」


その言葉と同時に。俺とハルヒの身体が、赤い光に包まれた。

「キョン―――!」

ハルヒが叫ぶ、俺とハルヒの身体は、周囲の瓦礫を砕きながら、上方へ向けて放たれた。いくつもの障害物が、俺達の目前で砕け、細かい粒となり、空中を汚してゆく。
ほんの少しの間、そんな奇妙な感覚が続いた後、俺たちは塔の外壁であったあたりを突き破り、ニャルラトホテプの立つ、北高上空へと飛び出した。

見ると、ニャルラトホテプは、突如、崩壊の止まったモナドの塔を前にうろたえながら、俺達のほかに、空中を舞う二つの光球を相手に、両腕を振るっていた。そいつらが一体誰なのか、俺は視認できずとも判った。いわば、ペルソナの共鳴とでも言うべきか。

「朝倉、古泉!」

ニャルラトホテプの頭上へ向かって、空気を切り裂きながら、二人の名前を呼ぶ。
241:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 21:28:08.42 ID:t8V4LTxho

『馬鹿な……またも、運命は、私の選択を否定するというのか!』

低く、濁った声で、ニャルラトホテプが呻く。その胸に存在したはずの、ハルヒの顔を模した彫刻は、崩れ落ち、訳のわからない凹凸の塊に、変わり果ててしまっている。

『涼宮ハルヒは、滅亡の鍵などではない。彼女は―――彼女たちは。進化の可能性』

それに答えるように、長門の声が、どこかから響き渡る。

『可能性だと……また、その言葉に、邪魔をされるのか……このような力は、もはや未来永劫生まれぬかも知れぬ……だというのに!』

ああ、残念だったな、混沌さんよ。
その貴重な宝物は、残念ながら、とっくの昔に、自分の運命を決めちまっているんだ。

「ハルヒ―――お前は、何がしたい?」

傍らのハルヒに向けて、尋ねる。
ハルヒは一瞬、驚いたような顔を見せた後で、叫んだ。

「戻りたい!」

そんなデカイ声で言わんでも、目の前なんだから、聞こえるって。

「私、戻りたい! 消えたくない―――また、みんなと一緒に過ごしたいよ、キョン!」

だ、そうだ。―――さあ、どうする? ニャルラトホテプ。

『……愚かな……しかし、覚えておけ……宇宙の中心で轟く白痴の塊とは、貴様ら自身だということを……! 貴様等がある限り……私は消えぬ……!』

譫言をつぶやくような口調で、のたまうニャルラトホテプ―――さあ、年貢の収めどきだ。
242:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 21:29:00.51 ID:t8V4LTxho
気づけば、ニャルラトホテプの頭部の周囲に、三角形を描くように、俺を含む三つの光球が浮かんでいる。


「ダンテ!」


「ベアトリーチェ!」


「ウェルギリウス!」


三人の声が、重なり、青白い光が、視界を―――世界を、満たす。


 ―――『神曲』


『ぐおおおおおおお!』


チープな叫び声をあげながら、漆黒の巨体が、跡形もなく消滅してゆく。
後に残ったのは―――長門たちの力によって、時間を止められたままのモナドの残骸と、空中に浮かぶ、俺たち四人のみ―――と、思いきや。

「キョンくん、よかった、やっつけたんだねっ!」

「……青春、というやつですね」

朝倉の光球の中には、俺の妹の姿があり、古泉のもとには森さんの姿があった。
―――そういや、あいつらは。伊織たちはどうしたんだ。
243:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 21:30:01.25 ID:t8V4LTxho

『時が、元に戻り始めている』

頭の中に、長門の声が響き渡る。

『全ては戻ろうとしている。ニャルラトホテプが、影時間を産み出した、その瞬間へ。……進化の力は、再び涼宮ハルヒの元へと還る。この記憶も、涼宮ハルヒの記憶からは抹消される。そして、本来イレギュラーであった、彼ら……伊織順平たちの記憶も』

あいつらも―――俺たちのことを、忘れちまうってのか。
それは、何というか。少し、寂しい気もする。短い間だったが、戦いを共にした、仲間だったわけだしな。

『心配ない』

と、俺の考えを振り払うように、長門の声がする。

『記憶は消滅する。しかし、絆が揺るぐことはない―――彼らは、あなたたちの、戦友。この先、何があっても』

……長門にしては、クサイセリフだが、そういうのも―――なんだ。悪くないかもしれないな。そんな気分になってきたよ。
ありがとうな、長門。

「キョン、私、また……あの力を、手に入れるの?」

と、俺の傍らで、ハルヒが呟く。
そうか、時間が元に戻る。それはつまり―――ハルヒは、何も知らないハルヒに戻る、ってことなんだな。

『……全ては、元に戻るだけ。恐れることはない』

「だって……私、また、何も知らずに、キョンや、古泉君、有希や、みくるちゃんに、大変な思いをさせて……」

半べそ。などというレアな表情を浮かべるハルヒが、そんなことを言う。
―――何を、今更。
244:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 21:31:02.61 ID:t8V4LTxho

「涼宮さん……僕らは、そんなに、信用ならない輩ですかね?」

古泉が言う。

「僕は、望んでいますよ。これまでの日常に、戻ることを。あなたと、彼の営みを眺める、毎日に還る事を、ね」

「古泉君……」

だ、そうだ。ハルヒ。おそらく一番迷惑を被っているであろう、こいつがそう言うんだ。お前が何を躊躇う必要も無い。

「……キョン」

何だ。

「あの言葉は、本当? ずっと、私の傍に、居てくれる?」

ああ―――勿論。


ゴウン。


そんなやり取りを交わしたのと同時に、周囲の空間が震動しだす。ただの地響きではない。何しろ、絶賛空中浮遊中の、俺たちまでもが揺れているのだから。

『私たちも、時空を巻き戻る。影時間の発生しない世界へと、世界は分岐する』

待て、長門。ハルヒはともかく、俺達の記憶はどうなるんだ。

『おそらく、継続する。今回の事例は、涼宮ハルヒが自らの力に気づいた場合の事例として、貴重なもの。我々がそれを記憶していることには、大きな価値がある』
245:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 21:32:00.82 ID:t8V4LTxho
なるほどな。
俺の妹にも、ハルヒのトンデモパワーがばれちまったんだが、そのあたりはまあ、いいんだろうか。

「もうすぐ、時間が戻るの? 私、みんな忘れちゃうの?」

ハルヒが言う。
ああ、おそらくな。この揺れ具合を見るに、世界が巻き戻るまで、多分、もうすぐだろう。

「……キョン、こっち向いて」

「なん」


ちゅっ


「おや」

「あーっ!」

「あら」


「……ど、どうせ忘れちゃうんだから、これぐらい、いいでしょ」


いや―――あの、ハルヒさん。
そうは言っても、話を聴く限り俺の記憶はなくならないようなんだが……

「っ、だから! 覚えとけっつってんのよ、わかんないヤツね!」
246:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 21:33:00.68 ID:t8V4LTxho
あー、うむ。なんだ。
……お言葉に甘えて、覚えておく。

「ハルヒ」

顔中を真っ赤にしたハルヒが、横目でこちらを見る。
それと同時に、世界がぶれ始める―――もう、時間か。


「また、部室で会おうな」


膨れ上がった仏頂面に向けて、そう囁くと同時に、世界は、暗転した。





………


どすん。


「……夢、だよな」

ベッドから落下し、目を覚ました俺は、いつぞやのごとく、寝ぼけた眼で、見慣れた天井を見つめながら、そんな言葉を呟いた。
夢とは、こんなに鮮明に、記憶しているものだろうか。
ペルソナを呼ぶ際の、内から何かが膨れ上がるような感覚。ハルヒの手の感触。その……また別の感触。
何から何までが、ついさっきの出来事のように、思い出せる。
247:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 21:34:01.84 ID:t8V4LTxho


どたどたどた。


夜中であるというのに、喧しく廊下を駆ける音がする。

ばん。

ドアが開き、現れたのは、我が妹だ。満面の笑顔に、僅かに浮かべた涙。
……感受性豊かになったな、妹よ。


「キョンくん! やったね、がんばったね、わたしたち!」


あー。夢でいてほしかったような、そうでないような。


―――そうして、俺たちは。
ニャルラトホテプが、涼宮ハルヒに接触する以前まで、戻ってきた。

後に残されたのは、記憶のみ。


俺と、古泉、長門、朝比奈さん、妹、森さん、朝倉。


たったそれだけの人数の脳裏に刻み込まれた、戦いの記憶のみ。
それを、少しだけ、寂しいと思ってしまう俺の脳は、いい加減、ガタが来ているのだろうか?
248:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 21:35:27.35 ID:t8V4LTxho



………


「やあ、王子様」

……俺は夢でも見ているのだろうか。

土曜の朝。俺が待ち合わせ場所を訪れると、そこにはただ一人、古泉の姿があるだけだった。
いつもなら、俺より先に、間違いなく四人全員がそろっているはずなのに。

「珍しいこともあるものですね。もっとも、あれほど珍しい経験のあとでは、それも霞むというものでしょうか」

遠足帰りのような笑顔を浮かべつつ、俺に向けてウーロン茶のペットボトルを差し出す古泉。

「貴重な経験が出来たと、今だからこそ思えますが」

「俺は今からでも、俺の中でなかったことに出来るなら、そうしたいな」

「相変わらずですね。うらやましい役回りを担っておきながら」

「俺にゃ、荷が重過ぎたよ」

「いえいえ、ご立派でしたよ。最後の一言など、僕までもがときめいてしまうほどでした」

やめてくれ。いつの間に氷結魔法を習得したんだ。リアルに背筋がブルッてなったぞ、今。
まあ―――しかし。こいつは、終始俺たちのために動き回ってくれたわけだからな。
気持ち悪い、という一言は、吐かずにおいてやる。武士の情けってやつだ。
249:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 21:36:14.35 ID:t8V4LTxho



………

続いて現れたのは……ごめんなさい。正直、ちょっと忘れてました、朝比奈さん。

「私、もうわけがわからなくて……通信が出来なくなったと思ったら、塔が壊れて、それも止まっちゃって、どうしようと思ってたら、山岸さんは消えちゃって……」

思えば彼女一人中庭に置いてけぼりだったわけだ。
すいませんでした。詳しい説明は、俺の脳だと難しいので、長門に頼んでください。

で、その次に現れたのは。


「……なんでお前が居るんだ」

「つれないわね。一緒に戦った仲間じゃない」


白いワンピースに身を包み、二百万ジンバブエドルの笑顔を浮かべながら、朝倉涼子がやってきた。
夏の空にぴったりな装いしやがって、氷結属性だったくせに。絶対零度してみろ、ちくしょう。

「なんかね、なし崩し的に再構成してもらったの。ほら、今回、一応、自体の収拾をつけるのに助力したわけだし。その辺りが評価されて、バックアップとして復活したのよ」

かといって、お前が普通にSOS団の不思議探索に、顔を出すというのも、奇妙な話ではないのか。

「その辺はなんとだってするわよ。大丈夫、涼宮さん辺りは、簡単に受け入れてくれるでしょ」

ああ、確かに。あいつは何だって、ちょっとそれらしい説明をすれば、首を縦に振りそうだな。俺は、涼宮ハルヒが、満面の笑みで、朝倉の帰還を歓迎する光景を思い浮かべ、一人感慨に耽った。
250:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 21:37:01.53 ID:t8V4LTxho
そして、次に現れたのは―――長門。なんと、今日のビリはハルヒか。

「記憶の修正の影響が発生していると思われる。彼女の脳波に、一時的に干渉したため―――」

すまん、三行で頼む。

「彼女は
 寝坊
 した」

……なんとまあ。

「……あなたたちに謝らなければ」と、長門が視線を伏せる。

「精神を汚染されていたとは言え、迷惑を掛けた。謝罪する」

気にすんなよ。終わったことは、もう良いんだ。

「ええ、その通り。それに、最後はあなたの助力がなければ、僕らは勝利できませんでしたからね」

ああ、そうだったな。やっぱり、長門には、何かと助けて貰いっぱなしだ。
むしろ、こっちが悪かったな。と言うべきだ。

「……心配ない」

長門は少し戸惑うように視線を泳がせると、

「あなたたちを護るのが、私の役目」

と、小さく呟いた。
251:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 21:41:30.16 ID:t8V4LTxho

「おや」

ふと、駅前に視線をやった古泉が、ふと声を上げる。

「お姫様がご到着されたようですよ」

にやけた視線を追って、俺もそちらを見る。
その時―――俺は一瞬、視界の端に、金色の蝶を見た気がした。

「あ……?」

「どうしたの、キョン君?」

あ。ああ、いや。

「多分、気のせいだよ」

再び、同じ場所を見る。そこには金色の蝶は愚か、羽虫の一匹も飛んではいない。
と、あらためて。古泉の視線の先を見る。黄色いリボンを風に揺らしながら、寝ぼけ眼でこちらへ歩いてくる少女の姿。
そのご尊顔は、少しだけ眠たそうで―――しかし、確かに、俺たちに向けて、笑顔を放っていた。

我らが団長、涼宮ハルヒのご到着である。






END
252:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 21:43:19.36 ID:t8V4LTxho
ほいや!
これでおしまいクマ。
読んでくれたみんなにラブ注入&感謝感激雨嵐クマよー

ハルヒもペルソナ3もまだまだ現役と信じているクマなのであった。

また何処かで会えたら会おうクマ~
バイバ~イ
253:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 21:46:32.39 ID:4JNVg4B6o
面白かったよ~
それで?
ペルソナ4の出番はあるのかな?(期待)
254:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/01(木) 22:47:39.86 ID:t8V4LTxho
クマクマ
4とのクロスは既に書いてしまったクマよね。

以前書いた3のクロスの続編として4のクロスを書いたけど
その文章が後になって許せなくなったので今回3のクロスをリメイクしたクマ。

もしかしたら
超もしかしたら4のクロスも書き直すかもしれんクマ

4とのクロスが読みたい人がおるなら
キョン「ペルソナァッ!」
でググってくれるといいクマ。

今度こそバイバイクマ。
255:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/02(金) 01:07:15.11 ID:Sb7x6dtFo
おもしろかったよ
256:以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします:2015/01/02(金) 01:38:48.39 ID:b2IHxFtQo
おつおつ
初見だったがすげーおもしろかった
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